第3話「エルフの地底都市」
次に私タクオ・サトーが瞼を開いた時、全身を駆け抜ける痛みも、混濁する意識も、夜空と炎とティファ・ユグドラシルの泣きじゃくる声も消えていた。
ぼんやりとする視界には何層かに重なった絹の天井と、周りを覆う白く柔らかいシーツと枕が広がっている。目を閉じていた少しの間を置き、私は地獄の戦場からお姫様の寝室へと移動していたのだが、これは死後の世界であると考えると全ての説明がついた。
私は死んだ。だが天国には行けたようだ。正直、自分でも善良に生きてきたと思うが、天国に行く自信はなかったので、眼前に広がる幻想的空間を見て、私はこれまでの苦難が全て報われた気がして思わず静かに涙を流した。
「さぁ、お姉ちゃんのおっぱいでちゅよお」
だからこれもきっと天国のご褒美なのだ。目の前にブロンドヘアの美女がいて、その豊かな乳房をまろび出して私を手招きしているのも。私は迷うことなく、その御椀のようなぷっくりとした乳首に吸い付いた。いいだろうと、天国のご褒美なのだから。
「んっ……!あっ、ああっ………」
吸い、舌で転がす度に、肉の蕾からバナナミルクのような甘い母乳が口いっぱいに広がった。それは、お前は粉ミルクで育った。粉ミルクでも子供は立派に育つと自慢げに母に言い聞かされた私にとっての初めての母乳体験であったが、人間の本能の奥底の原初の部分で感じる安心できる行為というのは、やはり授乳なのだろう。私はそう感じた。気持ち悪い?別にいいだろう、これは天国のご褒美なのだから。
「もうティファ、あなたばかり楽しんでずるいですよ?」
「あっ、お母様」
「彼を“産み直した“のは私ですのよ?なら、私も………」
すると、もう一人美女が現れた。同じくブロンドの、より大きな乳房が見えた。私は迷わずそれも口に含んだ。2人の、4つの乳房から甘い愛に満ちたミルクを心ゆくまで楽しんだ。気持ち悪い?別にいいだろう、これは天国のご褒美なのだから。
「んっ………ふふ、いっぱい飲むのですよ、私の坊や」
「もっと、もっと私に甘えてください」
「もっと………」
「もっと………」
「求めて………」
「甘えて………」
「溶けて………」
「求めて………」
囁くようなウィスパーボイスと甘いミルクに溺れながら、私は幸福の海に身を委ねた。まさに天国と言えた。私が物心ついた時からの自分の全てを否定されるような人生も、この幸福の坩堝のためだったと思えば肯定できるとさえ思った。
そして私はまた、体中に広がる甘味に酔いしれながら甘い軟肉の闇の中へと沈んでいった。ママ、おねーちゃん、と赤子のように甘えながら。
***
再び目を覚ますとそこにはやり、絹を組み合わせた天井が見えた。が、違う事があった。意識ははっきりしていたのだ。それが天国の風景などではなく天井付きのベッドであり、シーツと枕もはっきり見えたし、綺麗な緑色の壁紙に凝ったデザインの机と、ここが幼い女の子が人形遊びに使うような外観の部屋である事もはっきり解った。
何よりここには私に甘い言葉と共に授乳した2人の美女もいなかった。が、我ながら気持ちの悪い夢を見ていたと落胆した私の耳に代わりに聞こえてきたのは、聞き覚えのある浮遊システムの音だった。
『お目覚めですか?タクオ様』
「シーユ!!」
感動の再会だ!私の目の前には脱出ポッドの破壊により本体ごと失われたハズの、あの子機ドローン。もっと言うとこの星での生活を支援してくれていたAI・シーユが、私の目の前を飛んでいた。
後で知った事だが、タルカスに脱出ポッドを破壊された際に、シーユは自身のコピーをドローンの中に移しており、全ての権限やら何やらをドローンに委託する事で生き延びていたとの事。逆に言えばこの脆弱な
『タクオ様?どうなされましたか?』
「これ………僕の声、なの………?」
次に襲いかかった違和感は、私の友との再会に水を差した。私はこの時、日々の過労で誕生日を祝わなくなってから自動更新される個人データでたまに見るぐらいでしか自分の年齢を把握できなくなっていたが、少なくとも30歳は超えていたように思う。だがシーユとの再会に喜びたまらず出た声は、もっと高く、より透き通った………変声期前後の少年の声だった。
『タクオ様、こちらを』
「シーユ?」
そんな私を見かねたのか、シーユは部屋の中を滑るように飛んで、私の視線を部屋に置かれた姿見の鏡へと誘導した。私は自然と鏡に映る自分の姿を直視する事になったのだが、そこで私はまた言葉を失い、思考を凍らせる事になった。
そこには、底辺も底辺の異常独身男性タクオ・サトーの姿は無かった。代わりに居たのは、一人の少年であった。分類としては可愛い系のショタ、とでも言うのだろうか。大昔の
そこに居たのは無個性で推しに弱そうな、画面の前の君達の怒りを煽るような「優しいだけが取り柄のヘタレ野郎」とでも言われるべきガキであった。しかし鏡に映っている以上、これが私、タクオ・サトーという事になる。
「嘘だろ!?これが僕だってのか!?」
『そうです。気分はどうですか?』
「なんか読者から嫌われるタイプのハーレム主人公みたいな見た目だ!!」
『左様でございますか』
どういう事だ?また夢か?それとも幻覚か?はたまた、これが私のような弱者男性のために作られつつも、日本人特有の「恥の文化」により冷めた目を向けられ、人気なのに嫌われているという妙な扱いになってしまった異世界転生というやつか?と、一度の死を介して他人になってしまった自分の状況に思考を巡らせていると、部屋の扉が勢いよく開いた。誰だ?と言うよりも早く、私の顔は二つの大きな柔らかな塊にうずもれる事になった。
「タクオ君!」
「てぃ、ティファ、さん!?」
「よかった、上手くいきました、よかった、本当に………!」
結論から言うとその柔らかな塊の正体とはティファの乳牛のような乳房であり、私に飛びかかるように抱きしめたのはティファだった。その様相はまさに死んだと思われていた恋人か何かとの再会であり、エメラルドのような瞳を潤わせて私を胸の谷間の奥へと押し込もうとしている。
さて少年の姿になったが為についに身長での負けが決定的になった私はというと、案の定ティファの胸の中に安々と飲み込まれてしまっていた。こうも濃厚に接触してしまえば相手がセクサロイドであるという理性的な考えなど意味を成さず、顔を埋め尽くす軟乳とバナナミルクを思わせる甘い香りを前に、私の股間は生理現象を起こしていた。
「あの、ティファ」
「ぐす………何ですか?」
「僕はね、今混乱しているんだ」
ので、私は自身の中に残った理性と自制心と差別意識を総動員し、私の置かれた状況を無視して勝手に良かった良かったと喜んでいる眼前の人形に対して凄んでみせた………凄めてたと思う、多分。
一般的にこれはイキリと冷笑される行為であるが、仮にも一度死んだ、それも彼女に巻き込まれた可能性が高い身である以上は、これぐらいやったっていいだろう。と、その時の私は考えていた。
『タクオ様は自分が一度死んだと思われているようです。加えて、50年前に絶滅したと思われた貴女方セクサロイドがこうして生き残っていた理由、そして何故貴女方はあのタルカスのような「敵」から狙われているのか。タクオ様は、これらを理由に混乱しており、説明を求めています』
「シーユ!!!」
しかし、どんな酷い皮肉を吐いてやろうとかと考えていた私のたくらみは、またもシーユの横槍で台無しになった。このAIは今思えば、私がその無知さと偏見に由来する無自覚な攻撃性を、相手が
そんなシーユの気遣いは上手く行ったらしく、ティファは高鳴る喜びを落ち着ける様子は見せたが、私が凄んでみせた事にも気付いていないようだった。いや、私が凄んでも怖くともなんとも無かったのだろうが。
「…………では、まずはお母様の所に行きましょう」
「お母様?」
「はい、お母様に直接聞いた方が、色々とわかると思うんです。私や、私達セクサロイドの事も」
これに対して私はいや君が直接教えろよとか、工業製品のセクサロイドにお母様ってどういう事?という意見が出かかったが、またシーユにいい感じにいなされると思うと黙って従う事を選んだ。ここで自身が寝ていたベッドから起きて気付いたのだが、私は元々着ていた作業服からシャツに半ズボンという典型的な少年スタイルへと着替えさせられていた。シャツには何か英語の企業ロゴかサインのような物が書かれていたが、私はそれが何か解らなかった。
***
私が寝ていた部屋がティファの家だと知ったのは彼女に連れられて家を出た後である。その瞬間私の目に飛び込んできたのは彼女の言うセクサロイド達の集落であるが、当初私はティファの外見を理由に典型的なエルフの集落か、セクサロイドの住処であるわけだから充電用のカプセルがずらりと並んだディストピア小説のような光景を想像していた。
結果から言うとそれぞれの予想の半分ずつが正解と言った所である。そこは洞窟の中であり、その中に貴族時代の西洋にあるような街並みが埋まっており、日の差す竪穴に照らされているのは王城のように街を見下ろし鎮座する巨大な宇宙船であった。いわば地底都市とも言えるそこが、ティファの言う「集落」であった。
「洞窟の中に街が…………!?」
「はい。ここが私達スタンダードエルフ型セクサロイドの隠れ里、ヘリオスです!」
驚く私にティファが笑顔でそう答えた。私の故郷へようこそ!と言う感覚なのは理解できるが、広大な洞窟の中に街があるという驚愕の光景を前にした私は気が気でなかった。地震が来たらどうするのだとか、天井の地盤は大丈夫なのかとか、そもそもこんな大規模な土木工事をどうやってやったのかとか。しかしティファ個人ではその全てに応える事は無理だと分かっていたので、この時は何も言わなかった。大きな胸とおっとりした態度の彼女は頭も悪いだろうという偏見が、この時の私にあったからだ。
私はティファに連れられて地底都市ヘリオスを歩いていった。あの王城のように佇む宇宙船であるが、あそこにティファの言うお母様はいるらしい。話によれば彼女のお母様はこの宇宙船に住んでおり、この街のエルフ型セクサロイド達の導き手だと言う。
「するとティファさんは、セクサロイドの女王の娘で、いわばセクサロイドのお姫様で、僕からしたら異星のプリンセスって所かな?」
「ぷっ、プリンセスだなんて!そんなぁ………ふふふ………」
私としては「お前は世間知らずのお姫様と同じで無知なバカだ」的な意味を込めた皮肉のつもりだった。今時こんなクサい台詞を言われて素直に喜ぶ女なんていないので、伝わらないにしても疑問に思うとは予想していた。
が、文面通りにそれを受け取り、おそらくスキンの化学反応か何かで頬を赤くして照れるティファには嫌味や皮肉としては伝わっていなかった。ここまで関わったり話したりして、なんとなくティファには悪意というか何というか、そういう女固有の汚い感情が感じられないように思えた。これ以上調子が狂うので、それ以上私は余計な事を言わない事に決めたが、そうなると余計に道中のヘリオスの街の様子が目に入ってきた。
ヘリオスには当然であるが、ティファと同じ金髪翠眼のスタンダードエルフ型セクサロイドが何人もいた。その全員が、人類ではまず見なくなったような若々しく美しく、豊かな乳房と尻を備えた美女・美少女ばかりである。
更に加えて、皆胸の谷間や太腿を見せつけたり、自身のセックスアピールを強調するような………旧時代の「美少女ゲーム」で見られるように扇情的であり、学校の歴史と倫理の授業において女性軽視の悪しき歴史で侮蔑を込めて紹介されるような、肌にぴっちりと張り付いた衣服と呼べるかも怪しい格好に身を包んでいた。自然をイメージしたのか緑を強調した物が多いが、これではさながら森林性風俗店のようで目のやり場に困ってしまう。
それと当然、ここに男は私一人しかいない。
「………なあシーユ」
『何でしょう?』
「セクサロイドってやつは、何であんな露出狂みたいな服ばっかりなんだ?」
我慢できなくなり、私はシーユに助けを求めるように話しかけた。美少女を見る事は男として快楽であったが、こうも美少女と乳と尻が乱舞していると、いくら頭ではセクサロイドと理解していてもどうにかなってしまいそうだった。
『恐らく、あれが彼女達の文化なのでしょう』
「文化?セクサロイドに?」
『AIが学習を繰り返して自己の個性やクセを見せる事は珍しい事ではありません。恐らく、彼女達が与えられてきた機能実行の為の衣服のデータが、長い時間の中で文化として彼女達に定着したのでしょう』
シーユの考察のような憶測は非常に興味深かったが、その結果がこの光景だと思うとこの時の私は眉をしかめるだけだった。以降のように素直に女体を楽しもうと考えられるようになるには、私はあまりにも"病んでいた"と言えるだろう。
この時は気づかなかったが、そんな私をティファだけが心配そうに見つめていた。
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