第8話 技術チートは偽金作り
1568年6月
自分の名前がわかり一年がたった。
俺の名は
所領の石高は七千石。治めている地域は福岡と佐賀の県境にある
ここは筑前、筑後、肥前の三方が交わる交通の要所だ、と説明すれば聞こえはいいが実態は違う。
確かに他国にとって重要なのは確かだ。だが治めている国衆の立場からすると、常に三方から狙われるということでもある。
つまり戦になりやすい、治めにくい土地だった。
『大国の通り道』と例えると悲壮感が伝わるだろうか。
あるいは上杉と北条、織田徳川豊臣に従属先を変えていった真田家と似ていると言えばわかりやすいかもしれない。
あっちが強くなれば今の主人を裏切り、こっちが強くなればまた裏切り、常に強者の顔色を
亡くなった父の
大国の緩衝地域で独立を維持するのは困難を極める。真田家のように元の所領を江戸時代まで維持した国衆は稀有な例だ。
自分に同じことができるとは思えなかった。
史実の筑紫氏は九州三国志と呼ばれる大きな三国、大友、龍造寺、島津から狙われて最後は所領を失っている。
生きるため真田の様な立ち回りができないならば選択肢は一つしか残っていなかった。
強くなる。
自分だけじゃない、今は大友に従属する事になったから大友にも強くなってくれないと困る。従属先より強者が現れるから裏切らざるを得ないのだ。
幸い1568年の段階では大友の力が一つ抜けていた。大友が百五十万石、島津が九十万石、龍造寺二十万石。
そんなところだ。
何もしなければ大友は十年後に島津に大負けして衰退するが、幸い時間はあるのだ。それまでに信頼を勝ちとって島津とは戦わないとか、慎重に戦をするとか、そう言えるだけの発言権を得られればいいのだ。
あるいは島津に負けないくらい強くなって支えるのもいいかもしれない。両方かな。
時間もあるし片方が上手くいかない場合も考えて両方目指すべきだろう。
ダメでも死ぬだけだ。
一度死んでから死ぬことへの抵抗が薄くなった気がする。
死んでもいいかくらいの気持ちだから他人の死も平気なのだろうか。戦で人が死んでも対して気にならなかった。
生前より死が身近になった印象だ。
だがこんな世界だからそのくらいの気持ちで良いのだと今は気楽に構えている。
侍だしな。
半年ほど前に元服して正式に
本当に幸いだった。
なにしろ俺にとって永禄11年の世界は非常識だらけで、知らずに変な行動をすることも多く家来は不安だったと思う。そんな時に大物が後ろ盾になってくれるということで少しは安心できたんじゃないかな。
特に父母の葬儀は喪主であるにも関わらず右往左往してしまった。墓石ってこの時代はないのな。変な事を言って家臣からの信用をだいぶ落としたに違いない。
その時の白い目を思い出すと年甲斐もなく
その変な行動の一つになるのだが、当主になって最初にやったことは偽銭作りだった。
偽銭は永禄の時代に日本のあちこちで散見されていて色々な場所で作られていた。
特別な事ではないと説明して島が賛成に回ってくれて、何とか製造を進めることができた。
島に感謝だな。
偽銭作りに取り掛かったのは祝言前に悪銭が送られてきて材料に困らなかったことと、俺が現代でいくつもの銭作りを再現したことがあったからだ。
作るに当たっての難問は型作りだ。
質の悪い偽銭で良ければ綺麗なコインを選んで固めた砂に足で押し付けて作れる。
簡単だから学生にやらせたこともある。
だがこの作り方だと文字がにじんでいたり、大きさが小さくなって直ぐに偽銭とバレてしまう。
戦国の世に出回っている偽銭はほとんどこれで、状態によって良銭の五から十分の一の価値で取引されていた。
現代では信じられないかもしれないが、価値が落ちるものの偽銭は公然と使われていたのだ。
これは良銭が少なすぎて偽銭でも受け入れざるを得ないほど、市場が銭を必要としていたということを示している。
銭を社会が必要としていて咎める政府もいないのだから偽金を作るリスクはほぼゼロなのだ。『安全で確実な投資』として俺は偽金作りに手を出した。
まさか投資詐欺みたいな
俺は江戸時代の銭作りを基本に、堅めの粘土を繋ぎ剤として砂をブレンドし、ネジ機構で種銭を押し付けることで良銭と変わらない銭を作ることができた。
それと偽銭を作り始めて思い出したが、永禄の日本はネジが手作りだ。
もう一度言う。ネジは火縄銃と共に伝来されたのに、なんと日本にある何百万ものネジは全て手作りなのである。
ネジをやすりで削って作るような真似はしたくなかったので最初にねじ切り盤を作った。
耐久性が悪いので直ぐに壊れてしまったが手作りより遥かにマシだ。
雌ネジ用にタップも作った。
これは地味に好評だったので最終的に数万個ものネジを作って売ることができた。
最初はとにかく金がなかったので良い臨時収入だった。
こういうことをしていたから家臣からの俺の評判は最悪だったようだ。
だけど仕方がない。
人間誰しも出来ることをするしかないのだから。
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