第17話「先生の視線、SNSの誤解
「姫の資質判定歌劇テスト」を終え、夏希は自分だけの「好き」を見つけ始めた。男子校での「モテ地獄」は相変わらずだが、以前よりは自分自身を肯定できるようになっていた。そんなある日、校内に新たな波紋が広がった。新しく赴任してきた、どこか掴みどころのない雰囲気の教師、藤堂 悠(とうどう ゆう)の存在だ。
藤堂先生は、担当教科は不明だが、生徒たちの間では「大学生の男の娘がタイプらしい」という噂がまことしやかに囁かれていた。夏希は「また変な人が来たな……」と他人事のように思っていたが、彼の日常は、その教師によって新たな「モテ地獄」へと誘われることになる。
夏希は、男子校での日常を綴るSNSアカウントを持っていた。顔出しはしているものの、年齢は非公開。時折、元女子としての感性や、無意識の仕草が垣間見えるような投稿もしていた。ある日、夏希が教室でスマホをいじっていると、藤堂先生がふらりと夏希の席に近づいてきた。
「夏希くん、君のSNS、いつも楽しく見させてもらっているよ」
藤堂先生は、完璧な笑顔でそう言った。夏希は、心臓が跳ね上がった。なぜ教師が自分のSNSを知っているのか。生徒のSNSを監視しているのか? 不安と困惑が夏希の胸を支配する。
「え、あ、ありがとうございます……?」
夏希がしどろもどろに答えると、藤堂先生はさらに続けた。
「特に、あのカフェのパンケーキの投稿、すごく可愛かったね。ああいう、ちょっと女の子っぽいものに惹かれる感性、とても素敵だと思うよ。君のような『男の娘』は、本当に稀有な存在だ……君の感性は、教育の場でも貴重だよ。可愛いものに惹かれる男子って、いいと思う。もっと……もっと、心を開いてみてもいいんじゃないかな?」
藤堂先生の言葉に、夏希は完全にフリーズした。「男の娘」? なぜそんなことを言われるのか。自分が元女子であることは、男子校では誰にも明かしていないはずだ。教師は、夏希のSNSの投稿内容から、夏希を「大学生の男の娘」だと誤解しているのだ。夏希は、教師の真意が全く掴めず、ただただ困惑するしかなかった。
夏希を取り巻く男たちは、この奇妙な関係性に気づき、それぞれ異なる反応を示した。
生徒会室では、東雲が藤堂先生の経歴を調べていた。
「藤堂悠……担当教科不明、赴任理由不明。夏希への異常な接近……秩序を乱す存在だ。監視を強化する必要がある」
彼の秩序の概念は、教師という立場からの予測不能な行動に、新たな警戒心を抱いていた。
演劇部の部室では、綾芽が優雅に微笑んでいた。
「あら、藤堂先生、夏希くんに興味津々みたいね。ふふ、新たなドラマの予感だわ。夏希くんの『男の娘』としての魅力……舞台で引き出してあげたいわね」
彼の瞳は、夏希と教師の間に生まれる新たな関係性に、期待を寄せているようだった。
白玉皇一は、藤堂先生の完璧な笑顔に嫉妬を覚えた。
「あの教師、夏希に近づきすぎだ! 俺のカリスマが霞むじゃないか! 俺こそが夏希の隣に立つべき王だ!」
愛園星歌は、藤堂先生の「男の娘」への興味に、自身の美意識が試されていると感じていた。
「わたくしの美しさの前では、どんな『男の娘』も霞むはずよ。夏希くん、わたくしが真の『姫』の輝きを見せてあげるわ!」
二人のナルシストは、教師の登場を新たな「注目度競争」の始まりと捉え、夏希へのアピールを強めていく。
鴉月透は、藤堂先生の夏希への言動を「神性への新たなアプローチ」と解釈し、教典に書き加えていた。
「『男の娘』としての神性……これは、第十八教義『性別の超越』として記録せねば……! 夏希様は、いかなる姿であろうと、我らの信仰の対象である!」
彼の信仰は、夏希のあらゆる側面を「神話」として記録しようとしていた。
雀堂天音は、藤堂先生の夏希へのアプローチを「お姉様幸福度最大化計画」の新たな変数として分析していた。
「藤堂先生の言動は、お姉様の感情データに予測不能な揺らぎをもたらしています。これは、ポジティブな影響とネガティブな影響、両方の可能性を秘めています。詳細な分析が必要です!」
彼のマネージャーとしての使命感は、夏希の幸福を追求することへと、より明確にシフトしていた。
そんな中、十河飛雄は、藤堂先生の言動を面白がっていた。
「なっちゃん、先生、なっちゃんのこと『男の娘』だって! すげーじゃん! オレ、なっちゃんの『男の娘』、超好きだぞ!」
飛雄は、夏希の困惑をよそに、無邪気に笑う。彼の「好き」は、夏希の「結果」や「評価」ではなく、夏希の「存在」そのものを肯定してくれる、真っ直ぐな感情だった。その言葉は、夏希の心を少しだけ軽くする。
御園絢人は、藤堂先生の夏希へのアプローチに、静かな警戒心を抱いていた。彼は、夏希の隣にそっと寄り添い、優しく語りかけた。
「夏希くん、心配いらないよ。君がどんな『夏希』であろうと、僕が一番近くで君を見守っているから。君の『好き』は、誰かに決められるものじゃない。君自身が、君を『好き』になれるように、僕も隣で支えたい……それに……笑顔が完璧すぎる人って、心がどこにあるのかわからなくなるよね。夏希くんの“揺れ”は、僕にはとても大事なものに見える」
絢人の言葉は、夏希の心に深く染み渡った。飛雄の無邪気な「好き」が夏希の心を軽くし、絢人の包み込むような「好き」が夏希の存在を肯定する。様々な「好き」の形が、夏希の周りに溢れている。
その夜、夏希は日記を開いた。
> “藤堂先生が、僕を『男の娘』だと思ってる。僕が元女子だってことは、誰にも言ってないのに。この誤解を解くべきなのか、それともこのままにしておくべきなのか……。また、新しい『役割』を押し付けられそうになってる。でも、飛雄や絢人くんが、僕の『好き』を肯定してくれるなら、この『モテ地獄』も、乗り越えられるのかな。僕が、僕であること。それが、この男子校で、どういう意味を持つんだろう。”
>
夏希の男子校での「モテ地獄」は、教師の登場によって、さらに複雑な様相を呈し始めていた。彼は、自分だけの「好き」を見つけ、自己肯定へと繋げていくため、新たな試練に立ち向かう。
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