第29話 暴かれた秘密、アトリエの『記録』
「ミスターバレンタイン」の称号を獲得し、学園の新たな「総理の資質」を持つ者として注目を集める夏希。彼の日常は相変わらずの「モテ地獄」に彩られていたが、その輝きの裏で、新任教師・藤堂悠の秘密の執着が、静かに、しかし確実に深まっていた。藤堂は、夏希の「美」を独占しようと、誰にもバレていないと信じながら、夏希のフルヌードの油絵10枚を含む裸体アートを制作し続けていた。
保健室の先生・三葉薫は、夏希のメンタルケアを通じて、藤堂の視線に潜む「良からぬ思想」に確信を抱いていた。夏希の言葉の端々から感じられる違和感、そして藤堂の異常なまでの夏希への接近。三葉は、生徒を守るという使命感から、藤堂の秘密を探り始めていた。
同じ頃、御園絢人もまた、藤堂の夏希へのアプローチに静かな警戒心を抱いていた。夏希への恋心から、藤堂の動向を独自に探っていた絢人は、ある日、藤堂が放課後、校舎裏の使われていない旧美術室に頻繁に出入りしていることに気づく。窓の隙間から見えたキャンバスの影に、絢人の完璧な笑顔の裏に、探るような視線が向けられた。
三葉と絢人。それぞれの思惑が交錯し、二人は偶然にも、同じ場所へと辿り着いた。旧美術室の扉の前で鉢合わせした二人は、互いの目的を察し、無言で頷き合った。扉は施錠されていたが、三葉は保健室の鍵束から、古い合鍵を見つけ出した。
軋む音を立てて扉が開くと、埃っぽい空気が二人を包み込んだ。薄暗い部屋の中には、無数のキャンバスが立てかけられている。三葉と絢人は、息を潜めて部屋の奥へと進んだ。そこには、藤堂が制作したであろう裸体アートの数々が並んでいた。皆、美しく可愛らしい男子生徒をモデルにしたものだったが、その中でもひときわ異彩を放つ作品群が、二人の視線を釘付けにした。
それは、夏希のフルヌードの油絵、10枚。奴隷姫の歌劇での姿を基に、藤堂の記憶と想像力で補完された、夏希の裸体が描かれている。ボロ布を纏った姿から、その布が剥がれ落ち、内面の気高さが露わになる瞬間。そして、「ミスターバレンタイン」として、老若男女の心を掌握する、その「美」と「人心掌握術」が、藤堂の筆によってキャンバスに刻まれていた。
三葉は、その光景に息を呑んだ。夏希が話していた「見られすぎている」という感覚の正体が、これだったのか。夏希の身体が、藤堂によって一方的に「記録」され、「定義」されている。それは、夏希の「語り」を奪い、彼の「身体」を「見せてはいけない」形で「記録」している、紛れもない暴力だった。三葉の優しい表情の奥に、静かな怒りが燃え上がった。
絢人は、キャンバスの前に立ち尽くした。完璧な笑顔は消え失せ、その瞳には、激しい嫉妬と、夏希が客体化されていることへの怒りが宿っていた。彼が愛する夏希の身体が、自分以外の、しかも教師の歪んだ欲望によって「記録」されている。それは、夏希への恋心を持つ絢人にとって、耐え難い屈辱だった。夏希を守りたいという強い衝動が、絢人の全身を駆け巡る。
(夏希くんの身体は、誰かの『記録』のためじゃない。夏希くんの『語り』は、誰にも奪わせない……!)
その時、アトリエの扉が開き、藤堂悠が完璧な笑顔で現れた。彼は、三葉と絢人がアトリエにいることに一瞬驚いたが、すぐにいつもの表情に戻った。
「あら、三葉先生に御園くん。こんなところで何をしているんだい? もしかして、僕の『美の記録』に興
味があるのかな?」
藤堂は、自身の秘密が露見したことに全く気づいていないようだった。彼の頭の中は、夏希の「美」を「記録」することへの執着で満たされている。しかし、三葉と絢人の瞳は、すでに藤堂の秘密を暴き、夏希を守るという、確固たる決意を宿していた。
このアトリエでの目撃は、藤堂の秘密の露見、夏希の「モテ地獄」の新たな局面、そして夏希を取り巻く男たちの関係性の変化に、決定的な波乱をもたらすことを予感させていた。夏希の「美」を巡る戦いは、彼の知らない場所で、ついに表面化しようとしていたのだった。
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