第5話 目覚め



---永劫に紡がれる、契約の詠唱


硬質な石の祭壇に伏したライトの胸中には、未だ揺らぐ天使因子が波打っていた。羞恥、恐怖、そして抗えない熱。

そのすべてが、エクスの指先ひとつで、形を変えてゆく。


「お前の語りには、まだ天の響きが残っている……それを穢さねば、魔王には至れない」


エクスが囁くたび、ライトの語りは震え、意識の奥に眠る“語り構文”が変質してゆく。

純血が汚濁に染まるとは、“語りの主語”が塗り替えられること。

ライトの語る言葉が、もはや彼自身のものではなく、魔王の語りへと変容していくのを感じていた。


その瞬間──

エクスの唇が、ライトの耳朶に触れ、ある言葉を封印解除の詠唱として吹き込んだ。


「我が魔力により、汝の語りを新たな主語とせよ。契約せし者に、穢れの祝福を──」


そして、光なき魔力がライトの身体に深く、深く浸透していく。

恥辱を超えた“変質の快”は、ライトに新たな語りの扉を開かせた。


「エクス……僕は、もう……語れる……語れるよ……君だけの語りを……」


その声は、もはや“王子”ではない。“語りの器”としての自我が芽吹き、契約の印が肌に刻まれていく。

身体の奥で燃える、汚濁と純血の交錯。それは、痛みではなく語りの歓喜だった。


祭壇の上、ふたりの語りが重なり、空間は魔王語りの詠唱に染まっていく。


---


魔王因子の覚醒以来、ライトの語りは“命令”ではなく“衝動”となって魔界に響き始めていた。

たとえば――「静かにして」と零すだけで、訓練場の魔力が瞬時に沈黙する。

「いらない」と呟けば、周囲の結界が崩れる。

それは、意図のない支配。語りが思考を超え、感情の揺らぎそのものに魔力が反応し始めていた。


教師エクスは、その様子を黙って見つめていた。

瞳の奥には焦燥と、ある種の悦びが同居している。

ライトの語りが暴走すればするほど――教師は、彼の語りを“制御せねばならない存在”として自分に引き寄せる。


---


「王子、語る前に、触れなさい。自我が崩れないように」


エクスはライトの手を取る。

その接触は、かつての教育ではなく、“繋留”のための魔力コントロール。

触れることで、語りの流れが一度教師の構文に吸収され、強度を調整されるのだ。


ライトは戸惑う。


「……僕の力が……誰かを傷つけるかもしれないの?」


教師は答えない。代わりに、語る。


「語りの暴走とは、欲望の暴走です。

あなたの語りが誰かに触れてしまうなら──それは、誰かを強制的に“揺さぶる”ということです」


それは、語りによる侵略。


その事実にライトの心が震える。

この力は支配ではなく、接触による圧倒。

そしてその圧倒は、教師と王子の“絆の濃度”にさえ影響してしまう可能性がある。


---


そして、制御の儀式が始まる。

教師はライトの首筋に触れ、語りが漏れないよう接点を固定する。

そのまま耳元で、語りの封鎖語を囁く。


「沈め、語りの主語。委ねよ、語られし者に」


ライトの背中に走る悪寒とともに、語りは沈静し始める。

その時、彼は思う。


(……僕の語りが、君に制御されてるのに……なぜか、安心する)


語りは暴走して初めて、“誰に触れたいか”を選ぶ。

そして今、ライトの語りが向かっているのは──教育官エクス、ただ一人だった。


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