第24話『トップの姫』の重みと、解析不能な優しさ

「姫の資質判定歌劇テスト」で学年トップという異例の結果を出した夏希は、校内の新たな注目の的となっていた。称賛の声は増え、彼の周りには常に人だかりができていた。しかし、その輝かしい「トップの姫」という称号は、夏希にとって、また一つ重い「役割」としてのしかかっていた。


(学年トップの姫……。嬉しいはずなのに、なんだか息苦しい。みんなが僕に期待する『姫』の姿って、一体どんなものなんだろう……)


夏希は、放課後、人目を避けるように屋上の隅に身を潜めていた。文化祭で得た小さな自信は、新たなプレッシャーの前で、揺らぎ始めていた。

その夏希を見つけたのは、雀堂天音だった。彼はいつものようにタブレットを手にしているが、その表情はどこか真剣だ。


「お姉様、ここにいらっしゃいましたか。お姉様の幸福度データに、微細な下降トレンドが観測されました。これは、外部からの期待値上昇による負荷と推測されます」


天音は、夏希の隣に静かに座り、そう告げた。夏希は、データで自分の感情を分析されることに、最初は少し辟易とした。しかし、天音の言葉には、以前のような機械的な響きだけでなく、確かな「心配」が込められているように感じられた。


「雀堂、お前、そういうことまでデータでわかるのかよ……」


夏希が苦笑いすると、天音は静かに首を振った。


「データはあくまで指標です。しかし、お姉様の感情の揺らぎは、僕の『好き』という感情の解析に不可欠な要素となりました。お姉様が『しんどい』と感じる時、僕のデータはクラッシュします。その『解析不能』な領域こそが、僕が『好き』と記録する、最も大切な情報です」


天音の言葉に、夏希は驚いた。彼の「好き」は、もはやデータや統計では測れない、純粋な感情へと進化していたのだ。その優しさは、夏希の心を温かく包み込んだ。

屋上へと続く階段の途中、東雲が生徒会役員を引き連れて通りかかった。彼は夏希と天音の姿を一瞥し、静かに呟いた。


「雀堂天音……夏希の『未知なる資質』を最大限に引き出すには、彼の存在が不可欠か。秩序の再構築には、予測不能な要素も必要となる」


演劇部の部室からは、綾芽が優雅な笑みを浮かべていた。


「ふふ、夏希くんの『トップの姫』としての苦悩……新たなドラマの予感だわ。彼の内面の揺らぎこそが、次の舞台のテーマになるかもしれないわね」


校庭では、白玉皇一が自撮りポスターを掲げ、愛園星歌が香水を振りまきながら、夏希の「トップの姫」の座を虎視眈々と狙っていた。


「あの『奴隷姫』がトップだと!? 許せん! 次こそは俺が真の王の座を奪い取る!」


「わたくしの美しさこそが、この学園の『姫』に相応しいのよ! 夏希くんの輝きは、わたくしが霞ませてあげるわ!」


鴉月透は、屋上を見上げ、ノートに書き加えていた。


「『トップの姫』の重み……これは、夏希様の『受難と栄光』の新たな章。第十八教義『孤独なる神性』として記録せねば……!」


そんな中、十河飛雄が、わたあめを頬張りながら屋上へと駆け上がってきた。


「なっちゃん、こんなとこにいたのか! トップの姫って、わたあめタワーより重いのか? オレが半分持ってやるよ!」


飛雄は、夏希の隣に座り、無邪気に笑う。彼の「好き」は、夏希の「結果」や「評価」ではなく、夏希の「存在」そのものを肯定してくれる、真っ直ぐな感情だった。その言葉は、夏希の心を軽くする。

そこに、御園絢人が静かに夏希の隣に寄り添った。彼の完璧な笑顔は、夏希の不安を見透かすように優しい。


「夏希くん、お疲れ様。その輝きは、時に重いものだね。僕が、その重みを少しでも分かち合えたら嬉しいな。君がどんな『夏希』であろうと、僕が一番近くで君を見守っているから」


絢人の言葉は、夏希の心に深く染み渡った。飛雄の無邪気な「好き」が夏希の心を軽くし、絢人の包み込むような「好き」が夏希の存在を肯定する。様々な「好き」の形が、夏希の周りに溢れている。

そして、新任教師・藤堂悠は、屋上の夏希たちを遠くから見つめていた。彼の視線は、夏希の「トップの姫」としての輝きと、その裏に隠された脆弱さに釘付けになる。


(ああ、僕だけの『奴隷姫』……その重みも、その苦悩も、僕が全て受け止めてあげたい……。誰にもバレていないと信じている、僕だけの秘密の感情……)


藤堂は、完璧な笑顔を保ちながら、夏希への一方的で秘められた欲望を胸に、彼の「奴隷姫」を独占する機会を伺っていた。

その夜、夏希は日記を開いた。

> “『トップの姫』。それは、僕が望んだ『好き』の形じゃない。でも、雀堂は僕の『しんどい』を『好き』だと言ってくれた。飛雄は僕の『重み』を半分持ってくれると言ってくれた。絢人くんは僕の『輝き』を隣で見守ってくれると言ってくれた。みんながくれる『好き』の形は、それぞれ違う。でも、その全部が、僕を少しずつ、僕自身を『好き』にさせてくれる。この男子校は、僕にとって、自分だけの『好き』を見つける場所なんだ。”

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る