第7話 僕の『好き』が、文化祭で踊る

文化祭当日。校内は、生徒たちの熱気と喧騒に包まれていた。夏希と飛雄が手掛けた「校長先生わたあめタワー」は、その奇抜な姿で来場者の度肝を抜いていた。校長先生の顔の形をした巨大なわたあめが、甘い香りをあたりに漂わせている。


「なっちゃん、見て! みんな、すげーって言ってる!」


飛雄は、わたあめタワーの前で満面の笑みを浮かべていた。彼の顔には、九九ができない時の困惑とは違う、純粋な達成感が輝いている。生徒たちは、最初は戸惑いながらも、そのユニークさに惹きつけられ、次々とわたあめを手に取っていく。

夏希は、そんな飛雄の隣で、生徒たちの笑顔を見ていた。自分たちの企画が、こんなにも多くの人を笑顔にしている。その光景に、夏希の胸に温かいものが広がった。それは、誰かに「王」や「姫」と決めつけられるのとは違う、自分自身が「面白い」と感じ、それを形にした喜びだった。

会場を巡る生徒たちの間では、夏希の話題で持ちきりだった。

生徒会室では、東雲が文化祭の来場者数をチェックしながら、わずかに口元を緩めた。


「あの企画が、これほどの集客力を持つとは……。夏希、君はやはり、秩序を動かす力を持っている」


彼の秩序の概念は、夏希の予測不能な魅力によって、少しずつ拡張されつつあった。

演劇部のブースでは、綾芽が優雅に微笑んでいた。


「ふふ、夏希くんの舞台は、いつも予想外の展開を見せてくれるわね。あのわたあめタワー……まさに、美とカオスの融合よ」


彼の瞳は、夏希の新たな表現方法に、深い興味を抱いているようだった。

白玉皇一は、自分のブースの客足がわたあめタワーに奪われていることに焦りを感じていた。


「くっ、あのわたあめが、俺のカリスマを霞ませるだと!? 許さん!」


愛園星歌は、悔しそうに唇を噛みしめながらも、わたあめタワーの「映え」を冷静に分析していた。


「あの奇抜さ……わたくしの美学とは違うけれど、確かに目を引くわね。夏希くん、恐ろしい子……!」


鴉月透は、わたあめタワーの前で、恍惚とした表情でノートに書き込んでいた。


「校長先生の顔から生える甘美なる神性……これは、

第十四教義『甘露の顕現』として記録せねば……!」


彼の信仰は、夏希の創造性によって、さらに深淵な領域へと足を踏み入れていた。

雀堂天音は、夏希の幸福度データをリアルタイムで分析していた。


「お姉様の幸福度が、過去最高値を更新! 飛雄先輩との共同作業が、ポジティブな感情を増幅させています!」


彼のマネージャーとしての使命感は、夏希の幸福を追求することへと、より明確にシフトしていた。

そんな中、絢人が夏希の隣にそっと寄り添った。彼の完璧な笑顔は、文化祭の喧騒の中でも、一際輝いている。


「夏希くん、素晴らしいね。君が本当に楽しんでいるのが、僕にも伝わってくるよ」


絢人の手が、肩の輪郭を静かに確かめるように置かれた。触れたというより、そっと寄り添ってくるようで──夏希の胸が、やわらかく波打った。

絢人の「好き」は、夏希の喜びを共有し、彼の存在を深く肯定しようとする、静かで確かな愛情だった。


「君が、自分自身を『好き』になれる場所を見つけら

れて、僕も嬉しい。君の『好き』が、こうして形になるのを見ることができて、本当に幸せだ」


絢人の言葉は、夏希の心に深く染み渡った。飛雄の無邪気な「好き」が夏希の心を軽くし、絢人の包み込むような「好き」が夏希の存在を肯定する。様々な「好き」の形が、夏希の周りに溢れている。

夏希は、わたあめタワーを見上げ、そして、隣に立つ飛雄と絢人を見た。そして、自分の胸に手を当てた。僕はまだ、自分をまるごと好きだとは言えない。だけど今だけは──誰かの隣に立って、笑えてる僕を、少しだけ愛してもいい気がした。

(僕が、僕であること。それが、こんなにも誰かを笑顔にできるなら……)

文化祭の賑わいの中、夏希は、自分だけの「好き」を胸に、新たな一歩を踏み出した。この文化祭が終わったあとも、この「好き」が踊り続けてくれるなら──僕はもう、モテ地獄の主役じゃなくて、自分だけの物語の主人公でいられる気がした。

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