第39話「卒業歌劇、僕の『愛』が舞台に咲く」
卒業歌劇『ロミオとジュリエット』公演当日。男子校の講堂は、卒業生とその保護者、在校生、そして多くの来賓で埋め尽くされていた。舞台袖では、ロミオ役の夏希が、ジュリエット役の雀堂天音と共に、静かに開演を待っていた。胸の鼓動が、高鳴る。あの「愛している」という台詞が、今夜、僕自身の言葉として舞台に響くのか。不安と、しかし確かな決意が、夏希の瞳に宿っていた。
(僕が、僕であること。それが、この舞台で、どんな『愛』になるんだろう……)
舞台の幕が上がり、物語が始まった。夏希は、ロミオとして舞台を駆け、天音はジュリエットとして完璧な所作で台詞を紡ぐ。綾芽の厳しい指導の成果が、随所に現れていた。観客は、男子校とは思えないほどの完成度に、息を呑んで見入っている。
そして、物語はクライマックスへ。ロミオとジュリエットが、運命の悲劇の中で、互いへの「愛」を語り合う場面が訪れた。夏希は、天音の前に立つ。ジュリエットの衣装を纏った天音の表情は、以前のような完璧な無表情ではなく、微かに揺らぎを見せている。彼の瞳には、夏希の「愛している」を、彼自身の「好き」として受け止めようとする、純粋な期待が宿っていた。
夏希は、深く息を吸い込んだ。喉が詰まる感覚は、もうない。彼の脳裏には、飛雄の無邪気な「なっちゃんの『愛してる』、九九より大事にするからな!」という言葉が響く。絢人が台本を置いて語ってくれた「僕は、台詞よりも先に、君に好きって言いたい」という、あの真摯な告白が蘇る。そして、天音が「解析不能」としながらも受け止めてくれた「語られる実感」が、夏希の背中を押した。
夏希は、天音の瞳を真っ直ぐに見つめ、ロミオとして、そして夏希自身として、魂を込めて言葉を紡いだ。
「ジュリエット……僕は……愛している」
その言葉は、低く、しかし力強く、講堂全体に響き渡った。それは、台本のセリフだけではなかった。夏希が、男子校での「モテ地獄」の中で見つけてきた、様々な「好き」の形。そして、自分自身を少しずつ「好き」になれた、夏希自身の「愛」の告白だった。
天音は、夏希の「愛している」という言葉を受け止め、その場で微かに震えた。彼のタブレットの幸福度グラフは、激しくノイズを発し、ついに「解析不能」の表示が点滅する。しかし、天音の瞳からは、一筋の涙がこぼれ落ちた。それは、データでは処理できない、純粋な「語られる実感」が、彼の心を揺さぶった証だった。
講堂は、一瞬の静寂の後、割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。卒業生たちは、夏希の「愛している」という言葉に、青春の輝きと別れの切なさ、そして未来への希望を感じ、涙を流していた。在校生たちは、生徒会長・夏希の新たな「王」としての姿に、熱狂的な支持を送った。
舞台袖では、演劇部部長の綾芽が、感動に打ち震えていた。彼の瞳には、夏希の「美」と「意志」が融合した、最高の舞台が映っていた。
「夏希くん……あなたは、本当に素晴らしい『ロミオ』よ。そして、最高の『姫』だわ。あなたの『愛』は、この学園の歴史に、永遠に刻まれるでしょう」
観客席では、それぞれの男たちが、夏希の舞台に心を揺さぶられていた。
生徒会副会長・東雲は、夏希の「愛している」という言葉に、静かに頷いた。彼の無表情な顔に、わずかな感動の色が浮かぶ。
「夏希……君は、学園の秩序を、良い意味で破壊し、再構築する力を持っている。その『未知なる資質』は、我々の想像をはるかに超えていた。君こそが、この学園の真のリーダーだ。君の『愛』は、学園に新たな秩序をもたらすだろう」
白玉皇一と愛園星歌は、夏希の圧倒的なパフォーマンスに、悔しさを通り越して呆然としていた。彼らのカリスマは、夏希の「愛」の前では、霞んで見えたのだ。
「くっ……あいつの『愛』は、俺のカリスマを霞ませるだと!? 許せん! だが……あの輝きは、確かに王の資質……!」
「わたくしの美しさの前では、どんな愛も霞むはずよ……そう思っていたのに。夏希くんの『愛』は、わたくしの美学をも超えていたわ……恐ろしい子……!」
鴉月透は、夏希の「愛している」という言葉を「神性による究極の顕現」と解釈し、教典に新たな章を書き加えていた。
「『愛している』……これは、夏希様の『魂の叫び』! 第二十五教義『真実の愛』として記録せねば……! 夏希様は、いかなる姿であろうと、我らの信仰の対象である!」
雀堂天音は、舞台上で夏希の「愛している」を受け止め、その後のカーテンコールでも、夏希の隣で静かに涙を流していた。彼のタブレットは、もはやデータではなく、夏希の「愛」という、解析不能な感情で満たされていた。
そして、観客席の隅で、御園絢人は、夏希の「愛している」という言葉に、静かに涙を流していた。それは、台本のセリフでありながら、夏希自身の「好き」が込められた、彼への「愛」の告白のように響いたのだ。絢人は、夏希の隣に立ち、優しく抱きしめた。
「夏希くん、最高の舞台だったよ。君の『愛』が、会場全体を包み込んでいた。君は、僕の誇りだよ。これからも、君の隣で、ずっと見守っているから」
絢人の言葉は、夏希の心に深く染み渡った。飛雄の無邪気な「好き」が夏希の心を軽くし、絢人の包み込むような「好き」が夏希の存在を肯定する。様々な「好き」の形が、夏希の周りに溢れている。
十河飛雄は、舞台上の夏希に、惜しみない拍手を送っていた。彼の瞳には、夏希への純粋な「好き」が輝いている。
「なっちゃん、すげー! オレ、なっちゃんの『愛してる』、一生忘れないぞ! なっちゃんなら、絶対すげー生徒会長になれるって!」
その夜、夏希は日記を開いた。
> “『愛している』。僕、言えたんだ。ロミオとして、そして僕自身として。あの言葉は、僕が、僕自身を『好き』になった証なんだ。みんなが僕にくれる『好き』の形は、それぞれ違う。でも、その全部が、僕を少しずつ、僕自身を『好き』にさせてくれた。この男子校は、僕にとって、自分だけの『好き』を見つける場所なんだ。そして、僕はもう、モテ地獄の主役じゃなくて、自分だけの物語の主人公でいられる気がする。”
>
夏希の男子校での「モテ地獄」は、卒業歌劇という新たな舞台で、彼自身が「自分だけの物語の主人公」として、様々な「好き」の形の中で、自分自身の「好き」を見つけ、成長していく物語の始まりだった。そして、この物語は、まだ始まったばかりだ。
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