第6話 文化祭のわたあめより、甘い好きのかたち

文化祭当日が迫り、イベント運営委員の活動は佳境を迎えていた。夏希と飛雄が担当する「校長先生わたあめタワー」は、その奇抜さゆえに校内でも注目の的となっていた。


「なっちゃん、このわたあめ、もっとフワフワにしたいんだけど、どうすればいいかな?」


飛雄は、巨大なわたあめ機の前で首を傾げている。その顔には、九九ができない時と同じくらい真剣な表情が浮かんでいた。夏希は、飛雄の純粋な情熱に、いつの間にか引き込まれていた。


「えっと、砂糖の量と、熱の加減かな……。ちょっと待って、調べてみる」


夏希はスマホを取り出し、わたあめの作り方を検索し始める。飛雄の無茶なアイデアを、どうにか形にしようと奮闘する自分に、夏希は少し驚いていた。それは、誰かに言われたからではなく、自分自身が「面白い」と感じるからだった。

そんな二人の元に、絢人が差し入れを持って現れた。彼の完璧な笑顔は、準備で疲弊した委員たちの心を癒やす。


「夏希くん、飛雄くん、お疲れ様。これ、僕が作った


特製ドリンクだよ。疲労回復に効果があるんだ」

絢人は、そう言って夏希にドリンクを手渡す。その指先が触れるたび、夏希の心臓はドキリと跳ねた。絢人の「好き」は、常に夏希の心を揺さぶり、彼自身の感情に意識を向けさせる。


「夏希くん、君は本当に頑張り屋だね。でも、無理はしないで。君が輝いている姿を、僕は一番近くで見ていたいから」


絢人の言葉は、夏希の存在そのものを肯定する、甘く、そして少しだけ切ない響きを持っていた。夏希は、絢人の視線に、自分が「愛される存在」であることを強く意識させられる。

文化祭前日。わたあめタワーの最終調整中、思わぬトラブルが発生した。わたあめ機のモーターが故障してしまったのだ。会場は一瞬にしてパニックに陥る。


「どうしよう、飛雄! このままだと、わたあめタワーが完成しない!」


夏希が焦る中、飛雄は意外な行動に出た。彼は、どこからか持ってきた工具箱を広げ、わたあめ機を覗き込

み始めたのだ。


「大丈夫! オレ、こういうの、直感でわかるんだ!」


飛雄は、九九はできないが、なぜか機械いじりは得意だった。彼の指先が、複雑な配線を迷いなく辿っていく。その姿は、普段の破天荒な飛雄とは全く違う、真剣な職人のようだった。

そこに、東雲が生徒会役員を引き連れて現れた。


「何事だ? 秩序が乱れているぞ」


彼の隣には、雀堂天音がタブレットを構えている。


「お姉様のストレスレベルが急上昇! 緊急事態です!」


綾芽は、優雅に扇子を広げた。


「あらあら、ハプニングは舞台の華ね。夏希くん、どうするのかしら?」


白玉皇一と愛園星歌は、この状況を自分たちの「見せ場」に変えようと、それぞれポーズを取り始めた。


「俺が直してやる! これも王の務めだ!」

「わたくしの美しさで、機械も動くはずよ!」


鴉月透は、この「危機」を新たな教義として記録しよ

うと、必死にペンを走らせていた。


「神性への試練……これは、第十三教義の再演か……!」


飛雄の奮闘の甲斐あって、わたあめ機は奇跡的に動き

出した。夏希は、安堵の息を漏らす。


「飛雄……ありがとう!」


飛雄は、わたあめ機の油で汚れた手で、夏希の頬をポンと叩いた。


「なっちゃんが笑ってくれるなら……オレ、頑張る理由なんて、もうそれだけでいいんだよ。」


その言葉に、夏希の心に温かいものが広がった。飛雄の「好き」は、夏希の「ツッコミ」を肯定し、彼の存在を丸ごと受け入れてくれる。それは、夏希が自分自身に「好き」をあげるための、確かな一歩のように思えた。

その時、絢人が夏希の隣にそっと寄り添った。

「夏希くん。君は、本当に素晴らしいね。どんな状況でも、周りを巻き込んで、輝くことができる」

絢人の指がそっと割れ物に触れるかのように夏希のそっと手の甲をなぞり、それから指先から根元まで……静かに絡んだ。


「君の心が揺れると、僕まで揺れる。だからその『好き』がまだ例え小さくても……僕の手で包み込めるくらいなら、いっそこの手で抱えてみたい」


夏希は、飛雄の温かい手の感触と、絢人の優しい言葉に包まれながら、文化祭の準備が整った会場を見渡した。様々な「好き」の形が、夏希の周りに溢れている。そして、その中心で、夏希は少しだけ、自分自身を「好き」になり始めているのを感じていた。


(僕の『好き』は、まだ小さいけれど……きっと、この文化祭で見つけられるはずだ)


文化祭当日、夏希は、自分だけの「好き」を胸に、新たなステージへと向かう。

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