第5話「後悔、決意、そしておっぱい」
結局自宅である脱出ポッドは破壊されてしまったので私タクオ・サトーに帰る家はなく、シーユも早急にどこかにバックアップを取る必要があり、どの道私は彼女達スタンダードエルフ型セクサロイドの世話にならねばならなかった。
あれだけの無礼を働いた身でありながら私にあてがわれたのは、王城の来客用の部屋の一つだった。ソフィーティア女王は「いつか人間達と再会する日に備えて用意した部屋、今使わずにいつ使うのです」と快く使わせてくれたが、あんな酷い暴言を吐いた手前申し訳なくなった私は、部屋から出て王城に後付けでつけられたバルコニーに来ていた。
日は沈んでいたが、ヘリオスの街に灯る明かりが洞窟の中の街並みを万華鏡のように彩っている。ただこれも人間の模倣であるが、それもセクサロイド達が「いつかまた人間と会った時のために」と、人間を忘れないようにしての行動………彼女達なりの善意による物だと思うと、余計に日中の愚行や、ティファにしてしまった無神経な言動の数々が申し訳なくなり、私は自分が彼女達の善意を踏みにじった事を嫌悪し、恥じた。
「シーユ、いるかい」
『私はここに』
自責に耐えられなくなった私はシーユを呼んだ。バックアップ作業は終わっているだろうし、私はとにかく話し相手が欲しかった。ぐちゃぐちゃになった気持ちを吐き出したかった。ので呼んでみれば予想通り十字の揚力機の起動音が聞こえてきた。が、音の方向を向いた時、私はシーユの後ろについてくるスタンダードエルフ型セクサロイドを確認し、静かに狼狽えた。
「え………ティファ、さん?」
「こんばんは、タクオさん」
ティファ・ユグドラシルだった。私が2度も傷つけてしまった、いつかは
『ええ、私が連れてきましたとも』
「シーユ!!!」
案の定であった。このAIはそういう事をするやつだと失念していた私は声を荒げたが、目の前に浮かぶ無機質なドローンは萎縮すら見せない。
『今のタクオ様に必要なのは彼女達と向き合い、答えを出す事です。では、後は若い二人に任せましょう』
「あ、ちょっと!シーユ!待てよ!どこ行くんだよ!!」
そんな私を嘲笑うかのように、シーユは揚力音を響かせながら夜の闇へと消えてゆく。半日前ならなんてAIだ!と私はぼやいていただろうが、隣にそのAIを人格として持っているティファをまた傷つける言葉が出てくると思うと、その言葉は喉の奥に引っ込んでしまった。
その場にはバツの悪そうな私と、きょとんとしたティファだけがバルコニーに残された。シーユがほぼ余計なお世話で用意してくれた謝罪の機会であるが、心の準備も何も無い状態で何を言えるわけもなく、隣のティファと夜風に当たりながら一緒に夜景を眺め続けるという、端から見ればデートに見えるであろうが実態は無礼に対する謝罪という気まずさしかない状態がしばらく続いた。最も、この時この場所で気まずさを感じていたのは私だけだったのだが。
「………ティファさん」
「はい、何ですか?」
意を決して私はティファに話しかけた。どの道悪いのは自分だし、ここで誠意を見せる必要があるとなけなしの勇気と男気を振り絞っての行動だった。対するティファはというと柔らかく優しい笑みを浮かべてそれに応えた。
あんな酷い事をしても彼女が私に向けるこの善意に満ちた笑顔を前に、それがプログラムされた云々という私の理性は吹き飛び、罪悪感でいっぱいになった私はとにかく誠意を見せようと頭を下げていた。
「ごめんなさい!僕ティファさんに対して無神経で酷い事をあんな………!」
そんな事で許されるわけがないのは私が一番わかっていた。御免で済んだら連合警察はいらないぐらい私でもわかる。しかし、今の私がこうして非礼にケジメを付ける方法は、腹を切る以外ではこれぐらいしか浮かばなかった。
この後許されない所か、死刑のような恐ろしい目にあっても仕方がないと思っていたし、私もそれを覚悟していた。が、ティファはというと怒る様子も見せず糾弾もせず、顔を上げるように私に促して、その春の日差しのような笑顔を向けるだけだった。
「いいえ、それは仕方ない事ですよ」
「仕方ない?あれが?」
「はい。私達は私達が社会から追い出された理由も、今人間の皆様からどう思われているかも自覚はしている………つもりです。あれぐらいなら、想定していたよりもずっと優しいぐらいです」
寂しげに笑うティファを前に私は絶句した。AIが人間の問いや呼びかけに対して拒絶はすれど嘘はつけないという事は私でもわかる。つまりティファは、あの人格否定の数々を「ずっと優しい」と流している事になる。
「じゃあ………じゃあ、さ」
「何でしょう?」
「君らセクサロイドは、この島で、あいつらにゲーム感覚で殺されて………人間を嫌いにならないのか?!」
この時私は、ティファに「嫌いと言ってくれ!」と心から願っていた。そうでなければ彼女達セクサロイドがあまりに不憫に思えたからだ。奇しくも私は眼前の理想化された美少女キャラクターに、人間の女らしい汚い反応を求めていた訳だが、ティファがその表情を怒りや侮蔑に歪める事はなかった。
「はい。私達セクサロイドは、人間を愛するために生まれてきました。だから私達は、あなた達が大好きです!」
屈託のない笑顔だった。私は確かに暴言の報いを受けた。それは殴られるよりも拷問されるよりも、辛い痛みだった。彼女達セクサロイドは、私の暴言を含めた様々な悪意を人間からぶつけられても尚、人間を愛する事をやめようとしないのだ。洗脳の類ならまだ救いはあったが、何が酷いと言うと彼女達はセクサロイドで、こう作られたが故にこうなる以外無いという事だ。それは彼女達に業を背負わせた人類の罪として、先程の非礼に加算される形で私に罪悪感を背負わせた。
本当なら今ここでバルコニーから飛び降り自殺をしたくなったが、私は思考した。誰が悪いのだ?と。まず思ったのは彼女達セクサロイドを作った人間やそのユーザー。確かに彼女達がここまでされて人間を恨めないようプログラムされているのは彼等の薄汚い欲望のためだろう。が、彼等が今のこの惨劇の元凶になった悪の根源かと言われると意見が揺らぐ。彼等は愛玩のためにセクサロイドを作りはしたが、もちろん痛めつけるサンドバッグとしての使用は想定していない。ので彼らに罪と責任を求めるのは、特撮玩具を性玩具代わりにして負った怪我の賠償を玩具を作った会社に求めるようなものだと私は考える。
なら誰が悪いかと言うと、やはり私を含めた今この瞬間にもセクサロイドを攻撃する集団だろう。旧時代には"いじめられる方にも原因はある"といった狂った意見が正論を持ったとされるが、悪とは悪意を持って他者を傷つける者であり、因果関係は関係なく責を背負うべきは最初に刃で切りかかった方。というのが宇宙時代の常識だ。この星にやってきて暴虐を振るう「敵」達は大方、セクサロイドは単なる家電であり道具であり、壊しても何ともない、むしろゴミを掃除する感覚で彼女達を
なら、だとすれば私がやるべき事は一つ。彼女を愚弄し傷つけた事に対する果たすべき償いも今見つけた。私は少しでも彼女に誠意を伝えるべく、じっと彼女の目を見つめ、腹の底から声を出して告げる。
「………僕、戦います。戦って、敵を倒して、あなた達セクサロイドを守ります」
「タクオさん………!」
「それでっ………うう、ぶ、ぶええっ………!」
駄目だった。決意の意を見せるつもりだったが渦巻く感情は嗚咽と涙となって私の顔面からあふれ出してしまった。いつも私はこうだった。いつも感情を押し殺して生きるくせに、いざ限界が訪れれば泣いてしまう。幼少はそれで何度も父親から殴られ蹴られ、泣き止むまで痛めつけられたものだ。
それなのに学習せずこうなってしまう私を、私は許せなかった。今回は私が悪いのにこうなってしまった。まるで赤子ではないかと、私は死にたかった。自己嫌悪でぐしゃぐしゃになった私であるが、次の瞬間私の両頬は柔らかい感触に包みこまれていた。
「よしよし、よしよし………」
「あ………うう………」
「………ありがとう。私達の為に戦うと言ってくれて、本当にありがとう………」
それはティファの大きな胸であり、彼女に抱きしめられて温かい感覚に包まれた私の嗚咽は少しずつ落ち着いていった。おそらく今までの人生の中で最も安心し、安らいでいたと思う。
ティファも私もそれ以上何も言わなかった。そもそも言葉を交わす必要が無かった。生まれて初めて感じる女性の胸の感覚だった。そこは柔らかく、温かく、セクサロイドだからだろうが、そこにあるのは宇宙よりも深い善意………いや、もはや愛情と言えるものが、そこにあった。
おそらく"優しいお母さんに抱きしめられた感覚"というのはこういうものなのだろう。そう思いながらも、私は胸の奥からこみ上げるような熱を感じながら、その柔らかな胸を涙で濡らした。ティファはただ、ほほ笑みを浮かべながら私を包みこんでくれた。私は嬉しかった。初めて、彼女のために生きたいと思えた。
………それからどれぐらい経っただろうか。私は呼吸が落ち着くまでティファのマシュマロのようなおっぱいに抱きつき、甘えていた。だが仕方がなかった。何故ならそこは自室のベッドの中よりずっと安心できたからだ。そして完全に気を許していた私は、ティファのむっちりした腿肉の感覚をズボン越しの怒張でつついた感触で、自身の男性性がストレスから解放された事でようやく顔を出していた事に気付いた。
「ふふふ、こっちも元気を取り戻したようですね♪」
「わああ!?」
思わず、私は飛び上がるように彼女と間を置いた。私の生まれ育った環境において、女性に勃起した男性器を擦りつけるというのは何百回極刑になろうと絶対に許されない大罪であるからだ。私は、謝っておきながらティファに対してまた酷い事をしてしまったと思ったが、彼女はまるで幼子の悪戯を前にしたように柔らかな微笑みを向けるだけだった。
「この調子だと、義体は上手く同調しているようですね」
「へ?義体?」
「そうですよ。タクオさんの身体はあのロボットにやられて酷く損傷していました。ですが脳は無事だったので、脳と脊髄を義体に移植して、なんとかなったという事です♪」
聞いて、私はソフィーティア女王に聞きそびれてしまった、自分が子供の姿になっている理由の答えをようやく知った。この身体は義体………義手や義足の延長上にある人工の肉体や臓器に置き換わっていた。つまり、今の私はサイボーグという訳である。もっとも変身ベルトも無ければ加速装置もついていないが。
「でも、この船セクサロイドの製造プラントしか積んでなかったんじゃ?どうやって義体なんか………」
「そこはお母様がいますから」
「お母様?ソフィーティア女王が?」
「はい、お母様は特別なんです♪」
その特別、という言葉を聞いて、私はセクサロイド全盛期に開発されたという「妊娠できるセクサロイド」の事を思い出した。ただ妊娠と言っても、実際に相手の子を受精して子供を身籠るわけではない。
例えば私に対してそうしたように、脳、もしくは脳と脊髄をセクサロイドの人工子宮に入れて、それを中心に義体を構築する、というシステム。人工子宮計画の副産物である義体製造器をセクサロイドに搭載しただけであるが、大きさの都合上小さな子供の義体しか作れないという欠点はあったが、使う「顧客」としてはそれで構わなかった。
そして当然であるが、これは倫理面の問題、生命への冒涜であるという点で強く糾弾され、世間のセクサロイド排斥の流れをより強める事となった。私は、とあるアニメ監督が「社会の責任に無沈着かつ生命の尊さを軽視するオタクらしい機能」「このような機能を考えつくような奴はろくなやつじゃない」と強く糾弾していたのを思い出した。
「………待てよ?じゃあ、あの「夢」は………」
………同時に、この機能にはある「サブ要素」があるのを思い出した。それは義体を構築し、"産まれなおした"後に必要になるのだが、義体と脳髄を親和させるための栄養を、セクサロイドが授乳という形で摂取させるというもの。授乳、つまりあの大きな乳房を吸って母乳を飲むということだ。
そこで思い出すのが、私が夢だと思っていたあの光景。よくよく考えれば、ティファと一緒に私を甘やかしていたあの女性はソフィーティア女王に似ていた気もするし、つまり………。
「………夢じゃありませんよ、"弟くん"♡」
ティファの柔らかな笑みに淫靡さが走った。私は別の意味で死にたくなった。同時に二重の意味で死ぬわけにはいかなくなった。
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