4 達磨
翌朝――
遠藤が羽尾の村外れに向かおうとした矢先、無線が鳴った。
「こちら駐在所。山の北側、“鳥居平コース”で……新たに遺留品が見つかりました」
「……遺留品? 何が?」
「登山客のものと見られるリュックと……足と、腕です」
遠藤は一瞬、息を呑んだ。
「また“足と腕だけ”か……」
現場に急行すると、昨年の行方不明者・山本誠司(27)のものと思われる登山靴と、腐敗の進んだ手足の一部が、沢の近くに並べられていた。
他の部位は、やはり、どこにも見つからなかった。
「まるで……達磨みたいにされたみたいですね」
若い刑事・佐々木がぽつりと漏らす。
その言葉に、遠藤は立ち止まった。
「……今なんて言った?」
「いや、その……ほら、手足だけ取れてるって、なんか“だるま落とし”みたいで、気味が悪いなって」
その言葉が、遠藤の中でひっかかった。
(“達磨落とし”……まさか)
その日の午後。
遠藤は再び羽尾の古老を訪ね、葬儀の場にいた村人数名と話をした。
「……“達磨落とし”って、この村に昔からある風習ですか?」
村人たちは一瞬、顔を見合わせ、沈黙した。
やがて、小柄な老婆がぽつりと口を開いた。
「……あんた、本当に知りたいのかね?」
「教えてください。何でもいい」
老婆は、遠くを見つめるように語り出した。
「達磨落とし」――羽尾の古来の風習
それは、かつてこの地に伝わっていた、“山の祟り”を鎮めるための儀式だったという。
老いた者や病人を山に棄てる“姥捨て”の風習と密接に関わっていた。
ただしこの村では、山に棄てる代わりに、“達磨”を作って祀るという形式に変わっていた。
“達磨”と呼ばれる木製の人形には、棄てる者の魂を写し取ると信じられていた。
祀った後、神官が「足、腕、胴、頭」と順に木槌で叩き落とし、“現世とのつながりを絶つ”という儀式が行われた。
「胴体は池に沈める」
「文献では、古い時代に生け贄とした風習もあったらしい」
「帰れないようにする?」
「……つまり、手足を落として、帰れないようにするんです。魂が、戻ってこないように」
「そんなもの……いつの時代の話ですか?」
「明治のはじめまで、記録が残ってる。でもね、戦後までは……内々に、似たようなことをしてたって話もある」
「“似たようなこと”?」
「本物の人間じゃないよ、たぶん……でも、“代わり”にされた者も、いたらしい」
遠藤は口をつぐんだ。
佐藤葵の、そして山本誠司の遺体の“かたち”が、頭の中で重なった。
(足と腕がない――つまり、“帰れないように”された?)
(あの“呼び手”は、ただ呼ぶだけじゃない……“儀式の再現”をしてる?)
「それと……」
老婆が言葉を継いだ。
「この村の“達磨”には、ひとつ特徴があったんだよ」
「……特徴?」
「顔が、描かれていないのさ。目も、口も、何もない。空白のまま」
遠藤は寒気を覚えた。
「……なぜ?」
「“誰でもよくなるように”……だって。
その方が、“入れ替わり”がききやすいから、って言ってた人がいたよ」
「入れ替わり……?」
老婆はもう、それ以上は答えなかった。
その夜。
遠藤は宿に戻り、佐藤葵の写真が保存されたカメラをもう一度確認した。
ふと、撮影データのひとつに奇妙な違和感があった。
連写された棚田の風景の中――ある一枚だけ、角度が不自然だった。
まるで、カメラが“地面から上を見ている”ような、位置。
画面の端には、泥まみれの白いワンピースの裾と、斜めに伸びた女性の“腕”が見えていた。
しかし、それは彼女の“身体”ではなかった。
まるで、誰かが彼女の“姿”を模して作った木偶のように、動きが硬く、不自然だった。
遠藤は画面を拡大しながら、ふと、誰かのささやき声を聞いた気がした。
「――これで、“帰れない”ね」
遠藤は、ぞっとして顔を上げた。
その瞬間、宿の鏡の中――自分の背後に、真っ白な、顔のない影が立っていた。
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