第9話「まさかの再会、ギャルからの逆ナン地獄」
文化祭の熱狂が冷め、日常が戻ってきた男子校。
夏希は、わたあめタワーの成功で得た小さな自信を胸に、少しだけ前向きな気持ちで日々を過ごしていた。飛雄との他愛ないやり取りや、絢人からの甘い視線に、心が揺れることもあったが、以前よりは自分自身を肯定できるようになっていた。
ある週末の午後、夏希は気分転換に一人で街へ出ていた。賑やかなショッピングストリートを歩いていると、ふと、聞き覚えのある甲高い笑い声が聞こえてきた。振り返ると、そこには見慣れた制服姿の女子高生たちがいた。かつて自分が通っていた女子校の、それも一番目立つ「陽キャギャルグループ」だ。
(うわ、マジか……! あの頃の僕だったら、絶対目を合わせないようにしてたのに……!)
夏希は思わず身を隠そうとしたが、時すでに遅し。グループの一人が、夏希の姿を捉えた。
「ねぇ、見てあれ! 超イケメンじゃない!? しかも、なんか可愛い系!」
「きゃー♡可愛い〜君ぃ♡ね〜♡、LINE教えて?うちらの学校にもこういう男子いればいいのに〜!」
ギャルたちは、夏希の見た目に目を輝かせ、一斉にこちらへ向かってくる。夏希はドギマギして、どう反応すればいいか分からない。かつての「陰キャ」だった自分なら、こんな状況はありえない。今の「可愛い系美男子」としての自分が、彼女たちの目にどう映っているのか、混乱する。
「ねぇねぇ、お兄さん! どこの学校? めっちゃタイプなんだけど!」
グループのリーダー格らしき女子が、夏希の目の前に立ち、馴れ馴れしく話しかけてきた。彼女の顔は、夏希が女子だった頃、遠巻きに見ていた憧れの存在そのものだった。まさか、そんな彼女たちに「逆ナン」される日が来るなんて、夢にも思わなかった。
「え、あ、あの……」
夏希はしどろもどろになる。彼女たちは、夏希が元女子であることなど知る由もない。ただ、目の前の「可愛い系美男子」に興味津々といった様子だ。
「連絡先教えてよ! 今度、一緒に遊ばない? カラオケとか、プリクラとか!」
ギャルたちは、夏希の腕を掴もうと手を伸ばしてくる。夏希は、その積極的なアプローチに、さらに戸惑いを深める。男子としてモテることは経験してきたが、女子からの、しかもかつての「陽キャ」からの逆ナンは、彼にとって全く新しい「モテ地獄」だった。
(僕、どうすればいいんだ……!? この子たち、僕が昔の『夏希』だって気づいたら、どんな顔するんだろう……)
夏希の頭の中は、過去の自分と現在の自分、そして目の前の女子たちの間で、完全にパニック状態に陥っていた。その時、背後から聞き慣れた声が聞こえた。
「夏希くん、こんなところで何してるんだい?」
振り返ると、そこには完璧な笑顔を浮かべた絢人が立っていた。彼の隣には、なぜかわたあめを頬張る飛雄もいる。二人は、夏希が女子高生たちに囲まれている光景を見て、それぞれ異なる表情を浮かべていた。
絢人は、夏希の隣に立つと、ギャルたちに優雅に微笑みかけた。
絢人の声は、あくまで穏やかだった。
けれど、夏希の肩に添えられた手は、確かに“君はここにいていい”と言っていた。
「彼は僕の大切な存在です。軽い言葉で触れられるのは、困りますね」とにっこり爽やか笑顔にウィンクを添えて……さすが読者モデル。絵になる……。
「え、何このイケメン!? しかも、彼氏!?」
ギャルたちは、絢人の登場にさらに興奮する。絢人は、夏希の肩にそっと手を回し、まるで恋人のように振る舞う。その行動に、夏希はまるで過去の“私”が物陰から引きずり出されるみたいで──夏希の胸がぎゅっと縮こまった。 今の自分が“男子”であることすら、問い直されてしまうような気がして。同時に、この状況から救い出されたような安堵も感じていた。
飛雄は、わたあめを口から離し、ギャルたちをじっと見つめた。
「なっちゃんって、見た目カッコよくなってるのに、心はちゃんと“なっちゃん”でしょ? それだけで最強だよ」
飛雄の突拍子もない発言に、ギャルたちは一瞬固まる。その隙に、絢人は夏希の手を引いて、その場を離れようとする。
「さあ、夏希くん。そろそろ帰ろうか。僕たちには、まだ『恋のカリキュラム』が残っているからね」
「オレまだ課題プリントも出してない〜!」
絢人と飛雄の言葉に、ギャルたちは呆然と立ち尽くす。
「え、何この人たち、最高なんだけど?」とギャル達は静かに呟き目は♡になっていた。
夏希は、絢人に手を引かれながら、飛雄の無邪気な言葉と、絢人の計算された行動に、複雑な感情を抱いていた。
(僕の『モテ地獄』は、男子校だけじゃなかったのか……。しかも、まさかギャルに逆ナンされるなんて……。でも、絢人くんと飛雄が来てくれて、少しだけ、ホッとしたのは、なんでだろう?)
過去に怯え、今に惑い、でも──隣にいるふたりの視線が、揺れ続ける“僕”を肯定してくれるなら。
>夏希はまた少し、自分を「好き」でいてもいいと思えた。
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