夏の暁、読了
一寿 三彩
夏の暁、読了
私が中学生の頃、初めて没頭して読んだ本がありました。二宮敦人さんの『暗黒学校』です。
夏休みの中盤、暇を持て余した私におばあちゃんが買ってくれた本でした。
その頃はまだ、あまり本を読んでおらず、それこそ読書感想文のために読む、義務読書と当時呼んでいたのですけれど、それくらいでしたし……。
上下巻のあるその本に多少なりともハードルを感じましたが、あらすじを読んでワクワクした記憶があります。これは読めそうだな、と確信めいたものがありました。
私が初めて夢中になって読んだジャンルはホラーでした。これがきっかけで、その後しばらくはホラー小説ばかりを読むことになるのですが、この時はそんなこと知りもしなかったでしょうね。
それはさておき、物語は主人公が学校のトイレで目を覚ますところから始まります。そして何故か校舎全体が岩壁で覆われているらしいのです。
どうやって脱出するか、私はハラハラしながら読み進めました。昼から読み始めたのに、もう日が暮れて手元が暗くなっていました。夢中になると時間を忘れてしまうんですね。
日が落ちて手元が暗くなってきたことで時間の流れにハッとしたのも初めてで、変な感じがしました。
それに妙に暑かったのは、冷房のタイマーが切れていたせいでしたから、これは場合によっては、私は簡単に命を落としかねないぞと思います。
この、夢中になったら世界をシャットアウトしてしまう現象は未だに健在ですから、たとえ世界が終わってしまっていても、私は一生懸命に本を読み続けている可能性も否定できません。
話が逸れましたが、しばらくして階下からご飯が出来たと声がかかったので、後ろ髪を引かれながらもさっさと夕食を済まし、お風呂も素早く入りました。
中学生になって一人部屋をもらった私でしたが、とは言えなんだかひとりでいるのは寂しかったので、いつも寝るギリギリまでリビングで過ごしていました。
しかしその日は「おやすみー」と一言かけて、自室へと篭もりました。母親も「え、もう寝るの?」と不思議そうでしたし、私も何故か本の続き読みたいんだよねと正直に言わずに「あー、うん。まあね」といった風に濁したように記憶しています。
あの年頃というのは、そういうものなんでしょうね。当の本人の私も、今となってはどういう意図で濁したのかなんて分からないですが、本に夢中になっている自分というのが、少し恥ずかしかったのかな、と思ったりします。
いや、というか、説明するよりもはやく部屋に戻って続きを読みたい気持ちの方が大きかったのかもしれないですね。私のことですから。そんな気がします。
そうして私は本に飛びつくように続きを読むのですが、もし夜遅くまで起きていることがバレてしまっては、絶対に怒られてしまうので、ベッドの脇にある手元の灯りだけをたよりに、読むことにしました。
かなり長時間、同じ姿勢を続けていたのでお尻が痛くなったり腰が痛くなったりしていましたが、そこは若さで乗り切っていました。何よりページをめくる手が止まらないので。
あれは何時くらいだったのでしょうか、世界に没頭していた私が帰ってきた、つまり読み終わったのは、辺りがぼんやり明るくなってきた頃合いでしたから、朝の4時か、それくらいだったのでしょう。
不思議な気持ちでした。
というのも、夏の朝は、からっとしていて清々しいですけれど、どこか非現実な感じがするんです。青すぎる空とか、絵みたいな雲とか。現実味がないんですよね。
それにこちらも読み終わった達成感と、別の人の人生を追体験し終えて、こっちの世界に引き戻されたような感覚だったので……そういうのが重なって、ちょっと変な感じでした。
すごく言葉で説明しにくいんですけれども、当時の私の言葉で言うならば、「本って、すげー!」です。
ともかく、私の暑い熱い読書体験の始まりはここから始まったと言っても過言では無いのです。本が苦手で読めない、といった方が多いですが、私は言いたい。
本はファーストタッチが重要なのだと。好みは人それぞれですから、自分の好きなジャンルや物語、若しくは文体と出会えることさえ出来れば、きっと、もっと多くの人が本を好きになると、そう思うのです。
ですから、私はファーストタッチが良かったんだと思います。だって、今の歳までずっと色んな本を読み続けているわけですから。本の中でたくさん人の人生に触れることが、私の生き甲斐ですね。
読めとは言いませんが、読むとビックバンが起こるかもしれませんよ、とは言ってもいいんじゃないでしょうか。
夏の暁、読了 一寿 三彩 @ichijyu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます