第20話「総理の資質、バレンタインで問われる僕」

「姫の資質判定歌劇テスト」の余韻が残る男子校に、バレンタインデーの「チョコ獲得争奪戦」の告知が響き渡った。しかし、その内容は、夏希の想像をはるかに超えるものだった。

校長室からの特別放送で、生徒会副会長・東雲が厳粛な面持ちで告げる。


「諸君。この『ミスターバレンタイン』を決める戦いは、単なる人気投票ではない。これは、本校が長年培ってきた『政界のリーダー、すなわち総理を担う者の資質を判定する』ための、極めて重要なテストである」


会場は、一瞬の静寂の後、どよめきに包まれた。東雲は続ける。


「真のリーダーは、学力や体力、美しさだけでは務まらない。老若男女、あらゆる層の人々の心を掌握し、動かす『人心掌握術』こそが、最も重要な資質だ。このバレンタインデー、校内だけでなく、一般客、来賓、OB、他校の生徒、兄弟姉妹など、あらゆる人々が君たちにチョコを贈る。その獲得数と、会場の盛り上がりをもって、君たちの『総理の資質』を測る!」


夏希は、その言葉に完全にフリーズした。王の資質は「圏外」、姫の資質は「学年トップ」という異例の評価を受けたばかりだというのに、今度は「総理の資質」? しかも、チョコの数で「人心掌握術」を測るという、壮大すぎる目的。彼の「モテ地獄」は、もはや学園の枠を超え、国家レベルの試練へと変貌していた。

(僕の『モテ地獄』が、総理の資質テスト……? 誰かの『好き』を探してるだけなのに、いつの間にか国の未来まで背負わされてる……!?)

戸惑いと、途方もないプレッシャーが、夏希の胸に重くのしかかる。

告知と同時に、校内は一気にバレンタインムードに包まれた。しかし、それは甘いだけではない、熾烈な「総理の資質テスト」の幕開けでもあった。

生徒会室では、東雲がこの「総理の資質テスト」の運営計画を厳格に指揮していた。彼の隣には、雀堂天音がタブレットを構え、夏希の「総理の資質最適化プラン」を高速で分析している。


「お姉様が『ミスターバレンタイン』の称号を獲得することは、お姉様の『総理の資質』を最大化する上で極めて重要です。競合の動向、外部からの来場者データ、全てを徹底的に分析し、最適な人心掌握戦略を立案します!」


演劇部の部室では、綾芽が優雅に微笑んでいた。


「ふふ、バレンタインは、愛と美、そして人心掌握の祭典よ。夏希くんの『姫』としての魅力が、どれだけ多くのチョコを引き寄せ、人々を魅了するか……楽しみだわ。演劇部として、夏希くんの『総理の資質』を最大限に引き出す舞台演出を提案しましょうか?」


白玉皇一と愛園星歌は、この「総理の資質テスト」を、自分たちのカリスマを国家レベルで証明する絶好の機会と捉え、早くも過激なアピール合戦を繰り広げ始めた。

白玉皇一は、校門前で金色のマイクを握りしめ、演説を始めた。


「俺こそが真の『王』であり、『姫』、そして未来の総理だ! このバレンタインで、俺のカリスマがチョコを支配し、国民の心を掌握する! 我がファンよ、老

若男女問わず集え! 俺にチョコを捧げよ!」


彼のファンクラブの生徒たちが、大量のチョコを抱え、外部からの来場者も巻き込みながら熱狂的に応える。

愛園星歌は、校内SNSで自身の「バレンタイン限定・総理候補コーデ」を公開し、連日「今日の愛らしさ」と「国民へのメッセージ」を更新していた。


「わたくしの美しさこそが、この学園の『姫』、そして未来の総理に相応しいのよ! 国民は、わたくしの輝きにひれ伏すでしょう! さあ、わたくしにチョコを捧げにいらっしゃい!」


彼の投稿には、瞬く間に「いいね」と「チョコを贈りたい」というコメントが殺到し、外部のメディアも注目し始めた。

鴉月透は、バレンタインを「夏希様への信仰の顕現」と「神性による国家統治の予兆」と解釈し、教典に新たな章を書き加えていた。


「チョコ……これは、夏希様への愛の供物! 第十八教義『甘美なる献上』、そして第十九教義『神性による人心掌握』として記録せねば……! 我が信徒よ、夏希様へ最高のチョコを捧げ、その『総理の資質』を顕現させるのだ!」


彼は、夏希へのチョコを「聖なる供物」として捉え、信徒たちに「夏希様への愛」と「国家の未来」を説いていた。

そんな中、十河飛雄は、この壮大な目的を理解しきれないまま、いつも通りわたあめを頬張っていた。


「なっちゃん、総理って、なんか偉い人だろ? オレ、なっちゃんにチョコあげる! 九九できないけど、なっちゃんへの『好き』は無限大だからな! なっちゃんなら、絶対すげー総理になれるって!」


飛雄は、夏希の困惑をよそに、無邪気に笑う。彼の「好き」は、夏希の「結果」や「評価」ではなく、夏希の「存在」そのものを肯定してくれる、真っ直ぐな感情だった。その言葉は、夏希の心を少しだけ軽くする。飛雄は、バレンタイン当日、校内を駆け回り、老若男女問わず「なっちゃんにチョコあげてくれ!」と呼びかけ、予期せぬ形で会場の盛り上がりに貢献しようとしていた。

御園絢人は、夏希の不安を見透かすように優しく寄り添っていた。彼は、自身の知名度やファン層を活用して夏希へのチョコ獲得を積極的にサポートすると約束した。


「夏希くん、心配いらないよ。君の『総理の資質』は、チョコの数なんかで測れるものじゃない。でも、もし君が『ミスターバレンタイン』になりたいと願うなら、僕が全力でサポートする。僕のファンにも声をかけて、会場を君の『好き』で満たしてあげるから。君の『人心掌握術』は、きっと僕の歌声よりも、人々の心に響くはずだ」


絢人の言葉は、夏希の心に深く染み渡った。飛雄の無邪気な「好き」が夏希の心を軽くし、絢人の包み込むような「好き」が夏希の存在を肯定する。様々な「好き」の形が、夏希の周りに溢れている。

そして、新任教師・藤堂悠は、夏希のSNSを密かにチェックしていた。夏希が投稿した、カフェのパンケーキの写真に、藤堂の視線は釘付けになる。


(夏希くん……君は、僕だけの『男の娘』だ。この『総理の資質テスト』は、君の『男の娘』としての魅力を、僕が独占する絶好の機会だ。誰にもバレていないと信じている、僕だけの秘密の感情……。君の『人心掌握術』は、僕が一番近くで、そして誰よりも深く理解している)


藤堂は、完璧な笑顔を保ちながら、夏希への一方的で秘められた欲望を胸に、バレンタインデーの到来を待っていた。彼の秘密の感情が、この男子校の「モテ地獄」に、新たな波紋を広げようとしていた。

その夜、夏希は日記を開いた。

“バレンタインデー。また、僕に『姫』の役割が回ってきた。しかも、今度は『総理の資質』を測るテストだなんて。チョコの数で『人心掌握術』を競うなんて、なんだか変な感じだ。でも、飛雄や絢人くん、そしてみんなが僕にくれる『好き』の形は、それぞれ違う。この『モテ地獄』の中で、僕が本当に『好き』って思える場所を、見つけられるのかな。僕が、僕であること。それが、この男子校で、そして『総理の資質』として、どういう意味を持つんだろう。”


夏希の男子校での「モテ地獄」は、バレンタインデーという新たな舞台で、さらに過激な様相を呈し始めていた。彼は、自分だけの「好き」を見つけ、自己肯定へと繋げていくため、この「総理の資質テスト」に挑む。

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