第21話 破天荒な飛雄くん
---飛雄視点
朝。
ベッドの中で、九九の「さざんが…さざんが…?」に苦戦しながら目覚めた俺・十河飛雄(そごうひゆう)。
数字よりもまぶしいのは、隣のベッドですやすや寝てる夏希の寝顔。天使かよ。いや、天才かよ。
「おい、夏希。起きろ。俺の九九教えろ。早くしないと“しちさん”の辺りで爆発する」
夏希はむくりと起きて、「さしにく」とか訳分からん単語を呟いて俺の頭をポンと撫でた。
…やばい。語彙力より優しさの方が暴力的すぎる。俺、今日も負けた。
学校。
数学の授業。先生が「六九は?」って聞くと、俺は元気に「むっく!」って叫んで、教室が沈黙に包まれる。
夏希だけが笑いを堪えながら、俺のプリントに「54」って書いてくれた。
俺、思った。
この人、俺の脳みその代わりに生きてくれてる。
放課後。
昼寝したベンチで目覚めると、夏希が自分のカーディガンを俺にかけてくれてた。
「お前はマジで犬みたいだな」って笑った。
俺は言った。
「お前は俺にとって、数学より難しくて、でも九九より大事」
夏希はふっと黙って、それから「九九は…なんとかするけど、俺はお前のそばにいる」って言った。
その日から、九九はできなくても、俺の隣に夏希がいればいいって思えた。
「しちに…なに?」
「十四だよ、飛雄」
「ありがと。あとで抱きしめる」
「今覚えろよな。」
でも本当は俺の九九の答え、全部「夏希」なんだよな。
春さん、お待たせしました!九九ができなくても、全力で“好き”を叩き込んでくる飛雄くんの視点で描く、男子校合宿編──ワクワクとドキドキが混線した青春BLライトノベル形式でお届けします。
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---合宿編・飛雄視点
合宿って聞いた時、最初に浮かんだのは「カレー作りか?水鉄砲か?それとも夏希と添い寝か?」ってことで──内容より“隣に夏希がいるか”が最優先。
男子校なのに、なんで合宿先の部屋割りがくじ引きなんだよ。運営側、俺の「夏希隣接祈願」をどこで却下した?
それでも──
「よし。俺、夏希と同室!勝ち組!」
結果オーライすぎて泣ける。隣で夏希がちょっと困ったように「飛雄……いびきひどくない?」って言った。
俺は返した。「俺のいびき、君を守る結界になるらしいぜ」
夜。
寝袋のジッパー閉め忘れて、冷気が足元から侵入した。夏希が何も言わずに、自分のブランケットを半分かけてくれた。
「お前はほんと、放っておけないやつだな」
俺は言った。
「放っておいてもいいけど──俺は夏希を放さないぞ?」
夏希は口元に手を当てて、なんか笑ってた。たぶん俺のセリフが“恋愛なのか寝言なのか分からない枠”だったんだろう。
翌朝。
班別で山登り。ルートも難易度も書いてあったけど、俺は読んでない。読めない。
「飛雄、地図持った?」
「持った!見た!理解はしてない!」
迷った。
夏希が冷静に「お前……迷うのが趣味か?」って言った。
俺は胸張って答えた。「迷ってる道でも、隣が夏希なら人生が合ってる気がする」
夏希が一瞬固まって──それから、なにか照れくさい顔で「九九は、明日からでいいよ」と言った。
その一言で、俺の心の九九が全部解けた。
九九の答え?
「いちいちが夏希、ににんが夏希、さんさんが夏希──」
全部、俺の“好き”だった。
春さん、了解です──今回は絢人の視点で描かれる夏希像。
“見ること”と“見守ること”が違うという哲学を、絢人の繊細な語りで届けます。感情の波を優雅に漂いながら、
でも時折その優しさが、危ういほど濃くなる──そんな語り口調でお届けしますね。
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---絢人視点
夏希という存在は、静かに校内に馴染みながら、いつも誰かの視線に晒されていた。
でも──その誰かに、僕も含まれていたことは、誰にも知られてはいけない気がしていた。
あの日の昼休み。
ベンチに座る夏希が、静かに弁当の蓋を開ける。
その仕草は、演技でも演出でもないのに、どこか“舞台の上”に見えるのは──きっと、彼自身の“見られ方”があまりにも染みついているから。
「箸の持ち方、きれいだね」って言ったのは誰だったっけ。
僕だったか、飛雄だったか、或いはクラスの誰か。
でも僕は違う意味で見ていた。
君の指が少しだけ震えていたことを、誰も気づいていなかった。
箸の動きが“演じる姫”になってしまう前に、君の“揺れ”をそっと抱き締めたくなった。
その瞬間だけは、誰よりも早く──僕が君の不安に手を伸ばせた気がした。
*
演劇部の照明会議の日。
部室の奥、鏡の前に立つ君が「こんな服、俺に似合うと思う?」って尋ねてきた。
僕は言った。
「似合うかどうかは服じゃなくて、君がその服をどう傷つけるかだよ」
君は眉をひそめた。「傷つけるって……何それ」
僕は微笑んだまま続けた。
「夏希くんは、いつだって『与えられたもの』に順応するようでいて、実は少しずつ、自分の輪郭でねじ曲げてる。
それは服でも、教室でも、周囲の期待でも──そしてたぶん、僕の目の中でも」
*
放課後。
君がデッサンされた絵を見て、静かに首を傾けていたあの日。
僕は、誰よりも君を“描かない”側の人間でいたいと思っていた。
なぞるよりも、滲ませるような距離で、そばにいること。
「夏希くん、君を描きたいとは思ったことがない」
「え……?」
「君が、誰かに描かれることで“苦しくなるなら”、僕は君が描かれないように囲う人でいたい」
君は何も言わず──少しだけ、肩の力を抜いた気がした。
僕の目に映る君は、“姫”でも“モデル”でもなく、ただの夏希で──
でも、それが僕にとっては、誰よりも“見られる価値のある光”だった。
*
日記には、君は何を書いたのだろう。
僕がそれを読むことは、きっとない。
でも願わくば、君が書く文字の中に、僕が君を守りたかった理由が、少しだけ残っているといい。
――そんな淡い祈りを胸に、僕は今日も誰にも気づかれない場所で、君を見守っている。
春さん、これは――“見られる存在”としての夏希と、“見守る者”としての絢人がすれ違いながらも、言葉だけで触れ合おうとする一幕。
絢人は照らす側、夏希は照らされてしまう側。でも、絢人は“語ること”でしか夏希を守れない。そんな切なく繊細なBLライトノベル調でお届けします。
---絢人視点
読者モデル枠の撮影会。
学園の選抜生徒数名がスタジオ入りする中、僕は夏希を横に立たせていた。彼が鏡を見て、表情を作っていたのは知っている。けれどそれは“構え”ではなく、きっと“防衛”だった。
「君を、みんなの前に立たせるつもりなんか、なかった」
そう言えたら、少しは楽になるだろうか。
だけど僕は、「似合うと思うよ」としか言えなかった。
撮影の途中、照明が切り替わるたびに、夏希は少しずつ眉間に力を込めた。
周囲は「絢人と並んでも引けを取らないビジュアルだ」と騒いでいたけれど、僕の視線は、夏希の指先にあった。
シャッター音の合間、彼は一度だけ僕に耳打ちした。
「……俺、こういうふうに見られるの、あんまり好きじゃない」
僕は頷くだけで、何も言えなかった。
*
撮影後の帰路、二人きりの電車。
隣に座った夏希が、窓に映る自分を見ながらぽつりと呟いた。
「絢人くんは、見られることに慣れてるんだろ?」
僕は、少しだけ笑った。
「慣れてるかもしれない。でも、慣れてしまったのは“見られる俺”の方で、“見たい俺”は、ずっと君だけを見てる」
彼はその言葉に何も返さず、窓に映る風景を見ていた。
僕は思った。
――手を取って、降りればいい。撮影をやめて、企画も取り下げればいい。
でも、僕にできるのは“語ること”だけだった。
見られることから守る術はなくても、せめて“語りかける”ことで、彼の輪郭を曖昧にさせないように。
*
夜、校内の非常階段。
冷たい風の中、夏希は自分のスマホで撮影された自分の画像を見ていた。
「……俺、絢人くんが隣にいてくれることは、好きだよ。でも、たぶんそれは“映え”とは違うんだ」
僕は、少し迷って、それから言った。
「君は、“映える”んじゃなくて、“写ってしまう”人なんだよ。
光が君を捕まえるんじゃなくて、君自身が光に語られるような人だから――
だから僕は、君を誰よりも“見たい”って思ってしまった」
彼は、そっとスマホを伏せて、僕の方に顔を向けた。
言葉はなかった。でもその視線の中に、僕への“語らせること”への許しがあった。
それだけで、今日も僕は夏希を守れた気がした。
誰にも触れられない彼を、僕は“語る”ことで、手放さずにすむのだから。
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