第38話「檻の中の美、僕だけの『奴隷姫』」
薄暗い部屋の片隅で、藤堂悠は静かに座っていた。窓から差し込む光は、鉄格子によって細かく分断され、彼の顔に影を落とす。ここは、彼が「美術史に刻むべき美」を追求した結果、辿り着いた場所だ。警察署の取調室、あるいは拘留施設の一室。しかし、彼の心は、いまだ夏希の「美」に囚われていた。反省? そんな言葉は、彼の辞書には存在しない。
(ああ、夏希くん……君の美は、こんな場所にあっても、僕の心の中で輝き続けている)
藤堂の脳裏には、あの日の光景が鮮明に焼き付いている。文化祭の舞台で、ボロボロの布切れ一枚を纏い、気高き精神性で観客を魅了した「亡国の奴隷姫」。実に官能的な美だった……。そして、バレンタインデーで「ミスターバレンタイン」として、老若男女の心を掌握した「総理の資質」。その全てが、藤堂にとっての「美の極致」だった。素晴らしい……。
彼は、目を閉じ、記憶の中の夏希の姿を呼び起こす。繊細な肌の質感、筋肉の緩やかな起伏、そして何よりも、あの瞳の奥に宿る感情の機微。それは、彼がこれまで描いてきたどの裸体アートよりも、鮮烈で、生々しく、そして完璧だった。夏希君以上の美など存在しないと確信している。
(あの歌劇の動画は、擦り切れそうなほどリピート再生した。君のフルヌードの油絵を10枚完成させたが、それでも足りない。君の美は、無限だ。まるで宇宙だ。僕の筆は、君の全てを記録するために存在する)
藤堂の指先が、空中でゆっくりと動く。まるで、そこにキャンバスがあるかのように、記憶の中の夏希の輪郭をなぞっていく。彼の心は、もはや物理的な制約など感じていなかった。この檻の中にいても、彼の精神は、夏希の「美」を描くことに囚われ続けている。
「君の美は、この僕だけのものなんだ……。未来にその美を伝えるためだけに、僕は君だけを永久に描き続ける。」
藤堂は、誰にも聞かれることのない独り言を呟いた。彼の行為が、夏希の身体を「美の象徴」として“記号化”し、芸術の名を借りて「支配」しようとする、独善的な欲望の現れであることに、彼は全く気づいていない。そして、この執着が、誰にもバレていないと固く信じていた。
一方、男子校では、藤堂の逮捕によって、一時的な安堵が広がっていた。夏希は、保健室の先生・三葉薫のメンタルケアを受け、少しずつ心の平穏を取り戻しつつあった。しかし、彼の周囲の男たちは、藤堂の秘密が完全に終わったわけではないことを、無意識のうちに感じ取っていた。
雀堂天音は、夏希の幸福度データに、藤堂の逮捕後も微細な「解析不能な感情の揺らぎ」が残っていることを記録していた。彼の分析は、藤堂の執着が、夏希の心に深い影を落としていることを示唆していた。
御園絢人は、藤堂の逮捕に安堵しつつも、夏希への恋心から、藤堂の存在が完全に消え去ったわけではないことを感じ取っていた。彼の完璧な笑顔の裏で、藤堂の執影が夏希に与える影響を警戒していた。
生徒会副会長・東雲は、藤堂の逮捕によって学園の秩序が一時的に回復したことに満足していたが、夏希の「未知なる資質」が、今後どのような形で新たな波乱を呼び込むか、冷静に観察を続けていた。
藤堂は、この檻の中にいても、いずれ夏希の「美」を再び「記録」する機会が訪れることを確信していた。彼の歪んだ愛情と、美への狂気的な執着は、決して終わることはない。それは、夏希の「モテ地獄」に、新たな、そして決定的な波乱をもたらすことを予感させていた。
(夏希くん……君は、僕だけの『男の娘』だ。そして、僕だけの『奴隷姫』。君の全てを、僕が独占したい。この場所からでも、僕は君を描き続ける。そして、いつか……)
藤堂の瞳の奥には、狂気にも似た執着の炎が、静かに燃え盛っていた。彼の秘密の感情が、この男子校の「モテ地獄」に、新たな波紋を広げようとしていたのだった。
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