第13話 回復魔法、ヒール!

 ピーポーピーポー・・・・

 がちゃん。

 

 息も絶え絶えに市民競技場の入り口にたどり着くと、ちょうど救急車がやってきたところだった。


「一、二、三!」

 

 救急隊員は、息を合わせてヒイロを車輪付きの担架に載せ替える。

 相変わらず、ヒイロの意識はなく、ぐったりとしたままだ。


「ヒイロ!」


 私は、思わず、彼に駆け寄る。


「お願い、返事をして!」


 何度呼びかけても、返事はない。

 最悪だ。


「お前も来るか? 安藤」


 涙目になっていた私に、サッカー部の顧問の先生が、そう声をかけた。


 ジャージ姿の数学教師、岡田タケシは、サッカー部の顧問であり、私のクラス、一年A組の担任でもある。

 私はそれに頷いて、病院まで付き添うことになった。


 ◆


 病院にたどり着くと、ヒイロはすぐさまMRIに運ばれ、私は誰もいない待合室で一人項垂うなだれていた。

 岡田先生は一旦外に出て、携帯電話で学校やヒイロの関係者に連絡を取っている。

 

 サッカー 頭 怪我

 脳震盪のうしんとう 回復 期間

 頭 落下 気絶

 脳震盪 後遺症


 そんな検索ワードが、次々と私のスマホの検索履歴に残っていく。

 

「一体何があったのだ?」


 黙々と検索を続ける私に、周囲の様子を伺いながら、シリがそう声をかけた。


「ヒイロ・・・怪我した。サッカーで」


 私はシリと話しながら、なおも検索を続ける。


 何か、何か安心できる情報が欲しい。

 ヒイロが再び目覚める根拠。

 異常がない、問題はないって言う確証が。


 しかし、そんな私の希望とは裏腹に、出てくる情報は絶望的なものばかりだ。

 硬膜下出血、半身不随、植物人間。

 

 調べれば調べるほど、悪い方向にしか頭が行かなくなってくる。

 

 インターネットとは、時に非情なものだ。

 安心を求める私に、目を覆いたくなるような現実を返してくるのだから。


 ウィーンと、病院の自動ドアが開いた。


「あ、いた。リン!」


 病院に入ってきたのは、ヒイロの荷物を預けられた、トーコと、川島さんだった。

 

「東条くんは大丈夫?」


 病院に入るなり、トーコは私にそう問う。


「今、検査してる・・・意識がないの。ずっとあのままだったらどうしよう」


 私はトーコに泣きついた。


「落ち着いて、安藤さん。東条もそんなにヤワじゃないでしょ」


 川島さんが私を宥める。


「おう、お前らも来たのか」


 ジャージ姿の数学教師が、待合室に戻って来た。


「先生、東条くんは、大丈夫なんですか?」


「接触プレーはよくある事だけど、打ち所が悪かったからな。今は医者の診断待ちだ」


 岡田先生はそう言って、後頭部を掻いた。


「ご家族とは連絡がついたけど、今日に限って、帰ってくるのが深夜になるらしい。先に俺たちだけで状況を聞くことになった」


 ◆


「大変申し上げにくいことですが・・・」


 医師は、ヒイロの意識が戻るのが、いつになるか明言できないことを、私たちに告げた。

 彼の意識は明日戻るかもしれないし、数十年先の話になるかもしれない、とのことだった。


(嘘だ・・・そんな・・・さっきまで元気だったのに)


頚椎けいついに損傷が見られます。もし意識が戻ったとしても、彼は二度と歩くことができないでしょう」


 私は、ベッドに横たわるヒイロを見た。


 人工呼吸器が取り付けられ、首にはギプスがはめられている。


 そんな話ってあるんだろうか。


 ただ、サッカーをしていただけなのに、どうして?

 

「なんとかならないんですか?」


 岡田先生が医師に問う。


「お気持ちはお察しいたしますが、現代の医学ではなんとも・・・」


「ちょっと待ってリン!」


 バタン。


 これ以上は聞いていられない。


 私は、トーコの制止も聞かず、病室を飛び出した。


 ◆


 病院の外、街路樹が立ち並ぶ道端で、リンは泣いた。


 彼女が開いた、ヒイロの通信アプリの、最後のメッセージ。


(ありがとう❗️ 試合開始十時な❗️ 絶対勝つから😉)


 という画面に、ポタポタと涙がこぼれてしまう。


 嘘つき。『絶対勝つ』って言ってたじゃん!


 ピコン


(悔しいが、我輩には、回復魔法は使えない。勇者よ、どうやら貴様の出番だ)


(何事だ? お前から俺に連絡なんて)


(今、貴様はどこにいる?)


(ヒイロのカバンの中だ。それがどうした)


(わかった)


「ゆくぞ、リン。病室に戻るのだ」


 勇者アレクサンダーとメッセージアプリのやりとりを終えた後、ふぅ・・・と、魔王はため息をついて、そう言った。


「なんで? もう、あんな話、聞きたくないよ!」


「黙って従え!」


 泣きじゃくるリンに、魔王は強い口調でそう怒鳴った。


 ◆


 病室に戻った私は、ヒイロのカバンの中から、彼の携帯アレクサンダーを取り出した。


「マジかよヒイロ! おい、魔王! さてはお前の仕業だな?」


「アホか貴様! そもそも我輩の所為なら、貴様にこんなことを頼んだりはせんわ! このノータリン!」


 突然喋り出した二台の携帯電話に、当然、周囲の人間は驚いた。

 でも、今はそんなことどうでもいい。


「それで、私は何をすればいいの?」


 私は、彼らに問いかけた。

 わずかな可能性でもいい。ヒイロがそれで助かるのなら。


「あぁ、すまない、お嬢さん。申し訳ないが、ヒイロに俺をもっと近づけてくれるか?」


 私は、彼の近くに、彼の携帯電話をかざした。


「こう?」


「もうちょっと、首の近く・・・あぁ、その辺りでいいや」


 勇者アレクサンダーは、スゥ、と息を吸い込んで、


回復魔法ヒール!」


 と、唱えた。


 まばゆい緑色の光が、ヒイロを包み込み、そして、消えた。


 しばらくして、パチリと、ヒイロが目を覚ました。


「あれ・・・? みんな、どうした?」


 ヒイロは、周りを見回して、自分の状況を確認する。


 人工呼吸器を外して、彼は立ち上がろうと、体を起こした。


「し・・・信じられん! 奇跡だ! こんなことが・・・!」


 お医者さんが目を丸くしてヒイロを見る。

 

 お医者さんだけじゃない。

 その場にいた全員が、目を丸くしてヒイロを見た。


「どうしたんだよ、安藤。そんなに泣き腫らして。目ぇ真っ赤だぞ?」


 呑気なことを抜かすヒイロに、なんだか、とてつもない怒りが、こみ上げてきた。


 ぱしぃん!


 気がついたら、私は、思いっきり、ヒイロにビンタをかましていた。


「あっちゃー」

 

 トーコが頭を抱える。


「うん。今のは、東条が悪いと思う」


 そう言って、川島さんが頷いた。


 ◆

 

「リン・・・おい、リン!」


 病院から足早に帰路につくリンに、魔王が声をかける。


「何?」


「折角、勇者もどきが治ったというのに、なんでそんなに機嫌が悪いのだ!?」


「あいつなんか、もう、知らない!」


 そもそも、悲しみに暮れていた彼女を助けるための最終手段だった筈なのに、なぜだかリンはキレ散らかしている。

 

 勇者擬きの復活で、気を良くしたリンに、あわよくば、WEB漫画やゲームアプリでも買ってもらおうと考えていたのに・・・


 全く、年頃の女というものは、どうして、こんなに扱いが難しいのだ!

 

「クソ! そもそも我輩が助け舟を出そうとしたのが間違いであったか・・・!」


「間違ってないよ? これでも、シリとアレクサにはすごく感謝してるんだから」


「じゃあ、なぜだ? 何故なにゆえに、機嫌を損ねているのだ!」


「教えない!」


 夕日がすっかり落ちてしまった帰り道。

 リンはそう言って、携帯電話シリウスをカバンにしまいこんだ。

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