5 御巣鷹山
数日後 ― 長野県立図書館・郷土資料室
雨の音が、静かな部屋の窓を叩いていた。
遠藤は机に積まれた文献の束に、疲れた目を落としながらページをめくっていた。
『信州姥捨伝説考』、『冠着山口伝録』、『田毎の月異聞集』……どれも曖昧で、詩や口伝が混ざった資料ばかり。
だが、ぼろぼろのページを繰るうち、ある記述に目が止まった。
「この地に伝わる姥捨の起源、実は更に東、上州(現・群馬県)の“御巣鷹山”にあるという記録あり」
(……御巣鷹山? 群馬の……)
さらに読み進める。
「“御巣鷹”は、神代の“捨場”とされし地なり。そこにて老を葬りし風、人を“かたち”に変えし儀と云ふ」
「形なきモノの、かたちを得しは、老の肉より。首は神に捧げ、四肢を喪いし者は地に還される」
「その“顔”に名を与えられた者、二度と戻らず」
遠藤は背中にぞっとした汗を感じた。
これは――伝説ではない。何かが実在した痕跡だ。
そのとき、遠藤のスマホが震えた。
「遠藤さん……また出ました。昨夜、棚田で……」
「どこだ」
「“抱き岩”の裏手、森の中です。……でも、今回のは……ちょっと……」
「……ちょっと、なんだ?」
無線の向こうで、若い警官の吐きそうな息が聞こえた。
「……“頭がない”んです。胴体も、首から下は木に縛られてて、皮膚が……剥がれて、干からびたみたいに」
遠藤はその場で本を閉じた。
「顔は?」
「……ないです。というか、そこに……**木で彫られた顔の“仮面”**が被せてあって、釘で固定されてるんです。……目も口もないのに」
遠藤は即座に、群馬行きを決意した。
数日後 ― 群馬県・旧御巣鷹山村跡
かつての御巣鷹集落――1985年の大事故以後、廃村となったエリアの奥に、わずかに残る神社の跡地があった。
参道は苔に覆われ、鳥居は崩れ、周囲には木の墓標のようなものがいくつも立っている。
遠藤は、現地の案内役としてついてきた地元の民俗学者・秋庭とともに、その奥へ進んでいた。
「ここです。伝承では、この神域を“最初の捨場”と呼びます」
「……何があったんです?」
秋庭は、ポケットから古地図とノートを取り出した。
「この地では、“老い”を病と見なし、神への供物とする信仰がありました。
棄てるのではなく、“祀る”。つまり――“解体”するんです」
「解体……?」
秋庭は低く答えた。
「人を、“原型”に戻すという思想です。頭は神へ、手足は土へ、胴は“器”へ。
かつてこの地では、“顔のない木偶”に肉を写し、儀式を行ったとされます」
「“顔のない達磨”……」
遠藤の背筋に、またしても冷たいものが走る。
彼は、倒れかけた祠の前に立った。
その奥に、朽ちた祠石の表面に、奇妙な紋様が彫られているのを見つけた。
「目」「口」「名」――三つの文字が、古代風の表音で並んでいる。
「名を与えし者は、“呼び手”となり、
名を奪われし者は、“かたち”となる」
(……呼び手……佐藤葵……)
遠藤の脳裏に、白いワンピースの背中が焼きついたようによみがえった。
そのとき、秋庭が祠の裏から何かを見つけた。
「……これ、見てください」
そこには朽ちた木片が重なり、一本の“人型”が埋もれていた。
木製の仮面が割れ、内部から黒ずんだ皮膚と、歪んだ人の顔がのぞいている。
「動いた?」
「……生きたまま、閉じ込めたのか……?」
遠藤はその“仮面の中”の顔に、見覚えがあった。
目はない。口もない。
でも――鼻筋と輪郭が、明らかに佐藤葵のそれだった。
「……なぜ此処に、まさか、“まだ生きてる”のか?」
「“かたち”になれば、命は要らないんです。
ただ、“祀られるだけ”……永遠に、ね」
そのとき、遠くの森から、不自然な音が響いた。
カコン……カコン……カコン……
規則正しい、何かを“落とす”ような音。
「……“達磨落とし”……」
遠藤は銃を抜き、音のする方へ足を踏み出した。
しかしその瞬間、足元の落ち葉の中から――白い“手”が伸び、彼の足首をつかんだ。
「――ああああッッ!」
見下ろすと、半ば土に埋もれた達磨の顔が、無数にこちらを見上げていた。
どれも“顔のない”仮面をかぶり、その仮面の内側から、“肉”が盛り上がっていた。
そこには仮面の割れ目から、耳のない頭蓋、歯だけの口、穴のあいた目があった。
葵が秋庭と望緯。緊迫感がある様子で全て関連させて続きをお願いします。
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