第13話「姫の資質、舞台裏の戦い」

「王の資質判定テスト」の結果発表から間もなく、校内は「姫の資質判定歌劇テスト」の告知で再び熱狂の渦に包まれていた。ついこの前、“王”と呼ばれそこねたばかりなのに、今度は“姫”としてステージに立てと言われる。

夏希は、自分の性別や過去よりも、「この男子校が役割の洪水でできている」ことに息苦しさを覚えた。

学年単位での歌劇公演、そして評価基準は「舞台での表現力」に加え、保護者、来賓、一般客の来客人数と会場の盛り上がり。この異例の発表に、夏希は思わず頭を抱えた。

(王の資質を問われたばかりなのに、今度は姫……しかも、集客まで!? 僕、元女子だけど、舞台で姫なんて……!)

戸惑いと、新たなプレッシャーが夏希の胸に重くのしかかる。しかし、演劇部部長・綾芽の優雅な声が校内放送で響き渡った。

「さあ、男子たち。君たちの内なる『姫』を、舞台で解放なさい! この歌劇は、美と集客の融合。真の『姫』は、観客を魅了し、会場を熱狂させる力を持つものよ!」

歌劇公演の準備が始まると、校内は一気に過熱した。特に、夏希の周りは、それぞれの思惑を抱えた男たちの戦場と化していく。

演劇部の部室では、綾芽が夏希を主役に据えようと、巧みに誘導していた。

「夏希くん、君の持つ『美』と『意志』は、この歌劇の主役に相応しいわ。君が舞台に立てば、きっと観客は熱狂する。さあ、このドレスを試着してみて?」

綾芽は、煌びやかな衣装を夏希の目の前に差し出す。

綾芽の差し出すドレスは、まるで“君はこうあるべき”とささやく魔法の布のようだった。 夏希は、それが美しいこともわかる。でも、それを着る自分に“自分の好き”が含まれているかは──まだわからなかった。

その瞳は、夏希の新たな魅力を引き出すことに、深い喜びを感じているようだった。

一方、白玉皇一と愛園星歌は、夏希への対抗心を露わにしていた。彼らは、自身のカリスマとファンを総動員し、夏希を上回る集客と盛り上がりを目指して、過激なアピール合戦を繰り広げ始めた。

白玉皇一は、校門前で金色のマイクを握りしめ、演説を始めた。

「俺こそが真の『王』であり、『姫』! この歌劇で、俺のカリスマが観客を支配する! 我がファンよ、集え! この舞台を、俺の王国とせよ!」

彼のファンクラブの生徒たちが、プラカードを掲げて熱狂的に応える。

愛園星歌は、校内SNSで自身の舞台衣装のスケッチを公開し、連日「今日の美しさ」を更新していた。

「わたくしの美しさこそが、この学園の『姫』に相応しいのよ! 観客は、わたくしの輝きにひれ伏すでしょう! さあ、わたくしの舞台へ、愛を捧げにいらっしゃい!」

彼の投稿には、瞬く間に「いいね」とコメントが殺到する。

生徒会室では、東雲がこの過熱する競争を冷静に分析していた。

「『姫の資質』を測る歌劇か……。集客力も評価対象となると、秩序の乱れは避けられまい。しかし、夏希の持つ『未知なる資質』が、このカオスをどう変えるか……。興味深い」

彼は、夏希の動向を注意深く観察し、必要とあらば介入する準備を整えていた。

鴉月透は、歌劇公演と集客を「夏希様への信仰の顕現」と解釈し、自身の「夏希教」の信徒を動員して会場を盛り上げようと奔走していた。

「夏希様の舞台は、神話の再演! 我が信徒よ、集結せよ! 聖なる歌声と姿を拝し、会場を熱狂の渦に巻き込むのだ!」

彼は、夏希の過去のSNS投稿や文化祭での発言を引用し、信徒たちに「夏希様への愛」を説いていた。

雀堂天音は、夏希の「姫の資質」と「集客力」を最大化するためのデータ分析と戦略立案を徹底していた。競合する生徒たちの動向を監視し、集客イベントの企画書を夏希に提示する。

「お姉様、競合の集客戦略を分析しました。白玉先輩はSNSでの拡散、愛園先輩はファンクラブの動員に注力しています。お姉様は、御園先輩の知名度と、十河先輩の予測不能な魅力を活用すべきです!」

彼のマネージャーとしての使命感は、夏希を「姫」として最高の結果に導くことへと向かっていた。

そんな中、十河飛雄は、歌劇の練習や集客活動においても、九九未履修ならではの破天荒なアイデアと純粋な応援で、夏希のプレッシャーを和らげていた。

「なっちゃん、歌劇って、みんなで歌って踊るんだろ? オレ、音痴だけど、なっちゃんの隣で一番デカい声出すからな!なっちゃんが主役でも、目立っても、すべっても──オレが隣でバカやってれば、会場の空気は軽くなるって思ってるから!」

その言葉は、“隣でいるだけで救われる存在”を、無自覚のまま提示してくる強さだった。

、わたあめタワーの時みたいに、校長先生の顔の旗作って、みんなで振ろうぜ!」

飛雄の無邪気な言葉に、夏希は思わず笑みがこぼれる。彼の「好き」は、夏希の「ツッコミ」を肯定し、彼の存在を丸ごと受け入れてくれる。それは、過熱する競争の中で、夏希を支える温かい光のように思えた。

御園絢人は、夏希の不安を見透かすように優しく寄り添っていた。彼は、自身の知名度やファン層を活用して夏希の舞台への集客を積極的にサポートすると約束した。

「夏希くん、心配いらないよ。君の『姫の資質』は、誰かに測られるものじゃない。でも、もし君がこの舞台で輝きたいと願うなら、僕が全力でサポートする。僕のファンにも声をかけて、会場を君の『好き』で満たしてあげるから。僕のファンが君を応援することに、嫉妬されたくないけど──君がこの舞台で笑うなら、それくらい、譲ってもいいと思えるよ。」

絢人の微笑みと言葉は、夏希の心に深く染み渡った。飛雄の無邪気な「好き」が夏希の心を軽くし、絢人の包み込むような「好き」が夏希の存在を肯定する。様々な「好き」の形が、夏希の周りに溢れている。

その夜、夏希は日記を開いた。

“姫の資質テスト。みんな、僕を『姫』にしようと必死だ。それぞれの『好き』の形が、ぶつかり合って、なんだか過激な争いになってる。でも、その中で、僕が本当に『好き』って思える『姫』の姿を、見つけられるのかな。この舞台で、僕だけの『好き』を踊らせたい。”


夏希の男子校での「モテ地獄」は、歌劇という新たな舞台で、さらに過激な様相を呈し始めていた。彼は、自分だけの「好き」を見つけ、自己肯定へと繋げていくため、この「姫の資質判定歌劇テスト」に挑む。

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