30、みんなで守る、「しらさぎのまち」・下
砂ぼこりの向こうに、黒い影がわらわらとすがたを現しはじめた。壁の上からでも、十体の「群れ」に圧を感じる。わたしとセトカは、ただ息を飲んでその光景を見つめることしかできない。
わたしたちのとなりでは、アマナが手にした記録用の端末に、冷静な指つきで今のようすを打ち込んでいた。今日の彼女の役割は、恐竜もどきを追い払うまでのすべてを記録すること。新しいやっつけかたが、未来の「しらさぎのまち」を守るための、大切な資料になるからだ。
わたしとセトカは、本当は家でおとなしくしていなくちゃいけなかった。わたしたちはまちを守りたい気持ちは強いけれど、恐竜もどきと直接戦えるわけじゃない。門の近くにいたら危ないし、ナツメくんたちのじゃまになってしまうかもしれないからだ。今ここにいられるのは、ベルおじさんのおかげ。
ナツメくんがまちに来てすぐのころ、彼の後を追ってきたわたしを止めたことを、ベルおじさんはずっと気にしていてくれたらしい。反対していた大人たち――とくにわたしのお父さんとお母さん――を説得してくれて、なんとか壁の上に来る許可をもらえたんだ。
「……ミカン」
不意に、アマナがわたしに声をかけてくる。視線は外の恐竜もどきと、端末の間を行き来している状態だ。それでもいま、言いたいことがあったんだろう。わたしは顔を彼女の方へと向けた。
「あのとき……ミカンが『ナツメに勉強してもらうために、「守り手」の仕事を減らしてほしい』って伯父さ、いや校長先生に言わなければ、ここまでまちのみんなが動くことはなかっただろうね。ありがとう」
淡々と告げられた感謝のことばに、わたしは慌てて首を横に振った。
「ううん、わたしひとりじゃ何もできなかったよ。ナツメくんのことが知りたくて、知ったあとはなんとかしたくて、でもいい案なんて思いつかなかった。ナツメくんを守ることは、まちを守ることにつながるっていうふうに考えて動いてくれたアマナと、いつもわたしの言葉を受け入れてくれて、いい案をいっぱい出してくれたセトカのおかげだよ」
「かもね。でもウチは、今回のことでいちばんがんばったのは、ミカンだと思ってる。その成果が、きっとこれから出るよ」
アマナがつぶやいた、その時。砂地の向こうから近づいてくる恐竜もどきの群れに向かって、二台の改造されたフレトロが、ゆっくりと、しかし力強く動き出した。
「……始まった」
アマナの声が、緊張にふるえる。
二台のフレトロは、群れの側面へと回り込むように進む。そして、あるていどの距離を保ったまま、備え付けられた小さな窓から、いろいろな大きさの矢が雨のように放たれた。
「ねえ、銃は使わないんだ?」
セトカが、小さな声で疑問を口にする。
「普通の弾丸は、あいつらの硬い皮膚に弾かれるらしい。そもそも、ある時代よりも後に作られた人間の兵器だと、弾丸は対策されていて、効果がないみたいだな。それよりは、動物の骨で作った矢を、いろいろな人の手で射るほうが「恐竜もどき」は予測ができない。だから古い戦い方がいちばん効果的なんだと、ナツメが言っていた」
アマナが、記録用の端末から目を離さずに答える。彼女の言葉を証明するように、ゴーグル越しに見える景色の中では、放たれた矢が次々と恐竜もどきの体に突き刺さり、彼らの動きを鈍らせていくのがわかった。先頭を走っていた数体がバランスを崩して倒れると、後続の個体もつられるようにしてつまづき、勢いが明らかに衰えていく。
「矢じりには毒が含まれているんだ。ザクロさんが絵を描くのに使っている顔料に含まれている毒は、恐竜もどきの足を遅くする。ザクロさんはそれを知っていて、わざわざその顔料を取り寄せて使っていたみたいだ。おかげで、今回の準備が間に合った」
ベルおじさんの言葉を聞いている間にも、矢は群れの中に突き刺さっていく。やがて、二台の改造フレトロが動きを止めたとき、恐竜もどきたちの動きもまた、完全に止まっていた。その瞬間を、「彼」が見逃すはずもない。
車の扉が開き、身体にぴったりとくっつく服に身を包んだナツメくんが、風のように飛び出していく。その手には、いつも彼が使う、きらりと光る小刀が握られていた。彼は、動きの止まった恐竜もどきたちの間を駆け抜け、一匹、また一匹と、その首元に正確な一撃を加えていく。もともと弱っていた巨大な身体が、次々と砂地へと崩れ落ち、ぴくりとも動かなくなった。
「弱っていても、動く可能性はゼロじゃないんだよね。今はまだ、そういうことも考えながら恐竜もどきにとどめをさせるのはナツメくんだけだけど……もっと多くの人ができるようになれば、ナツメくんを楽にさせてあげられるよね」
わたしのつぶやきに、アマナが頷く。
「それが、わたしたちの次の目標だな。今回倒した恐竜もどきは、安全が確保された場所で、資料館の人たちが研究してくれることになってる。あいつらの弱点がもっと詳しくわかれば、きっと、個々人の力に頼らなくても倒せる方法が見つかるはずだ」
「そうだよ」
セトカがわたしの手をぎゅっと握る。
「ナツメくん『だけ』に戦ってもらうのは、ミカンのいうとおりおかしいと思う。でも、だからといってほかの誰かに戦ってもらうっていうのも、違うんじゃないかな。私はしらさぎのまちのみんなが戦わないで済む方法を考えたい」
「うん。わたしもそう思う」
わたしは、セトカのあたたかい右手を握り返した。
はじめは、ナツメくんがわたしたちと同じように、「しらさぎのまち」のクラスの仲間として生活できるようになってほしい。そんな思いだけだった。でも、ナツメくんを知ることをきっかけに、わたしたちはかわった。おかげで、結果的にナツメくんをとりまく環境を変えることができたんだと思う。
セトカといっしょに門の近くに視線を向ける。ナツメくんが走り回ったことでできた金色の砂煙。それが晴れた先には、すべての恐竜もどきを倒し終え、フレトロの元へと戻っていくナツメくんの姿があった。フレトロから出てきたバンペイさんが、彼の背中を力強く叩いている。別の大人は、彼の小さな手をにぎって頭を下げている。にぎやかな輪の中心で、ナツメくんはいつものぶっきらぼうなふりをして顔をそらしていたけれど、でも、朱色の目は確かに笑っていた。
わたしたちの「しらさぎのまち」は、「守り手」であるナツメくんの力で守られた。ううん、今はもうそれだけじゃない。わたしたちが、みんなで協力して、まちを守ったんだ。そういう意味では、今回まちを守るのに関わった人たちは、みんな「守り手」といえるのかもしれない。
「しらさぎのまち」は、壁の中に囲まれた、ちいさなまち。このまちをわたしたちの手で守りながら、楽しく生きていく。そこにはもちろん、ナツメくんもふくまれる。いつか、ナツメくんの負担がもっと減って、壁の外への心配ごとがもっと少なくなって、楽しく遊べる日が来ますように。そう願いながら、わたしはそっと、ゴーグルを外した。
<完>
しらさぎのまちの守り手 水涸 木犀 @yuno_05
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