第12話 ヒイロ、斃れる!

「そういえば、安藤さんって、お父さんとお母さん、どっちが日本人なの?」


 トーコの質問に、川島さんがさらに質問を被せてくる。

 あまり自分から言う事はないし、触れられることもそんなにないから、彼女が疑問に思うのも無理はない。


「お母さんが日本人だけど・・・別に喧嘩にはならないよ? お父さんもサッカーは好きだけど、いっつもお互いの試合を見る感じ」


 別に聞かれて困るものでもないけど、何故か遠慮して聞いてこない人もいる。

 なので、こういった質問をされない限り、答えることが滅多にない。


「へぇ・・・」


 私の母は名前を、安藤窓香まどか、父は安藤ロイドと言う。父は、イングランド出身だ。

 つまり私は、日本人とイギリス人のハーフである。

 

 小さい頃は、この容姿をからかわれたり、いじめられたりもした。いや、いじめ関しては『今でも』かもしれないけど・・・


「おぉお?」


 トーコが変な声を上げる。

 コートの方に目を移すと、丁度、相手チームからボールを奪ったタイミングだった。

 

 駆け上がっていく、左サイドバックの友永くんからボールが、右サイドの田中くんに上がる。

 そのまま左側のトップにいたヒイロにボールが渡り、ボールはゴールネットを揺らした。


 やった! と思ったが、ピピッと、ホイッスルが鳴らされる。

 点数表示は動かない。

 

「えー? なんで? ゴール入ったじゃん!」


 私とトーコがそう言うと、


「副審の旗が上がってたから、オフサイドだよ」


 と、川島さんが言った。


 サッカーのルールで、一番理解するのが難しいのがこれ。


 コート上に二本存在する、見えない動くライン・・・オフサイドラインの判定は、ラインズマンと言われる、コート際を走る、二名の副審によって判定される。


 攻め手の選手は、相手のオフサイドライン、つまり、守備チームのゴールから数えて二番目の選手を越えて、パスを出す事が出来ない。


 と、川島さんは丁寧に説明してくれた。


 だから、サッカーの審判って三人なんだ。テレビじゃ、いつも主審しか大写しにならないから、あとの二人は、どこにいるんだろうって思ってた。


 よく見れば、コート際を必死で走っている副審がいる。

 野球と違って走り回るから、サッカーの審判は大変そうだ。

 生で見ないと、こういうのは、わかんないもんだなぁ。


 ―――― 相手チームのカウンターを凌いで、コートの中側にいたヒイロにロングパスが回される。

 

 今度は三枚のディフェンスが残った状態。オフサイドはない。

 

 ゴールを狙おうとするも、相手チームのディフェンスにも隙がない状態なので、ヒイロは左サイドに上がってきた先輩にボールを回す。


 左サイドの先輩は、ドリブルで中に入って、シュートするが、ゴールキーパーに弾かれる。

 

 こぼれたボールは空中に上がり、ヒイロがそれをヘディングで押し込んだ。


「入ったぁ!」


 今度は点数表示が変わる。1-0。

 前半三十一分。待ち望んでいた一点だった。


 リスタート位置に戻るヒイロが、観客席の私をチラリと見た。

 私は、彼に手を振る。


 それを見て、彼はぐっと親指を立てた。

 

「ひゃー。東条くんかっこいいなー」


 感嘆するトーコの横で、私は彼の背中を目で追った。


 結局、先制点から試合はそのまま動かず、試合開始から四十三分後に前半終了の笛がなった。


 ◆

 

「安藤さんもいる?」


 川島さんが私にポテトチップスを勧めてきた。


「ありがとう」


 貰ったポテチを、口の中に放り込む。

 パリッと、舌の上にコンソメ味が広がった。


「まさか東条と、安藤さんが付き合ってるとはねぇ」


 三人でポテチをつついていたら、川島さんがそんなことを話しかけてきた。


「ち・・・違う違う違う!」


「何が違うの? 文化祭も一緒に回ってたしー、通信アプリも交換したしー・・・」


 トーコが指を折りながら、私を追い詰める。


「サッカーの試合も見てるしー、それじゃ、次は、お外でデートだね」


 ねーっ、と、川島さんとトーコの間で意気投合してる。

 私に味方はいないみたいだ。


「二人でウニバ行ってきたら?」


 川島さんがそう言うと、


「いや・・・ウニバ、この前私と行ってきたばっかだから、リンの気分的には、多分水族館とかじゃないかな」


 トーコがそう返す。


 もう、二人して盛り上がりすぎだっつーの。


「今度のバーベキューに、二人混ぜちゃおうか」


「おぉ、いいねぇ」


 なんだか話が妙な方向に進んでないか?

 

「試験終わりの日曜日、リンは、空いてるでしょ? 私ら、みんなに聞いとくから、東条くんには、リンから聞いといてよ!」


 もう、トーコのテンション、爆上がり。誰も彼女を止められない。


 1年C組はどうやら、文化祭での劇の成功の打ち上げに、バーベキューを企画しているらしい。

 そんなところにお邪魔してもいいのだろうかと、首を傾げつつ・・・


「私らがいいって言ってるんだからいいでしょ」


 と、川島さん。

 なんというジャイアニズム。なんだか、急展開すぎて頭が追いつかない。


 ◆

 

 後半戦は、相手のセットプレーによって点数が返されて、スコアが1-1に変化した。


 私たちの高校のチームがコーナーキックを獲得し、キッカーは田中葵くん。


 ヒイロはゴール前で構えていた。


 ポーンと、高いボールが、ゴール前に向かって放たれる。


 ヒイロが飛び上がってヘディングを合わせようとした瞬間、ヒイロをマークしていた相手チームの選手も飛び上がって、接触した。


 先にジャンプをしていたヒイロは空中で身動きが取れない状態。


 なすすべも無く弾き飛ばされ、ヒイロはそのまま、頭からコートに落ちてしまった。


「ひどい。完全にファウルじゃん!」


 トーコがそう言った。


 倒れ込んだヒイロに選手たちが集まってくる。

 やばい、なんだか、妙な胸騒ぎがする。


 ピピッと笛が鳴り、審判が周囲の人を退けて、担架の指示を出す。


 コートの外から、担架が運ばれてきて、それにヒイロは乗せられる。

 担架に乗せられたヒイロは、遠目からでもわかるぐらいぐったりとしていた。


 それを見た私の体から、血の気が引いていくのがわかった。 


 私は、思わず立ち上がり、担架の向かう先を追いかけた。

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