第11話「王の資質判定テスト、僕の試練」

「王になるか否か」を決める試験──そんな告知が、男子校の日常に静かな圧力を落とした。

学力、体力、そして精神性。三つの軸で誰かを“王”として選ぶ。 夏希は、また「誰かに定義される」予感に胸がざわついた。学力、体力、そして精神性。三つの軸で「王」としての資質が問われるという前代未聞の試験に、夏希の胸には不安と戸惑いが渦巻いていた。かつて女子校で「陰キャ」だった自分に、こんな大舞台が務まるのだろうか。

第一部:知力試験

「論理の間」

「制限時間内に、この数式を解け。ただし、解答は最も効率的な手順で導き出すこと」

試験官の声が響く中、夏希は目の前の複雑な数式を睨んだ。頭の中は真っ白になりかけるが、ふと、女子だった頃に得意だったパズルゲームの感覚が蘇り、答えを導いた瞬間、何かが繋がった気がした。

これは“男らしさ”でも“王らしさ”でもなくて──ただ僕らしい、ひらめき論理的な思考力は苦手だが、直感的なひらめきで、夏希は意外な解法を見つけ出す。

隣の席では、絢人がすでにペンを置いていた。その解答用紙には、完璧な手順が整然と記されている。東雲は、夏希のユニークな解答手順に一瞬眉をひそめたが、その正確さにわずかに目を細めた。一方、飛雄は「これ、全部バナナの数にすればいいんじゃね?」と呟き、試験官に頭を抱えさせていた。

「記述の塔」

「生徒会憲章の改正案を記述せよ。王としての統治構想を明確に示せ」

夏希はペンを握りしめた。「王としての統治構想」など、考えたこともない。しかし、男子校に来てから経験した「役割の押し付け」や、多様な個性を持つ仲間たちとの出会いを思い出す。夏希は、誰もが自分らしくいられるような、共感と自由を重んじる改正案を書き始めた。それは、秩序を重んじる東雲の正統派な提案とも、綾芽の芸術的な表現とも異なる、夏希ならではの視点だった。

「選択の迷宮」

「友情を取るか、正義を貫くか。君の価値観と判断力を示せ」

夏希は、目の前の設問に深く悩んだ。かつての自分なら、迷わず「正義」を選んだだろう。しかし、飛雄の無邪気な「好き」や、絢人の「隣にいたい」という言葉、そして結月が「夏希自身が見たい」と言ってくれたことを思い出す。夏希は、正義だけでは測れない、人間関係の温かさや複雑さを知った。彼は、どちらか一方を選ぶのではなく、両方を尊重しようとする、人間味のある選択肢を記述した。

第二部:体力試験

「疾走の庭」

100m走と反復横跳び。夏希は体力に自信がない。スタートラインに立つと、足が震える。しかし、観客席から飛雄が「なっちゃん、頑張れー! オレ、なっちゃんのツッコミ、もっと聞きたいからな!」と叫ぶ声が聞こえた。その無邪気な応援に、夏希はふっと笑みがこぼれる。そして、絢人の静かな視線を感じ、夏希は持ち前の負けん気で走り出した。結果は平凡だったが、最後まで諦めない姿は、周囲に確かな印象を残した。

飛雄は、100m走で驚異的なスピードを見せたが、反復横跳びではルールを無視して跳び回り、試験官を困惑させた。絢人は、全ての種目をスマートに、そして完璧なフォームでこなした。

「運搬の儀」

「模擬戦場に見立てた障害物コースを、仲間を背負いながら進め。誰を背負うか、君の選択が問われる」

夏希は、周囲を見渡した。東雲は生徒会役員を、綾芽は演劇部員を背負っている。白玉皇一と愛園星歌は、それぞれ自分を背負わせようとアピールしている。夏希は迷ったが、ふと、飛雄の顔が浮かんだ。彼はいつも夏希のツッコミを受け止め、夏希の心を軽くしてくれた。夏希は、ただ誰かに背負われたいわけじゃない。 飛雄なら──僕が“重くても、過去でも、今でも”って言っても、全部まとめて「いいじゃん」って言ってくれる気がした。


「飛雄、僕を背負ってくれる?」

夏希がそう言うと、飛雄は目を輝かせた。

「おう! なっちゃんなら、オレ、どこまでも背負ってやるぜ!」

飛雄は夏希を軽々と背負い、障害物コースを突き進む。夏希は飛雄の背中で、彼の無邪気な温かさを感じた。絢人は、夏希が飛雄を選んだことに一瞬寂しそうな表情を見せたが、すぐに完璧な笑顔に戻り、夏希と飛雄の姿を静かに見守っていた。

「対峙の檻」

「視線のみで相手を制することができるか、君の眼力が試される」

夏希は、対峙する相手の鋭い視線に、思わず目を逸らしそうになる。しかし、これまでの経験で培った「自分らしさ」を思い出し、真っ直ぐな視線を返した。それは、誰かの役割を演じる視線ではなく、夏希自身の「好き」を探す、揺るぎない視線だった。その視線は、相手を圧倒するものではないが、確かな存在感を放っていた。

第三部:精神性試験

「役割宣言」

「王、姫、秩序破壊者、傍観者……君は自らをどう定義し、その理由を述べよ」

夏希は、マイクの前に立った。かつて「王にも姫にもなりたくない」と宣言した自分。しかし、文化祭を経て、様々な「好き」の形に触れた今、彼の心境は変化していた。


「王にも姫にも“ならなくていい”って、ずっと思ってた。 でも、誰かが「夏希の存在が支えになる」って言ってくれるなら── 僕は、そういう人でありたい。役割って、誰かの希望に寄り添う形でもあると思うから。そして……王の資質も、姫の資質も、どちらも僕の中にあります。僕は、誰かに決められた役割ではなく、僕自身が『好き』だと感じられる場所で、僕らしく輝きたい。そして、僕が僕であることで、誰かを笑顔にできるなら、それが僕の『役割』です!」


夏希の言葉は、会場に静かに響き渡った。東雲は、夏希の言葉に深く頷いた。綾芽は、夏希の「美」と「意志」が融合した表現に、感嘆の息を漏らした。白玉皇一と愛園星歌は、夏希の新たな「役割」の定義に、自分たちのカリスマが揺らぐのを感じていた。

「感情翻訳演習」

「指定された台詞を、どの感情で発するか、即興で演じよ」

夏希に与えられた台詞は、シンプルな一言だった。「ありがとう」。夏希は、目を閉じた。飛雄がわたあめ機を直してくれた時の感謝、絢人が隣にいてくれることへの安堵、結月が名前を呼んでくれた時の喜び……様々な「好き」の感情が、夏希の心に去来する。夏希は、元女子としての繊細な感情表現と、男子としての力強さを融合させた、独特の「ありがとう」を演じた。その声は、会場の生徒たちの心に深く響き渡った。

「注視耐久」

「全校生徒の視線を浴びながら、どれほど自己肯定を保てるか測定する」

体育館のステージ中央に立つ夏希。全校生徒の視線が、一斉に彼に注がれる。過去の「陰キャ」だった自分が、この視線に耐えられただろうか。夏希は、震えそうになる足を必死に抑え込んだ。あの頃、“見られること”は怖かった。今も少しだけ、怖い。

でもその視線の中に、「好き」が含まれてるなら──

僕は、見られても、迷っても、それでもここに立てる。

その時、観客席から飛雄が、両手を大きく振って叫んだ。

「なっちゃん、最高だぜー! オレ、なっちゃんの全部、好きだぞー!」

そして、絢人が静かに、しかし確かな眼差しで夏希を見つめていた。その視線は、夏希の不安を包み込み、彼の存在を肯定してくれるようだった。

夏希は、彼らからの「好き」の視線を感じ、ゆっくりと息を吐いた。まだ、完全に自分自身を「好き」と言い切れるわけではない。しかし、彼らが自分を「好き」でいてくれるなら、この「見られる」という試練も、乗り越えられる気がした。

夏希は、ステージの上で、自分だけの「好き」を胸に、真っ直ぐに前を見据えた。彼の男子校での「モテ地獄」は、単なる試練ではなく、彼自身が「自分だけの物語の主人公」として、様々な「好き」の形の中で、自分自身の「好き」を見つけ、成長していく物語の始まりだった。

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