第16話 姫の資質、それぞれの舞台の結末

「姫の資質判定歌劇テスト」から数日後、校内は結果発表を待つ異様な熱気に包まれていた。体育館に全校生徒が集められ、ステージ上の巨大スクリーンには、各学年の歌劇の評価、来客人数、会場の盛り上がり、そして総合順位が映し出されていく。この結果が、学内カーストと進路に影響を与えるという重圧が、生徒たちの間に張り詰めていた。

夏希は、飛雄と絢人の間に挟まれて座っていた。胸の鼓動が速くなる。ネット上の批判的なコメントが脳裏をよぎるが、舞台で感じた「僕だけの好き」の感覚を信じようとした。

スクリーンに次々と各学年の歌劇の結果が映し出されていく。

白玉皇一が主役を務めた学年の歌劇は、彼の圧倒的なカリスマと派手な演出で、来客人数は多かったものの、一部で「自己中心的すぎる」という評価も散見された。皇一は、夏希の「奴隷姫」の話題性に客を奪われたことに、まだ納得がいかない様子だった。

愛園星歌が主役を務めた学年の歌劇は、その完璧な美しさと洗練された演出で、特に美意識の高い層からの支持を集めた。しかし、来客人数と会場の盛り上がりでは、夏希の学年に一歩及ばず、星歌は悔しそうに唇を噛みしめていた。

そして、ついに夏希が主役を務めた学年の歌劇「亡国の奴隷姫」の結果が映し出された。

来客人数:予想をはるかに上回る過去最高記録

会場の盛り上がり:圧倒的な感動と熱狂、スタンディングオベーション

総合評価には、異例の言葉が並んでいた。

「既存の『姫』の概念を打ち破り、内面の気高さと共感性で観客を魅了した。その表現は、単なる演技を超え、観る者の魂を揺さぶる『現象』であった」

そして、総合順位は――学年トップ。

会場がどよめき、やがて割れんばかりの拍手と歓声が響き渡った。夏希は、自分の結果に呆然とした。ネットの批判も、他の生徒たちの過激なアピールも、全てを乗り越えて、彼の「奴隷姫」が、最高の評価を得たのだ。

隣の飛雄は、夏希の結果を見て、飛び上がって喜んだ。

「なっちゃん、すげー! やっぱりなっちゃんが一番だ! オレ、なっちゃんの『姫』、超好きだぞー!」

飛雄は、夏希の肩を力強く抱きしめた。彼の「好き」は、夏希の「結果」ではなく、夏希の「存在」そのものを肯定してくれる、真っ直ぐな感情だった。

絢人は、夏希の隣で静かに微笑んだ。彼の完璧な笑顔は、夏希の喜びを分かち合うように輝いている。

「夏希くん、最高の『姫』だったよ。君の『好き』が、会場全体を包み込んでいた。君が自分自身を『好き』になれる場所を見つけられて、僕も本当に嬉しい。これからも、君の隣で、ずっと見守っているから」

絢人の言葉は、夏希の心に深く染み渡った。飛雄の無邪気な「好き」が夏希の心を軽くし、絢人の包み込むような「好き」が夏希の存在を肯定する。様々な「好き」の形が、夏希の周りに溢れている。

校内では、夏希の「奴隷姫」の成功が、新たな伝説として語り継がれるようになった。

生徒会室では、東雲が最終報告書を閉じ、静かに呟いた。

「夏希……君は、学園の秩序を、良い意味で破壊し、再構築する力を持っている。その『未知なる資質』は、我々の想像をはるかに超えていた。次なる生徒会活動に、君の力を借りたい。君こそが、この学園の新たな『王』となるべき存在だ」

彼の秩序の概念は、夏希の予測不能な魅力によって、完全に拡張され、夏希を新たな「王」として迎え入れようとしていた。

演劇部の部室では、綾芽が満足そうに微笑んでいた。

「ふふ、夏希くん。君は、最高の『姫』だったわ。君の『美』と『意志』が、この歌劇を最高の芸術へと昇華させた。次なる舞台は、君自身が主役よ。演劇部で、君の新たな魅力を引き出してあげたいわ観客の涙も拍手も、演出じゃなく君自身が起こしたもの。私たちは舞台装置を用意しただけ──舞台に命を吹き込んだのは、君よ……。」


彼の瞳は、夏希の新たな表現方法に、深い期待を抱いているようだった。

鴉月透は、夏希の歌劇の成功を「神性への究極の顕現」と解釈し、教典に新たな章を書き加えていた。

「『奴隷姫』の勝利は、夏希様の『受難と昇華』の証! 第十七教義『奇跡の顕現』として記録せねば……! 夏希様は、いかなる姿であろうと、我らの信仰の対象である!」

彼の信仰は、夏希の創造性によって、さらに深淵な領域へと足を踏み入れていた。

雀堂天音は、夏希の幸福度データを最終確認し、満面の笑みを浮かべていた。

「お姉様の幸福度が、過去最高値を大幅に更新! 『姫の資質判定歌劇テスト』は、お姉様の自己肯定感を最大化する最高のイベントでした!このデータは、今後の『お姉様幸福度最大化計画』に不可欠です!」

彼のマネージャーとしての使命感は、夏希の幸福を追求することへと、より明確にシフトしていた。

その夜、夏希は日記を開いた。

“姫の資質判定テスト。僕は『学年トップ』だった。ネットの批判もあったけど、僕の『奴隷姫』は、みんなの心を動かした。飛雄は僕の『全部』を好きだと言ってくれるし、絢人くんは僕の『好き』を隣で見守ってくれると言ってくれた。僕はまだ、自分をまるごと好きだとは言えない。でも、ボロボロの布切れ一枚の姿で、誰かの心を動かせた僕を、少しだけ愛してもいい気がした。“この男子校は、僕にとって、自分だけの『好き』を見つける場所なんだ。

そして、これから僕は──誰かに『好き』を渡すことも、始めていける気がする。”

男子校は、僕にとって、自分だけの『好き』を見つける場所なんだ。そして、僕はもう、モテ地獄の主役じゃなくて、自分だけの物語の主人公でいられる気がする。”



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