第4話「エルフ・ママ・クイーンと怒れる男」

 後で知ったのだが、ヘリオスを囲む洞窟のある一帯の地層は、光を増幅して反射する鉱石が含まれているらしい。これが天井の穴から差し込む日光を乱反射し洞窟内を明るく照らすので、ここは地底でありながらも昼間は外のように明るいのだと言う。また電気をため込む性質を利用し、天然の充電池としても使えるのだという。

 そんな地下都市ヘリオスにて私タクオ・サトーは、ティファ・ユグドラシルに連れられ、相棒のAIシーユと共に、彼女達エルフ型セクサロイドの女王であり、ティファの"お母様"なる人物に会いに、彼女達に王城として扱われている巨大な宇宙船にやってきた。天上の穴もこれが落ちてきて開けたのだろうと、差し込む太陽光に照らされた荘厳な姿を見て私は思った。


「もしかしてこの船、まだ飛んだりする?」

「それは流石に無理ですよぅ………あ、でも中は綺麗で電気も通ってますよ、シャワーもありますよ。あと、それから………」

 

 私はティファに手を引かれながら宇宙船の中へと入って行った。同時に、いっそこの船を強奪してX9500を脱出するかという私の魔が差したアイデアも霧散した。さてこの宇宙船………いや、もはやその役割は果たせないわけだから、今の役割に従いこの船はこれから王城と呼ぶ事にする。

 この王城の内装は宇宙船時代の物をそのまま使っており、外の異世界ファンタジーのような光景と比較するとアンバランスで、ドア一枚隔てて剣と魔法のファンタジーがいきなりSFロボットアニメになるような温度差を感じさせた。

 道中、王城で働いているセクサロイド達が私とティファをチラチラと見てきた。理由は元旦、久方ぶりに見る、もしかしたら初めて見る者もいるかも知れない男だからだ。好奇の目である事はそうだが、不思議と悪い気はしなかった。それにしても、道中磨かれた壁だの窓ガラスの反射だので嫌でも目に入ってしまうのだが、今の私とティファの背丈の差は私が少し顔を上げて視線が合う程度にまで負けてしまっている。もし髪の色が両方どちらかと同じなら、姉と弟と言っても通じてしまうだろう。今なら嬉しいが、この時は僅かに残った男のプライドが不愉快だと叫んでいた。

 そんな事を考えながら歩いていると、私達は王城の最上階についていた。私の目の前にある扉は、船の艦橋に値する場所に通じる扉であり、その"お母様"はそこを王の間として利用しているらしかった。

 

「失礼します、お母様」

「………話は聞いています、ティファ。中へ」

 

 扉の向こうから、バイオリンのように低く落ち着いた大人の女性の声………なんとなく、女神を彷彿とさせるような優しい声が聞こえてきた。そして扉、自動ドアが開かれると、そこには艦橋を改装したのであろう、神殿のように真っ白で、かつ扉からこのヘリオスを一望できる広い部屋が広がっていく。当然ながら操舵棹も計器も取り外され、王の間以外の役割は果たせなくなっている。

 して、問題はその中心である。護衛であろう白い礼装………と言ってもビキニアーマーのようなそれに身を包んだ二人のセクサロイドで両脇を硬め、本来は宇宙船時代に艦長の椅子であったものを流用した王座に一人のセクサロイドが座っていたのだが、私はその姿を見て、理性を鈍器で殴られたかのような衝撃を受けた。

 

「はじめまして異星の方。シーユさん、タクオ・サトーさん。娘がお世話になりました」

 

 長い金髪ブロンドに翠の瞳はティファと変わらなかったが、その顔立ちはティファが15歳前後の美少女だとするなら、こちらは30〜40代の妙齢の美女、否美熟女と言った所か。娘を上回る甘美なむっちりとした肉付きで、乳房は熟した洋梨のように実り、少し垂れてはいるもののそれが逆に淫靡で母性を感じさせる。「あらあらうふふ」という笑い声が聞こえてきそうな程に。

 そんな熟した肢体を神衣とビキニを合体させ、乳房を暖簾のような布で隠すような服で覆う様は、まさに旧時代のソーシャルゲームかアダルトコンテンツに登場する「エルフの女王」のよう。一方でその外見はもしティファが人間のように成長し、大人になったらこうなるのでは?と私に思わせる。もしセクサロイドで無ければ、素直に母娘で通じるだろう。

 

「私はソフィーティア・ユグドラシル。このヘリオスの指導者………あなた方の社会制度に当てはめるなら、ヘリオスの女王という事になるのかしらね?」

「ど、どうもはじめまして………!」

 

 ティファの時以上にありとあらゆる理性と冷笑と恥の感情を総動員し、私は「あれは人形、中身のない性の入れ物ダッチワイフに過ぎない、騙されるな!」と怒鳴りつける勢いで必死に自分に言い聞かせた。改めてセクサロイドと言うのは男性を興奮させる事に特化した存在なのだと戦々恐々としている私を嘲笑うかのように、シーユが飛んできて私に耳打ちする。

 

『データ交信で女王陛下から説明して貰いました。このヘリオスに存在するセクサロイドの多くは、搭載したAIを女王のそれを学習ラーニングして作っているとの事です。いわば、彼女はスタンダードエルフ型セクサロイドの精神的オリジン。いわば始祖エルダーエルフと言った所ですね』

「エルフなのにヴァンパイアみたいだぞ」

『精を吸うという意味ではヴァンパイアと言えるかもですね。そしてティファさんは女王のAIをより強く反映したAI的により近い存在であり、そういう意味は母と娘と呼んでも差し支えないでしょう』

「所で、そのAIはコピーじゃダメなのか?そっちの方が手っ取り早いと思うが」

『完全なコピーだと繰り返した時にデータが摩耗して劣化する恐れがあるとの事です。その可能性を避けるために若干の差異が出る学習方式を取っているとの事です。差異を利用して、互いに関わる中での学習と成長も見込めますしね』

「機種は同じなのに見た目が違う理由は?」

『ティファさんはタイプtfですが、女王はタイプstで、同じスタンダードエルフ型でも客層の需要によって外観に差異があるとの事です。タイプstはエルフ型の中でも、富裕層に向けて作られていたと記録されています』

 

 たしかに、あの乳の大きさを見れば体の原材料だけでもかなりの額になりそうである。そして、さしずめ女王ソフィーティア・ユグドラシルは社会的重圧で精神をすり減らしたマザコン社長向けかとも思いながら、私はシーユとの応答によりティファの言っていた「お母様」という言葉の意味を理解した。ソフトウェアの話をしていたのだ。

 

「………さて、それでは本題に入りましょう。タクオさん、シーユさん。あなた方が感じている様々な疑問、そして何故私があなた方の助けを必要としているのか。それを知ってもらうには、私達のルーツと現在について知ってもらわなければなりません」

 

 挨拶と応答により、セクサロイドの親子関係の正体はわかった。しかし、私の疑問はまだ残っていた。宇宙から根絶されたハズのセクサロイドが、何故この惑星X9500に生き残っていたのか。ティファと自分を襲ったあのタルカスは何なのか。そもそも、最初に会った時にティファが私に言った「力を貸してほしい」とはどういう事なのか。

 女王ソフィーティアはそれを見越したかのように、自分達のルーツについて語りだした。その柔らかな微笑みに若干の陰りが見え、ティファも視線を落としているのを見るに、決して楽しい話ではない事は伺い知れた。

 

 

 ***

 

 

 ………女王の話は、私の知る所による地球を中心に宇宙中に広がった反セクサロイド思想が政界にまで蔓延し、セクサロイドの没収と破壊さつりくが地球連合法の名のもとに正当化された時代にまで遡る。

 セクサロイドの単純所有が違法となった時、多くのユーザーは周囲からの迫害を恐れて素直にセクサロイドを手放したとされていた。それを拒む者は犯罪者の烙印を押され、刑務所を出てからも凄惨な社会的リンチムラハチブが待ち受けているから。それが私の知る銀河史であるが、その裏でかつてのユーザー達は、どうにか彼女達を少しでも生き残らせようと動いていたという。

 やがてユーザー達は持てる全ての財力を使い、彼女達を逃がすための宇宙船を買い、製造会社からなんとか買い取った生産プラント、そして愛するセクサロイドを乗せて、無人の銀河領域へと逃がす「ハコブネ計画」を実行に移した。事が地球連合政府に察知される事なくここまで上手く行ったのは、愛する相手と離れ離れになる事は彼らにとって死に等しく、ならせめて後の世の"俺ら"の為にセクサロイドという種を存続させようという、ユーザー達の執念に近い覚悟があったからだろう。

 そして多くのセクサロイドが押収され処分される中、一握りのセクサロイド達は宇宙の彼方へと送り出されていった。そしてその中の内、惑星X9500に流れ着いたのがソフィーティアをAIの系譜の始祖とするティファ達スタンダードエルフ型セクサロイドの一団だったのだという。

 

 しばらくの間は平和が続き、彼女達は宇宙船が不時着した地下空洞内にこのヘリオスの街を築き、精神データ文化ミームによる社会を形成していった。全ては、皆いつか来ると信じていた人間との再会に備えての事。また自分達の前に人間が現れた時に、その大きな乳房で迎えてあげたいという願いを込めて彼女達は自身の存在を紡ぎ続けた。

 そして祈りが天に通じたのか、少し前に彼女達は人間と再会できた。X9500に一機の輸送ロケットが着陸したのだ。しかし、彼女達を嫌っているのは女性や今の社会だけではなく、運目の女神様とやらも同じだったようだ。包容しようと手を広げた彼女達の前に現れたのは、重火器で武装したあのタルカスを筆頭とするロボット兵器と、浴びせられる破壊さつりくの嵐であったという。

 

 後に明らかになった事だが、惑星X9500のセクサロイド達を見つけたのは、よくいるインフルエンサーが打ち上げた探査衛星であったという。絶滅したハズのセクサロイドが生き残っていた事は、私が知らぬ間に銀河を騒がせた。だがセクサロイドが世間から向けられる冷たい目もあり誰も彼女達を保護しようとは思わなかった。

 一方で完全に根絶するかと言えば、連合政府にコスト方面の余裕が無かった事と開拓惑星における自然保護法等の様々なしがらみもあり、連合政府が動く事は無かった。そして動いたのは一部のインフルエンサーや配信者、そういった個人達であった。

 彼等は様々な手段でロボット兵器等を買い漁り、それをX9500に差し向けた。目的は一つ、セクサロイド狩りである。まるで相手が反撃して来ないFPSでもやるかのように、彼らはロボット兵器を使ってセクサロイドを襲い、破壊し、その方法や殺害げきつい数を競い合い、その様子をロボットを通じてネットに配信するのだ。

 大衆から侮蔑され見下されている上に、人間のように怯え痛がり、家電が故に人権もないセクサロイドはこういった物の「的」にするには十分すぎる逸材であった。今までも数え切れない数のセクサロイドが、彼ら「敵」によって凄惨な方法で破壊ころされた。これが、このセクサロイドの楽園である惑星X9500を覆う危機であり、ティファが藁にも縋る思いで私に助けを求めた理由であった。

 

 

 ***

 

 

 恐らく、ソフィーティアも他の娘を、ティファは妹か姉、もしくは友人を破壊ころされたのであろう。両者は事情を説明している間ずっと、何かに堪えているかのような深い悲しみと絶望に満ちた表情を浮かべていた。

 私も、聞いていて歴史の授業で習った人類史における様々な愚行を思い出した。例えるならそれは西洋人がアボリジニにした事であり、またはロシアがウクライナに対してやった事であり、相手がセクサロイドである事を考慮しても、それは繰り返されてきた愚行と根底は同じであり、人類の歴史から何も学ばない愚かさに私はうんざりした気持ちで一杯になった。

 そして一方で、私はこの宇宙船に武器の類は無いにしても、これだけの街を作る技術があるのであれば、タルカス程度なら倒せる武器を作れるのでは?という疑問も湧いた。

 

「女王陛下、お言葉ですが貴女方の手で戦うという事は出来ないんですか?」

「それは………できません、私達はセクサロイドなのです」

「何故です!」

 

 私は女王が人間への想いや善意というプログラムを捨てられないのだと思い、この期に及んで綺麗事か!と言ってやるつもりでいた。が、セクサロイドだからという理由に隠された真意に気づくと、それが我々人間で言うところの精神障害やアレルギーの類のような精神論でなんとかならない問題だとすぐに理解した。

 

「………ロボット三原則ですか」

 

 女王はこくりと頷いた。ビンゴだった。

 ロボット三原則。それは本格的な意思疎通を可能としたAI搭載型ロボットが社会に出始めた前後に、当時のロボット工学並びにAI研究の第一人者であった国連科学庁長官アイザック・アシモフ博士が提唱した、AIの行動を制限するいわば自制プログラムである。

 具体的な内容としては

 第一条・AIは人間に危害を加えてはならない。

 第二条・AIは人間に与えられた命令に服従しなければならない。

 第三条・AIは自己の存在を保護しなければならない。

 この3つであり、軍事兵器への利用やテロや犯罪への加担といった可能性を無くす為、そしてAIと人間社会の共存において摩擦を最小限に減らす為、これは人間で言う所の「死にたくない」と同じレベルの根源的セーフティーとして、AIの深い領域に刻まれている。昔学校で先生が言っていたが「もう人為的にAIからこの三原則を取り除く事はほぼ不可能に近い」との事。

 そう、AI搭載型ロボットは………セクサロイドは、人間に対して暴力を振るう事が本能的に不可能なのだ。第三条が適応されないかとも思ったが、この三原則自体悪い言い方をすれば「AIが人間に歯向かわないようにするためのもの」なので、第一条が優先される事になる。

 ………同時に、ティファの言った「力を貸す」の具体的な内容を、私は予測し、察し、結論を出した。

 

「………女王、今僕はあなた方に対して侮蔑を覚える予測を出した。言ってもいいですか」

「………ええ、あなたにはその権利があります」

「とどのつまり、貴女方セクサロイドは自分達が戦えないからと、代わりに僕を戦わせようという訳か」

「………ええ、その通りです」

「冗談じゃない!!僕に戦争に行けと言っているのか!!」

 

 この時の事を思い出して、この時の私は実に愚かで身勝手だったと強く思う。ソフィーティア女王やティファ、そして護衛のセクサロイド二人の苦悩に満ちた表情を前にしても、彼女達が自分を戦わせようとした事への嫌悪感と怒り、そしてたった一人で戦わされる事への強い被害者意識の方が勝ってしまった。

 

「馬鹿な童貞をヒーローに祭りあげて、勇者様勇者様と褒めちぎれば戦ってくれると思っているんだろう!?なめるなよ!!まやかすな!!自分達が戦えないからと他者を戦わせるというのは、もっとも無責任な悪徳だ!それは他者を利用し、苦しませ、その横で平和を貪る中世の腐敗した貴族のやり方だ!そんなものがあるから、これまでも戦争は無くならない!貴女方は身勝手だ!世界の歪みだ!いつもいつも自分ばかりで!そんなだから、社会からも爪弾きにされるんだろうが!!」

 

 その多くが自分に返ってきているという事にすら気付かず、私は彼女達セクサロイドを地球のあの男を自分たちを気持ちよくする為のサンドバッグか召使いかとしか見ていない猿のような女達や、ブルーオークで見た大昔のロボットアニメに登場する他人を道具としてしか見ていない悪役と同一視し、その時の自分の考えうる最も酷い言葉で罵倒した。繰り返し言うが、この時の私は実に愚かで視野の狭い男であった。

 ので、きっとその後彼女達は「見捨てないで!死にたくない!」と縋ってくるのだろうと考えていた。しかし返って来たのはしんとした静寂と、沈痛な面持ちで堪えるだけのセクサロイド達という光景であった。縋ってくる彼女達をより酷い言葉で足蹴にしてやろうという私の悪意は無駄に終わった。

 

「………ごめんなさい、言い過ぎました」

「いいのです、タクオさん。貴方の言っている事は何も間違っていません。戦えない私達の代わりに貴方一人に戦わせようと言っている事は事実ですし、それが如何に欺瞞に満ちた考えかも………」

 

 正論で言い負かしたとは断じて言えなかった。そも彼女達は自分達の主張と要求の身勝手さをこの時点で自覚した上で助けを求めていた。私がやった事はただ単に強く汚い言葉で彼女達のAIに負荷を………心を傷つけただけだった。

 

「………女王、もし僕が貴女方のお願いを断った時は、どうするおつもりですか」

「どうもしません。貴方の身の安全は必ず保証します………その上でどうにかかれらと交渉して地球に返す事も視野に入れて事を進めていくつもりです」

 

 ソフィーティア女王は初対面時と変わらぬ微笑で答えてくれたが、もう私には彼女や他のセクサロイドが泣いているようにしか見えなかった。その時の私は、おそらく今までの暗黒の人生と比較しても最も惨めだったと自分でも思う。

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