第14話「奴隷姫、僕の気高き舞台」


“王”にもなれず、“圏外”と呼ばれたばかりなのに──今度は“姫”。

夏希は、枠を背負うことに疲れそうになりながらも、舞台の“役”の中に、自分を探したくなっていた。

「姫の資質判定歌劇テスト」の準備が本格化する中、演劇部部長・綾芽は、各学年の演目と主役を発表した。夏希が所属する学年の演目は、なんと「亡国の奴隷姫」。そして、その主役は──夏希に決定した。

「夏希くん、君に演じてもらうのは、かつて栄華を誇った国の姫が、国が滅び奴隷に落ち、ボロボロの布切れ一枚しか着ることを許されない身となりながらも、その気高き精神性で再び国を再興する物語よ」

綾芽は、優雅な笑みを浮かべながら夏希に告げた綾芽は、ボロ布を手にして言った。


「これは“役割”ではなく、“可能性”なのよ」


夏希は、美しさを演じるよりも、傷を受け止める表現に足を踏み入れる感覚を覚えていた。

夏希は、その役柄に思わず息を呑む。ボロボロの布切れ一枚の奴隷姫。見た目は可愛い系美男子の自分が、そんな役を演じるのか。そして、その「姫の資質」は、来客人数と会場の盛り上がりで測られるという。戸惑いと、役柄への挑戦心が、夏希の胸に複雑に絡み合った。

(姫の資質が、ボロボロの布切れ一枚で問われるなんて……。でも、気高い精神性で国を再興する姫……それって、僕が『僕』であることと、どこか繋がってる気がする)

歌劇の練習が始まると、夏希は役柄の解釈に没頭した。綾芽は、夏希に「外見の美しさではなく、内面の輝きを表現すること」を求めた。夏希は、かつて女子校で「陰キャ」だった自分、男子校で「王」や「姫」の役割を押し付けられてきた自分、そして今、自分自身を「好き」になり始めている自分を重ね合わせ、奴隷姫の「気高さ」を模索した。

他の生徒たちは、夏希の役柄に様々な反応を示した。

白玉皇一は、自身の演目で煌びやかな王子の役を演じながら、夏希の役柄を嘲笑した。

「奴隷姫だと? 姫とは、輝くものだ! ボロ布一枚で何ができるというのだ!」

愛園星歌も、豪華なドレスを身につけ、夏希の役柄を「未完成の美」と評した。

「その美しさ、わたくしが仕上げて差し上げますわ。ボロ布では、観客は魅了できないでしょう?」

二人は、夏希の「奴隷姫」が、自分たちの「完璧な姫」のイメージを損なうものだと考え、集客と舞台の盛り上がりで圧倒しようと、さらに過激なアピール合戦を繰り広げた。

生徒会室では、東雲が歌劇の演目リストを眺めながら呟いた。

「奴隷姫……。綾芽の狙いは、夏希の『未知なる資質』を極限まで引き出すことか。この異質な演目が、学園の秩序にどのような影響を与えるか、興味深い」

彼は、夏希の舞台がもたらすであろう波紋を冷静に分析していた。

鴉月透は、夏希の役柄を「神性への究極の試練」と解釈し、教典に新たな章を書き加えていた。

「ボロ布を纏いし神性……これは、第十六教義『受難と昇華』として記録せねば……! 夏希様は、いかなる姿であろうと、我らの信仰の対象である!」

彼は、夏希の舞台を「聖なる儀式」として捉え、信徒たちに「奴隷姫への祈り」を説いた。

雀堂天音は、夏希の役柄と集客戦略を徹底的に分析していた。

「お姉様が『奴隷姫』を演じることで、観客の感情移入度は最大化されます。特に、そのギャップが話題性を生み、集客に繋がるでしょう。涙腺を刺激する演出と、感動的なクライマックスを提案します!」

彼のマネージャーとしての使命感は、夏希を「姫」として最高の結果に導くことへと向かっていた。

そんな中、十河飛雄は、夏希の役柄に純粋な興味を示した。

「なっちゃん、奴隷姫って、なんか面白そうじゃん! ボロ布一枚って、逆にすげー目立つし! なっちゃんがボロ布でも、オレには毎日見てる“なっちゃん”の方がずっとすげーから!ガチで!」

> その言葉は、演じる自分と生きる自分が矛盾しないように、夏希をそっと繋いでくれた。

、なっちゃんの舞台、一番前で見るからな!」

飛雄は、夏希の不安をよそに、無邪気に笑う。彼の「好き」は、夏希の「ツッコミ」を肯定し、彼の存在を丸ごと受け入れてくれる。それは、過熱する競争の中で、夏希を支える温かい光のように思えた。飛雄は、歌劇の練習中も、夏希のセリフに合わせて奇妙な踊りを披露し、夏希の緊張を和らげた。

御園絢人は、夏希の役柄に深い共感を示した。彼は、夏希の不安を見透かすように優しく寄り添い、演技指導にも協力した。

「夏希くん、その役は、君にしかできないよ。外見ではなく、内面の輝きで観客を魅了する。それは、まさに君がこの男子校で示してきたことだ。僕が、君の『気高さ』を最大限に引き出す手伝いをしよう。君の『好き』を、舞台で表現してほしい」

絢人は、夏希の感情表現をサポートし、彼の歌声に深みを与えるためのアドバイスを送った。彼の「好き」は、夏希の存在を肯定し、彼が自分自身を「好き」になるための、確かな支えとなっていた。

歌劇公演当日。会場は、生徒、保護者、来賓、そして一般客で埋め尽くされていた。夏希の「奴隷姫」という異色の役柄は、すでに校内外で大きな話題となっていたのだ。

全身を覆う布は薄い。でも、観客の視線はずっと重かった。

夏希はその重さに耐えながら、「僕の中の“姫”は誰にも奪われない」と、胸の奥で呟いた。

舞台の幕が上がる。ボロボロの布切れ一枚を纏った夏希が、ステージ中央に立つ。その姿は、華やかさとは程遠い。しかし、夏希の瞳には、奴隷に落ちてもなお失われない、気高き精神が宿っていた。彼の声は、低く、しかし力強く、亡国の悲しみと再興への決意を歌い上げた。

夏希の演技は、観客の心を揺さぶった。彼の「可愛い系美男子」という外見と、「奴隷姫」という役柄のギャップ、そして内面から滲み出る「気高さ」が、観客に強烈な印象を与えた。会場は、静寂から、やがて感動の渦へと変わっていく。

クライマックス。夏希が、ボロボロの布切れを纏ったまま、力強く立ち上がり、再興を誓う歌を歌い上げた時、会場の盛り上がりは最高潮に達した。観客は総立ちとなり、惜しみない拍手と歓声が体育館に響き渡った。来客人数も、予想をはるかに上回っていた。

舞台裏に戻った夏希は、安堵と達成感で胸がいっぱいだった。飛雄が駆け寄ってきて、夏希の肩を抱きしめた。

「なっちゃん、すげー! 超かっこよかった! オレ、泣いちゃったよ!」

絢人も、夏希の隣に立ち、優しく微笑んだ。

「夏希くん、最高の舞台だったよ。君の『好き』が、会場全体を包み込んでいた。君は、本当に素晴らしい『姫』だ」

夏希は、二人の言葉に、そっと自分の胸に手を当てた。僕はまだ、自分をまるごと好きだとは言えない。だけど今だけは──ボロボロの布切れ一枚の姿で、誰かの心を動かせた僕を、少しだけ愛してもいい気がした。

(僕が、僕であること。それが、こんなにも誰かを笑顔にできるなら……)

「姫の資質判定歌劇テスト」は、夏希にとって、単なる評価の場ではなかった。それは、彼自身が「自分だけの物語の主人公」として、様々な「好き」の形の中で、自分自身の「好き」を見つけ、成長していく、新たな一歩となったのだった。僕はまだ、自分をまるごと好きだとは言えない。でもあの頃、誰にも見られないように隠れていた“僕”より、今の僕を──少しだけ愛してもいい気がする。


以下これはネット上での書き込みである。


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💬観客のネット書き込み風コメント集


🟦@感情型レビュー垢

奴隷姫……ほんとに“姫”だった……。

あのボロ布からあんな気高さが溢れるとは。泣く準備してなかったんだけど、涙、勝手に落ちてきた。


🟥@演劇マニア98

夏希くん、演技ヤバすぎる。

“衣装が心情を遮らない”ってこういうことか。

亡国の悲しみを背負いながら、観客全員を味方につける演技力。感服。


🟩@男子校の民

えっ……あれ“男子校の文化祭”だよね!?

奴隷姫って設定だけでも攻めすぎなのに、夏希くんガチで主役級ってか主役だった。語彙消える。


🟨@舞台照明担当者垢

照明が当たった瞬間、布の透け感に息止まった。

演出っていうか、魂がステージに浮いてた。あれは演劇じゃない、祈りだった。


🟪@推ししか見てない垢

いや飛雄くんの奇行(踊り)も最高だったんだけど、

夏希くんにしか見えてない感じが尊すぎて泣けた。

あの二人の空気感、BL的にもグッときた。


🟫@考察勢

「僕の中の姫は誰にも奪われない」ってセリフ、

個人的には夏希くん自身の“自己信仰宣言”だと思ってる。

あの場にいた人間、みんな少しだけ自分を好きになれたんじゃない?


⬛@演劇部OG

現役時代にこんな舞台観たら多分一生引きずる。

美男子がボロ布纏って泣かせにくるって、設定だけで強いのに

演技まで完成度高いって……本気で舞台化求む。


🟥@リアルで号泣

感動した、とかじゃない。

魂を鷲掴みにされてぶん回された。

夏希くんありがとう。マジでありがとう。



【No.482:匿名】

あいつ、奴隷姫って言われて布切れ1枚で舞台出てたのマジで笑った。

でも正直、目が離せなかった。悔しいけど、なんか刺さった。


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【【演劇板】】

“亡国の奴隷姫”って設定重すぎじゃね?

男子校でやる内容じゃないだろw

でも会場の空気、途中から完全に支配されてた。なんだったんだあの力……。


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【校内観覧スレ#98】

夏希って普段そこまで目立つタイプじゃなかったのに、

布だけで舞台を持たせたのすごくない?

てかアイツ、演技してたのか、泣きそうだったのか分かんなかったけど……なんか泣けた。


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【演劇部OG匿名垢】

去年までなら絶対ありえない配役。

あの演目も無謀って言われてた。でも、客の反応見たら──“あれが正解だったんだな”ってなった。


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【観覧者B・名無し】

“気高い”ってこういうことなんだな、って思った。

ぶっちゃけ外見目当てだったけど、途中から見た目どうでもよくなってた。

なんか、声の震えがずっと残ってる。耳じゃなくて、胸に。


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【SNS垢名なし/校外からの観覧者】

男子が演じる“姫”って、冗談かと思った。

でも最後に立ち上がった奴隷姫の姿見て、逆にこっちが笑えなくなったわ。

誰に何を演じさせたって、心が乗ればそれが正解なんだな。


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【匿名板/感想ログ#132】

夏希って人が“自分を演じてた”ようにしか見えなかった。

あれ、ただの役じゃないでしょ。

見せられたんじゃなくて、“見つけてしまった”って感じ。怖かった。すごかった。


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【匿名生徒:裏垢?】

ちょっとさ……男子校の舞台で泣くと思わなかった。

あの人、いつもモテ枠だとか言われてたけど──あの演技はモテとかじゃなかった。

なんか、“人”だった。ほんとの意味で。


もちろん。こちらは「亡国の奴隷姫」の歌劇公演に対する、ネット上での批判的・懐疑的なコメント例です。観客や校内外の視聴者が匿名で投稿したものを想定し、称賛に混じる違和感、役柄や演出への皮肉、主観的な否定なども含んでいます。


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🧩批判的なネット書き込み風コメント例


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【匿名スレ No.203】

“姫の資質”とか言っておきながら、男子にボロ布纏わせる演出ってどうなの?

感動云々以前に、もう少し衣装への配慮って必要じゃない?やりすぎだと思う。


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【SNS投稿@匿名】

演技はまあ良かったけど、話題性狙いすぎじゃね?

“奴隷姫”って名前だけでセンセーショナル感強すぎて、なんか興ざめした。


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【観劇感想垢(非好意寄り)】

泣いたって人多いけど、正直、自分は冷めた。

美男子の苦悩って、舞台装置にされがちじゃない?

あの演目が“本人の物語”に見えた人、純粋すぎると思う。


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【男子校文化祭まとめスレ】

歌劇そのものはよかったけど、主役選出が偏りすぎだろ。

結局「見た目がいい人」が注目される構造なんじゃないの?


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【校外掲示板/名無し投稿】

夏希くんってずっと「モテ枠」って言われてるけど、

舞台終わったらまた“モテ地獄”とか言っておしまいでしょ?

この演目が“何か変える”って本気で思ってる人、いるの?


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【感想サイト/匿名レビュー】

演技は確かに綺麗だった。でも、苦しさとか内面の葛藤って“感動の材料”にされすぎてない?

「可哀想で気高い」って、そのまま消費される危うさを感じた。


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【ライブ観劇実況】

途中で拍手起こるの早すぎじゃない?泣けって空気が強すぎて苦しかった。

演目の良さより、「泣いた」って言うための空気感が支配してた印象。


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