第25話「総理の資質、甘い戦場の行方」

バレンタインデー当日。男子校は、これまでのどのイベントよりも異様な熱気に包まれていた。校門には長蛇の列ができ、一般客、来賓、OB、他校の生徒、そして兄弟姉妹まで、老若男女が入り乱れて校内へと吸い込まれていく。彼らの手には、色とりどりのチョコレートが抱えられていた。これは、単なるバレンタインではない。「総理の資質」を測る、国家レベルの「人心掌握術テスト」なのだ。

夏希は、校内中央に設置された特設会場に立っていた。周囲には、チョコを受け取るためのブースが並び、各候補者がそれぞれの方法で来場者の心を掴もうと奮闘している。夏希の胸は、期待と、そして途方もないプレッシャーでざわついていた。


(僕の『モテ地獄』が、まさかこんな形で国の未来に繋がるなんて……。でも、僕が僕であることで、誰かの心を動かせるなら……)


会場は、甘い香りと熱狂的な歓声で満ちていた。各候補者のブースでは、熾烈なチョコ獲得争奪戦が繰り広げられている。

白玉皇一のブースでは、彼が金色のマイクを握り、まるで選挙演説のように熱弁を振るっていた。「国民よ! 我がカリスマにひれ伏せ! このチョコは、未来の総理への投票である!」彼のファンクラブが組織的にチョコを回収し、来場者にも熱烈なアピールを続けている。

愛園星歌のブースは、まるで高級サロンのようだった。彼は「バレンタイン限定・総理候補コーデ」を完璧に着こなし、来場者一人ひとりに優雅な微笑みを送る。「わたくしの美しさこそが、国民の心を癒やすのです。さあ、わたくしに愛を捧げにいらっしゃい」彼のSNSを見て来た一般客や他校の生徒が、列をなしてチョコを捧げていた。

鴉月透のブースは、異様な雰囲気を放っていた。彼は黒いマントを纏い、夏希の巨大なポスターの前で、信徒たちと共に「夏希様への聖なる供物」としてチョコを捧げる儀式を行っている。「夏希様への愛は、国家の礎! 我が信徒よ、夏希様へチョコを献上し、その『総理の資質』を顕現させるのだ!」その熱狂的な光景に、一部の来場者はドン引きしつつも、好奇心からチョコを置いていく者もいた。

雀堂天音は、夏希のブースの隣で、タブレットを高速で操作していた。彼の画面には、リアルタイムで各候補者のチョコ獲得数、来場者の属性、感情データがグラフ化されている。「お姉様、現在のチョコ獲得数は競合を上回っていますが、一般客の獲得率に改善の余地があります。笑顔の頻度を1.5倍に、視線は3秒以上維持してください!」彼は、夏希の「総理の資質最適化」のため、徹底的なデータ分析と指示を出し続けていた。

そんな中、夏希のブースは、他の候補者とは一線を画していた。夏希は、ただそこに立っているだけなのに、彼の周りには自然と人が集まってくる。彼の「可愛い系美男子」としての魅力に加え、歌劇で培った「内面の気高さ」が、老若男女問わず、人々の心を惹きつけていた。

夏希くん、応援してるよ! 頑張ってね!」

「あの奴隷姫の舞台、本当に感動しました! これ、感謝のチョコです!」


生徒だけでなく、保護者や来賓、そして歌劇の動画を見て来た一般客までが、夏希にチョコを贈っていく。夏希は、一人ひとりの目を見て、丁寧に「ありがとうございます」と頭を下げた。その真摯な態度が、さらに人々の心を掴んでいく。

そこに、十河飛雄が、巨大なわたあめを抱えて現れた。彼は、校内を駆け回り、老若男女問わず「なっちゃんにチョコあげてくれ!」と呼びかけていたのだ。


「なっちゃん、見てくれ! オレがみんなに『なっちゃんはすげー総理になれる!』って言ったら、みんなチョコくれたんだ!」


飛雄は、夏希のブースにわたあめを置き、満面の笑みで夏希にチョコを差し出した。彼のチョコは、手作りのいびつな形をしていたが、その純粋な「好き」が、夏希の心を温かく包み込んだ。飛雄の無邪気な行動は、会場の雰囲気を和ませ、多くの笑顔を引き出していた。

御園絢人は、夏希のブースの前に、自身のファンクラブのメンバーを引き連れて現れた。彼のファンたちは、夏希に大量のチョコを贈呈し、会場の盛り上がりに貢献する。


「夏希くん、お疲れ様。君の『人心掌握術』は、僕の予想をはるかに超えているね。君が『ミスターバレンタイン』になることは、もはや必然だ。僕も、君の『総理の資質』を、この目でしっかり見届けたい」


絢人は、夏希の隣に立ち、優しく微笑んだ。彼の「好き」は、夏希の存在を肯定し、彼が自分自身を「好き」になるための、確かな支えとなっていた。絢人の存在は、夏希のブースにさらなる注目を集め、チョコの獲得数を押し上げていく。

そして、新任教師・藤堂悠は、会場の隅から夏希の様子を密かに観察していた。彼の視線は、夏希が老若男女からチョコを受け取り、その心を掌握していく姿に釘付けになる。


(夏希くん……君は、僕だけの『男の娘』だ。そして、僕だけの『奴隷姫』。その『人心掌握術』は、まさに神性……。誰にもバレていないと信じている、僕だけの秘密の感情……。君の全てを、僕が独占したい)


藤堂は、完璧な笑顔を保ちながら、夏希への一方的で秘められた欲望を胸に、彼の「奴隷姫」が「総理の資質」を顕現させていく光景を、恍惚とした表情で見つめていた。彼の秘密の感情が、この男子校の「モテ地獄」に、新たな波紋を広げようとしていた。

バレンタインデーの終了を告げるチャイムが鳴り響き、チョコの集計が始まった。会場の熱気は最高潮に達し、誰もが「ミスターバレンタイン」の称号が誰の手に渡るのか、固唾を飲んで見守っていた。

夏希は、山と積まれたチョコの山を見つめながら、そっと自分の胸に手を当てた。僕はまだ、自分をまるごと好きだとは言えない。でも、この一日で、様々な「好き」の形に触れ、多くの人々の心を動かせた自分を、少しだけ愛してもいい気がした。

(僕が、僕であること。それが、こんなにも誰かを笑顔にできるなら……。この『総理の資質テスト』の結果がどうであれ、僕は、僕だけの物語の主人公でいられる気がする)

「ミスターバレンタイン」の称号を巡る熾烈な争いは、夏希の男子校での「モテ地獄」を、単なる試練ではなく、彼自身が「自分だけの物語の主人公」として、様々な「好き」の形の中で、自分自身の「好き」を見つけ、成長していく物語の始まりへと導いていた。

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