第4話 利用者・家族の不満
新型コロナウイルス対応が始まってから、利用者の「当たり前だった日常生活」は崩壊していた。
終日、居室での隔離を余儀なくされた利用者のストレスは、すぐに限界を迎えた。
「いつになったら外に出してもらえるの?」
「これじゃ監禁と一緒!」
「いつまで風呂に入れんつもり?アンタらは入れるでええかもしれんけど!」
「家族にも会わせてもらえんのか!」
自由に居室から出られない。
顔なじみの利用者同士の交流も許されない。
入浴も清拭対応のみで、湯に浸かることはできない日々。
家族との面会も全面的に中止。
TVのニュースを観て「仕方がないね」と話していた利用者でさえも、認知症の有無に関係なく、ストレスの限界に達していた。
携帯電話を所持している利用者は、直接家族と電話で話す事ができたが、携帯電話を所持していない利用者には、その手段すら無かった。
それは、家族側にとっても同じだった。
介護施設側も、外部への情報発信の必要性は感じていたが、日々の業務で手一杯となり、そこまで手が回らなかった。
通常であれば、洗濯物の入れ替えは家族にお願いしていた。
しかし、面会中止をしている事もあり、それさえもできなくなっていた。
家族が来所すると、事務所から現場へ内線が入り、職員が洗濯物を回収し事務所へ届ける。
この対応を、その都度繰り返していた。
しかし、来所時間は家族によって異なり、職員は介助を終えた後、ガウンを脱いでからPHSに応答し、再びガウンを着て回収に向かい、また脱衣して洗濯物を届けるという動作を繰り返すこともあった。
お待たせする時間が長引くにつれ、人手不足の影響で、リアルタイムでの対応は難しくなっていった。
職員も、家族との接触は最小限にとどめるため、挨拶程度のやり取りしかできない。家族は「自分の親や兄弟が無事なのか」と不安に思うのは当然だった。
そんな中、家族からは怒りの声をぶつけられる事も少なくなった。
「遅い!うちの者はどうなっているんだ?」
「家族なのに会えないってどういう事ですか!」
「感染している人はまだここにいるんですか?病院へ移したりしないんですか?」
また、利用者が携帯電話で「ご飯がまだ出てこない」と家族に伝えると、心配した家族が施設へ問い合わせる。
事務所でその電話を受け、現場のPHSに内線が入る。
しかし、少人数で対応している現場では、その内線対応すら貴重な時間のロスとなってしまう。
感染症対策の中では、食事の配膳1つを取っても、通常よりもはるかに時間がかかっていた。
施設の内部は「ブラックボックス化」し、家族が正しく状況を知ることはできない。
家族が今どうなっているのか、どんな生活を送っているのか、その不安は理解できていた。
しかし、メディアも連日「自粛」や「感染拡大」の報道ばかりで、施設からの情報発信に対して躊躇いがあった。
そして、感染拡大は止まる事なく、次々と新たな感染者が増えていった。
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