第26話「ミスターバレンタイン、僕の『人心掌握術』」

バレンタインデーの熱狂が冷めやらぬ男子校の体育館。山と積まれたチョコレートの集計が終わり、全校生徒、そして一般客や来賓までが固唾を飲んで見守る中、「ミスターバレンタイン」の発表が始まった。この称号が、未来の「総理の資質」を測るものだと知らされた今、会場の緊張感は最高潮に達していた。

夏希は、飛雄と絢人の間に挟まれて座っていた。胸の鼓動が速くなる。自分が「総理の資質」を持つなど、想像もできない。しかし、多くの人々の「好き」が形になったチョコの山を思い出し、温かい感情が胸に広がる。

ステージ上の巨大スクリーンに、各候補者のチョコ獲得数が次々と映し出されていく。

白玉皇一と愛園星歌は、それぞれ自身のカリスマを最大限に発揮し、大量のチョコを獲得していた。しかし、その数字は、夏希の学年が獲得したチョコの山には及ばない。二人は悔しさを露わにするが、夏希の圧倒的な結果に、自分たちのカリスマが及ばないことを認めざるを得ないようだった。

鴉月透のブースも異様な盛り上がりを見せ、彼の「夏希教」の信徒たちが捧げたチョコは膨大な量に上った。しかし、それでも夏希の獲得数には及ばない。鴉月は、夏希の勝利を「神性による国家統治の顕現」と解釈し、狂喜乱舞していた。

雀堂天音のデータ分析と戦略は、完璧に機能していた。彼のタブレットには、夏希のチョコ獲得数が圧倒的であることを示すグラフが輝いている。天音は、夏希の「ミスターバレンタイン」獲得を確信し、満面の笑みを浮かべていた。

そして、ついに「ミスターバレンタイン」の発表の時が来た。生徒会副会長・東雲が、厳粛な声で告げる。

「今年の『ミスターバレンタイン』は――夏希だ!」

会場は、一瞬の静寂の後、割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。夏希は、自分の名前が呼ばれたことに呆然とした。自分が「ミスターバレンタイン」? 「総理の資質」? 信じられない気持ちで、ステージを見上げる。

隣の十河飛雄は、夏希の勝利に飛び上がって喜んだ。彼は夏希に抱きつき、満面の笑みで叫ぶ。

「なっちゃん、すげー! やっぱりなっちゃんが一番だ! オレ、なっちゃんの総理、超好きだぞー!」

飛雄の純粋な喜びが、夏希の心を温かく包み込む。彼の「好き」は、夏希の「結果」や「評価」ではなく、夏希の「存在」そのものを肯定してくれる、真っ直ぐな感情だった。

御園絢人は、夏希の隣に寄り添い、優しく抱きしめた。彼の完璧な笑顔は、夏希の喜びを分かち合うように輝いている。

「夏希くん、おめでとう。君の『好き』が、こんなにも多くの人の心を動かしたんだ。君は、僕の誇りだよ。これからも、君の隣で、ずっと見守っているから」

絢人の言葉は、夏希の心に深く染み渡った。飛雄の無邪気な「好き」が夏希の心を軽くし、絢人の包み込むような「好き」が夏希の存在を肯定する。様々な「好き」の形が、夏希の周りに溢れている。

ステージ上では、東雲が夏希の勝利を静かに見つめていた。彼の無表情な顔に、わずかな笑みが浮かぶ。

「夏希……君は、学園の秩序を、良い意味で破壊し、再構築する力を持っている。その『未知なる資質』は、我々の想像をはるかに超えていた。君こそが、この学園の、そして未来の真のリーダーだ。君の『人心掌握術』は、まさに総理の資質に相応しい」

彼の秩序の概念は、夏希の予測不能な魅力によって、完全に拡張され、夏希を新たな「王」として、そして「総理の資質」を持つ者として迎え入れようとしていた。

演劇部のブースでは、綾芽が優雅に拍手を送っていた。

「ふふ、夏希くんの『人心掌握術』は、まさに舞台芸術ね。彼の『姫』としての魅力が、総理の資質にまで繋がるとは……。次なる舞台は、彼自身が主役よ。演劇部で、君の新たな魅力を引き出してあげたいわ」

雀堂天音は、夏希の幸福度データを最終確認し、満面の笑みを浮かべていた。

「お姉様の幸福度が、過去最高値を大幅に更新! 『総理の資質』、最適化完了です! このデータは、今後の『お姉様幸福度最大化計画』に不可欠です!」

そして、新任教師・藤堂悠は、会場の隅から夏希の勝利を観察していた。彼の視線は、夏希が「ミスターバレンタイン」として輝く姿に釘付けになる。

(夏希くん……君は、僕だけの『男の娘』だ。そして、僕だけの『奴隷姫』。その『人心掌握術』は、まさに神性……。誰にもバレていないと信じている、僕だけの秘密の感情……。君の全てを、僕が独占したい。この『総理の資質』は、僕が一番近くで、そして誰よりも深く理解している)

藤堂は、完璧な笑顔を保ちながら、夏希への一方的で秘められた欲望を胸に、彼の「奴隷姫」が「総理の資質」を顕現させていく光景を、恍惚とした表情で見つめていた。彼の秘密の感情が、この男子校の「モテ地獄」に、新たな波紋を広げようとしていた。

その夜、夏希は日記を開いた。

> “ミスターバレンタイン。僕が、この称号を獲得した。総理の資質……まだ、それがどういう意味を持つのか、僕にはよく分からない。でも、飛雄は僕の『全部』を好きだと言ってくれるし、絢人くんは僕の『好き』を隣で見守ってくれると言ってくれた。みんなが僕にくれる『好き』の形は、それぞれ違う。でも、その全部が、僕を少しずつ、僕自身を『好き』にさせてくれる。この男子校は、僕にとって、自分だけの『好き』を見つける場所なんだ。そして、僕はもう、モテ地獄の主役じゃなくて、自分だけの物語の主人公でいられる気がする。”


「王の資質」も「姫の資質」も、そして「総理の資質」も、既存の枠には収まらない「未知なる資質」を持つ夏希。彼の男子校での「モテ地獄」は、単なる試練ではなく、彼自身が「自分だけの物語の主人公」として、様々な「好き」の形の中で、自分自身の「好き」を見つけ、成長していく物語の始まりだった。そして、この物語は、まだ始まったばかりだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る