第30話「僕の美は、記録じゃない。好きで語るものだ。」
「語りの記録、ですか……?」
三葉の問いかけは、藤堂のアトリエに静かな波紋を広げた。絢人は、壁に掛けられた夏希の裸体画の前に立ち、その言葉の意味を噛み締めるように繰り返す。
藤堂は、二人の尋問に臆することなく、優雅な笑みを浮かべた。
「ええ。その通りです。彼の身体は、あらゆる物語を語っている。その繊細な肌の質感、筋肉の緩やかな起伏、そして何よりも、この瞳の奥に宿る感情の機微……。これこそが、美術史に刻むべき『語りの記録』ですよ」
藤堂は、自らの芸術論を誇らしげに語る。しかし、絢人の視線は、彼の言葉を一切信じていなかった。絢人は、夏希の絵を食い入るように見つめ、静かに、しかし明確な声で問いかけた。
「……先生、この絵のどこに、夏希くんが『語っている』部分があるんですか? この絵は、先生の『欲望』と『思想』しか語っていない。これは、夏希くんの物語じゃない。先生の、独りよがりの幻想でしょう?」
絢人の鋭い指摘に、藤堂の笑顔が凍り付く。
「この絵には、夏希くんの過去の物語も、未来への希望も、何も描かれていない。描かれているのは、先生が勝手に定義した、『美しい男の裸体』という記号だけだ。それは、『語り』ではない。ただの、『剥製』ですよ」
絢人の言葉は、藤堂の心臓を抉るように突き刺さった。藤堂は、言葉に詰まり、顔色を失っていく。
「絢人くん……どうして、そんなことを……?」
「三葉先生。通報してください。このアトリエは、彼
の芸術論を証明する場所じゃない。夏希くんの身体を、勝手に『剥製』にし、所有しようとした、罪の記録です」
絢人の冷静な声に、三葉は静かに頷いた。彼のオネエ口調は影を潜め、真剣な眼差しでスマホを構える。
「あら、ごめんあそばせ、藤堂先生。あなたのような方は、この学園には必要ないわ。生徒の心と身体を、勝手に『剥製』にするような、野蛮な芸術家なんてね」
藤堂は、二人の追及に、もはや反論する言葉を持たなかった。彼の完璧な笑顔は崩壊し、絶望と怒りに満ちた表情で、ただ二人を睨みつけることしかできなかった。
___告白、そして謝罪___
藤堂のアトリエは、すぐに学校側に知らされた。藤堂の逮捕は、学園全体に大きな衝撃を与えた。そして、その事態を知った夏希の周囲の男たち、特に絢人、飛雄、東雲、綾芽、天音は、それぞれ藤堂の犯罪行為に激しい憤りを覚えた。
十河飛雄は、夏希の裸体画を見た瞬間、言葉を失った。
「な、なっちゃんの裸……? なんでこんなことに……! なんで、なっちゃんがこんな酷いに……!」
飛雄は、涙を流しながら、怒りと悲しみに震えていた。彼の純粋な心は、夏希が受けた仕打ちに、耐えられなかったのだ。
東雲は、藤堂の犯罪行為を冷静に分析し、学校側に厳しい処分を求めた。
「藤堂悠は、教育者としてあるまじき行為を犯した。彼の行為は、学園の秩序を根底から揺るがすものだ。夏希くんへの謝罪と、全校生徒への説明を求める」
東雲の言葉には、夏希を守るという、強い意志が込められていた。
綾芽は、藤堂の犯罪行為を、ある種の「舞台」として捉え、静かに怒りを燃やした。
「藤堂先生、なんて野蛮な……! 夏希くんの『美』は、誰かの勝手な思想で閉じ込めていいものじゃないわ。夏希くん、あなたの『美』は、舞台の上でこそ、最も輝くのよ。僕が、あなたの『美』を、もう二度と誰にも『剥製』にさせたりしないわ」
綾芽の言葉には、夏希を守るという、強い決意が込められていた。
学校側は、夏希に対して、藤堂の犯罪行為について謝罪した。
「夏希くん、藤堂悠の行動は、学校側の監督不行き届きによるものです。我々は、彼の過去の犯罪歴についても、十分に調査していませんでした。本当に申し訳ありませんでした」
夏希は、ただ静かに頷いた。彼の心は、怒りや悲しみよりも、安堵と、そして、この状況を乗り越えられたという達成感で満たされていた。
そして、その日の夜。夏希は、藤堂が過去にも同じような行為を繰り返していたことを、飛雄と絢人から聞かされた。
「藤堂先生は、以前にも、可愛らしい男子生徒に欲情して、ヌードモデルになってもらっていたんだって。それを、自慢げに語ってたらしいんだ……」
飛雄の言葉に、夏希の心臓がドクンと大きく跳ねる。
「……僕だけじゃなかったんだ……」
その言葉は、夏希の心の奥底に、新たな感情を呼び起こした。それは、自分だけが特別なのではなく、自分もまた、藤堂の勝手な欲望の対象だったという事実。そして、その事実が、夏希の心を、少しだけ、軽くしたのだ。
夏希は、飛雄と絢人の顔を交互に見つめ、静かに、しかし力強く言った。
「ありがとう、二人とも。僕、もう大丈夫だよ。僕の『美』は、誰かに『剥製』にされたりしない。僕の『美』は、僕自身が、僕自身の『好き』で、表現していくから」
夏希の言葉に、飛雄と絢人は、ただ静かに頷いた。彼らは、夏希がこの試練を乗り越え、より強く、より美しくなったことを、確信していた。
第四十六話:「守られる『姫』から、守る『王』へ」
藤堂の事件は、学園全体に大きな波紋を広げた。そして、その中心にいた夏希の存在は、これまで以上に注目されることになった。
夏希の周囲の男たちは、藤堂の犯罪行為を知ったことで、夏希への見方を変えた。特に、白玉皇一と愛園星歌は、夏希の持つ「美」が、どれほど危険なものであったかを痛感し、これまでの競争意識とは異なる、複雑な感情を抱き始めていた。
「くっ……あいつの美は、俺たちの想像を遥かに超えていたのか……。俺は、ただの『王』を演じていたに過ぎない。しかし、あいつは……」
「わたくしは、夏希くんの『美』を、ただの飾りだと思っていたわ。でも、そうじゃなかった。彼の『美』は、彼の『意志』そのものだったのね……」
二人は、夏希の「美」が、ただの外見的なものではなく、彼の内面から滲み出る「強さ」であることを、初めて理解したのだ。
一方、夏希は、藤堂の事件をきっかけに、自分自身の「美」に対する向き合い方を変えた。彼は、これまでは「守られる存在」としての「姫」だったが、これからは「守る存在」としての「王」になりたいと、強く思うようになっていた。
その決意を固めた夏希は、ある日、生徒会室を訪れた。そこには、東雲が、一人で座っていた。
「東雲くん。僕、生徒会に入りたい。僕も、この学園の秩序を守る手伝いをしたいんだ」
夏希の言葉に、東雲は驚いた表情を浮かべた。
「夏希くん……君が、生徒会に?」
「うん。藤堂先生の事件で、僕、思ったんだ。この学園には、まだまだ僕みたいな、弱い立場にいる生徒がいるのかもしれない。だから、僕が、そういう生徒たちを守る『王』になりたいんだ」
夏希の瞳には、かつての戸惑いはなく、確かな決意が宿っていた。
その日の夜、夏希は日記を開いた。
> “今日、東雲くんに生徒会に入りたいって言った。僕は、もう『守られる姫』じゃない。僕の『美』を、勝手に『剥製』にしようとした人たちに負けないように、僕が、みんなを守る『王』になるんだ。それが、僕が『僕』であることの意味。そして、僕が本当に『好き』って思える、僕の居場所なんだ。”
夏希の男子校での「モテ地獄」は、藤堂の事件という、大きな試練を乗り越え、新たな局面を迎えていた。彼は、自分だけの「好き』を見つけ、自己肯定へと繋げていくため、新たな一歩を踏み出した。そして、この物語は、まだ始まったばかりだ。
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