第2話「異星のプリンセス」
惑星X9500でのサバイバル生活が始まってから3日が過ぎた。もっとも、脱出ポッドの充実した機能のお陰でサバイバルとは名ばかりのキャンプのような生活であるが。
しばらく過ごして分かったが、一日の長さも数コンマの違いこそあれど、地球と変わらぬ24時間程度らしい。私は山菜の採取や狩りのついでに自身が不時着した周囲をある程度探索し、シーユの助けもあって、この島のおおよそをなんとか知る事ができた。島の広さは約2300km。今自分がいる砂浜以外には、背後にも見える鬱蒼としたジャングルと、切り立った高い山が一つある。おおよそのパブリックイメージで想像される「南海の孤島」そのものであり、もしこれが大昔のSF映画なら恐竜の生き残りか、もしくは怪獣でも出てきそうな雰囲気である。
そんな孤島において私は、魚釣りと野草の採取で日々の生活を彩り、暇な時にはポッド内に内蔵したゲームで遊んだ。寂しさを感じた時はシーユが話し相手になってくれた。肉は魚肉を分解して作り替える培養食肉があれば事足りた。日々のほとんどの時間と体力を過労に投資していた作業員時代に比べれば、何もないハズのこの星のこの島は天国にも思えた。明日の食料との相談にはなるものの、ここでは労働の事を考えて寝る必要も無ければ、夜更かしを咎める者もいないのだ。もっとも、ふとした時に「いずれ帰らなくてはならない」という現実に引き戻される事はあったが。
『未知の惑星で夜釣りとは、余裕なものですね』
「一度やってみたかったんだ」
そして今日、気まぐれで夜釣りに出かけた。私はすっかり慣れた海岸で釣りを楽しんだ後、シーユの声が響くドローン………屋外で活動するための「子機」のようなものであり、4つに伸びた足から揚力を発生させて飛ぶため☓字が空に浮いているように見えるそれに足元を照らされながら、すっかりこの星で過ごすための別荘となったポッドに帰ってきた。この星に自分以外誰もいない為必要ないと判断し、私は扉を施錠しないまま出かけていた。して扉を開き、私は驚きのあまりぴたりと固まった。
「あっ………お邪魔してます」
「えっ?」
さて………私タクオ・サトーは恋人も妻もおらず世間では「異常独身男性」と揶揄され蔑まれる人間であるという自覚はある。そんな自分で言うのも何だが、世間一般の人間と変わらない価値観と精神を持っているとは思う。少なくとも、私を指して世間が言うようなモテないあまり妄想に取りつかれて女性を襲うような人間では断じてないつもりだ。が、私はもう自分で自分が健全な人間であると断言する自信が無くなっていた。その理由は眼前に現れた
その十代ほどの少女は絹のような長いブロンドの金髪を月明かりでキラキラと光らせ、エメラルドのような光を放つ瞳を潤ませて、じっとこちらを見ていた。透明感のある白い肌は古代地球の陶器を思わせるようになめらかで、緑を基調とする民族衣装のような服に身を包んではいたが、その太腿は柔らかな脂肪を纏っており、服に悲鳴を上げさせるその乳房はひどく豊満であった。
………そんな少女に、見た目はともかく年齢的には大の大人である私が身長で負けるという、男のプライドに傷をつける要素があった事は、今は気にしないでおこう。兎に角、私のポッドにはそのような特徴を持った美少女が、そこに居た。それだけでなく、彼女は私を見るとまるで恋人にでも会ったかのような屈託のない笑顔を向けて駆け寄ってきた。この、社会の底辺も底辺の男にだ。
「だ、誰だ君は!?」
「人間さん、ですよね?」
「いや、そうだけど………!」
「ああっ!人間さん、はじめまして!」
彼女の顔の作りは西洋人の特徴を持ち、彫りの深い顔をしていた。聞いていると落ち着くソプラノのような声で、私にも理解できる地球語を話していたというのもあるが、一目で見るなら間違いなく人間と言えただろう。いきなり自宅に見知らぬ美少女が現れるというシチュエーションは私が楽しんだ旧時代のアニメではよくあるものだ。けれども素直に喜べなかったのは、私以外誰もいないハズの惑星に彼女がいたという事も、自宅に無断で上がり込まれたというのも、彼女が自分に笑顔で話しかけてきた事も、そもそも私は彼女が誰か知らないしわからないというのもあるが、一番の理由が別にある。
彼女は美しかった、美しすぎたと言えた。私が同じ人間の、あの猿のような女達の顔に慣れていたというのもあるが、彼女の顔は人間味に………完全な自然の妊娠と出産により作られるが故の生物的「あら」に欠けているようにも見えた。まるで、過去の資料から見つけてきた昔の美女をAIに学習させ、条件を記したプロンプトに従わせて画像として出力したようだ。そしてそのAIによる生成という例えが私の頭に過った瞬間、私はある推理を導き出した。
「ちょっと待ってくれ」
「何ですか?」
「うなじを見せてくれないか」
私の問いに、彼女は目を丸くした。うなじ、すなわち首の後ろというものはある人によっては性的興奮を呼び起こされる箇所だと言う。私の言った事はセクハラの類になるだろう。が、私が彼女に対して抱く不安を解消するにはこれが必要になる。彼女もそれを理解してくれた、と同時に私の要求の本来の意味を理解したらしく、羞恥に満ちた表情で私に背を向け、長い髪を上げてうなじを見せた。
そこでようやく、私は彼女の人間離れした美貌の理由を知った。髪をかき上げた事で見えた尖った耳を見れば、大昔の小説や漫画に登場する森の妖精・エルフ………のような姿をした異星人と勘違いした者もいるだろう。しかしこの宇宙時代において「銀河系内に異星人はいない」という常識が私達の間にはあり、更に言うと彼女の真実を物語っていたのは、うなじに刻印のように刻まれたバーコード。
『読み取りました。商品名・スタンダードエルフ型セクサロイド・tf型。既に生産が終了したセクサロイドです』
シーユがバーコードを読み上げ、彼女が人間ではなく人間を模して作られた性行為用独身男性向けガイノイド………つまる所のセクサロイドである事を告げた。
セクサロイドと考えると全てが納得がいく。その、世間から是とされる
「違います!私はティファ、ティファ・ユグドラシルという名前があります!」
「何が名前だ、セクサロイドのくせに」
同時に、私は眼前の彼女に侮蔑の感情が湧いた。今となっては恥ずかしい話であるが、私はセクサロイドという存在を男性の欲望と自己愛と幼稚さ罪の結晶であるという、この時代の世間一般の常識と同じ認識で捉えていた。丁度、画面の前の君達が「ハーレムラノベ」だとか、この物語のような所謂「なろう系」と呼ばれる作品群に向ける感情によく似ているだろう。そういう目と心で彼女を見ていた。
だから私は、彼女………ティファ・ユグドラシルが私のひどく思いやりに欠けた一言に深く傷つき、悲しい顔をしても脳内で冷笑するのみだった。その反応と身ぶりは一体どこの小説や漫画から無断学習したんだ?と脳内で皮肉りながら。
「あの………人間さんのお名前は?」
「ふん、いくら僕でもセクサロイドに名乗る名はないよ」
『タクオ・サトー様です。ちなみに私はシーユ』
「おい!シーユ!!」
その時、勝手に名前を教えたシーユに文句を言うよりも早く、ティファはずいっ!と私に距離を詰めた。感情が彼女の両手を握らせ、牛のように膨らんだ乳房を寄せ上げ、水風船のように変形させた。私はその様子から目を離せなかったが、そんな女性に対して失礼な自分に脳内でビンタし、なんとかティファの潤んだ翠のような瞳に目を向けた。
「タクオさん、お願いです!私たちに力を貸してください!」
「力を貸す?私たち?」
いかにも古代の三流の創作物にありがちな物言い。何のイメージプレイだ?と出掛かった皮肉をのみ込んだのは、ティファの瞳があまりにも綺麗で、その全てが欺瞞に満ちた作り物だと分かっていてもこれ以上彼女に罵声を浴びせる気が引けたというのもある。だが一番の理由は彼女が私「たち」という複数形を使った事だ。
「ちょっと待って。私たちって事は、セクサロイドは他にもいるの?」
「はい。この島で集落を作って、皆で暮らしています」
「なんてこった!」
あまりの大発見に、僕は思わず天を仰いだ。セクサロイドというのは、男の女への醜い欲望と性欲のままに作られ、その存在を糾弾されて消された忌むべき負の遺産。つまり、この宇宙のどこを探しても歴史の記録以外ではどこにも存在しないし、作れない。それに対する嫌悪感は置いておいて、希少価値は絶滅動物のそれと同じだと私は捉えていたからだ。
そんな絶滅したハズのセクサロイドが、この忘れ去られた開拓惑星でひっそりと生き残っていた。それも一体ではなく、集落を作れるような数で。だから、そんな恐竜の生き残りを発見したかのような衝撃を受けた私は、自身が危機的状況にある事に気付かなかった。
『警告、こちらに向けて接近する物体があります』
シーユが珍しく言葉のトーンを強めて言った。何が来るのか私が問うより早く、私の身体は勢いよくポッドの外へと引っ張り出された。見れば、ティファが私の手を引き、ポッドの外へと連れ出していた。その目が不安と焦りで潤んでいたのを、今でも覚えている。
「何をするんだ!?」
「敵が来ました!早く逃げないと!」
「敵!?敵とは何だ?!」
こんな必死な様子のティファが丁寧に私の質問に答えてくれるとは思えなかったが、この星の事を海岸周囲の動物や植物の味しか知らなかった私はティファにすがるしかなかった。
その時、その直後。私が3日の間を自宅として過ごし、これからも過ごすハズだった脱出ポッドが閃光と爆音と共に爆ぜ、四散した。楽しみにしていた培養肉やクリア目前だったゲームのセーブデータ、そして生活の多くを依存していたシーユの本体とも言えるメモリーチップも炎の中に消えた。にも関わらず、その時の私はそれに対する嘆きも怒りも感じなかった。それ以上の驚愕が海の中からやってきたからだ。
「敵です!」
ティファが叫んだ。海が盛り上がり、巨大な影が波を掻き分けて浮上するのが見えた。その時海中に人魂のようにぼんやりと見えた光が、殺意を込めたその巨影の単眼である事に気付いた。
最初に会ったのがエルフ………型のセクサロイドだった事もあり、私はその巨影を見た時、今度はサイクロプスかオークでも出てくるのかと思った。しかし月明かりに照らされたその姿は異世界ファンタジーのモンスターと言うには程遠く、ミリタリーチックなオリーブ色の装甲と、機械を組み合わせた四肢に、動くたびに鳴るウィーンウィーンという起動音が、そのヒトガタがマシンである事を物語った。一番近いものを挙げるとすれば、旧時代のアニメに登場する日本一有名な量産機として有名なコロニー公国軍のあいつに似ていた。だが大きさ的には、日本にイレブンという蔑称をつけて支配した世界最強大国の保有する悪夢の名を冠する機動兵器に近いだろうか。
「ちょっと待て、なんでアレがここにある!?」
「知っているんですか?」
「知ってるに決まってるだろ!学校の授業でも習う、あれはタルカス、人類が最初に実戦投入したロボット兵器だよ!」
ティファに出会って間もなく異世界転生に見えていた光景は、SFロボットアニメへと変貌した訳だが、私はあれもこの時代に存在したもの………昔の宇宙戦争で使われた破壊兵器の一種である事を知っていた。
名を「タルカス」。今もバージョンアップが繰り返されて前線で活躍している人形ロボット兵器であり、機械巨人の実戦での有用性を証明し、最も多くの人間を殺した機種としてギネスブックにも載っている恐るべきロボット。それが、獲物を探す狩人がごとく、その死神の視線のような赤い単眼で周囲を見渡していた。
「こちらに気づいていない」
私がそう呟いたのは、ティファがあれを「敵」と認識している事と、明かりのついた脱出ポッドを狙って撃った事から奴の狙いはティファと私だという推理が理由。
それを考えると、私は愛する別荘が破壊される原因にもなったティファに文句の一つでも言っていただろうが、それはこの非常事態に於いては欠片すら浮かばなかった。なんせ見上げる程のロボットの巨兵が命を狙っているのだから。
「気づかれないウチにゆっくり離れよう」
「は、はい」
課題は多くあった。だがまずは、この鋼鉄の死神から逃げなければならない。そこで私はティファと共にゆっくりと気付かれないように奴から離れようと考えた。
しかし今思えば不思議なのは、この時点の私はセクサロイドに対して偏見と差別意識があったにも関わらず、ティファと共に助かろうとし、更には彼女を囮にしようという考えすら浮かばなかった事だ。単純にそうするだけの余裕が無かっただけとも言えるが、人間誰しもが持つ善意と正義が私にも僅かながらあったからだと、私の名誉のために弁明させて欲しい。
そんな私であったが、この時先ほどの発言の報いを受ける時が早速やってきた。タルカスは痺れを切らしたかのようにその手に握った
「伏せて!!」
ティファが叫ぶと同時に、タルカスはランチャーライフルを周囲を薙ぎ払うように掃射した。一発で重戦車を四散させる弾丸が撒き散らされ、島の木々は吹き飛び、大地は抉り、美しいビーチは地獄と化した。今思えば、闇雲に撃つ事で私とティファを殺し「スコア」にしようとしたのだろう。
燃え上がる森と焼けた大地を前に、地獄を作り出したタルカスは反転し、再び海中へと消えた。元より真空の宇宙空間で使う事を想定したタルカスは少しの加工で海でも使う事ができるのだ。
タルカスの操縦者はこれで私とティファを殺せたと思ったのだろう。その巨体は海に沈み、そのまま何処かへと泳いでいった。だが、それは大きな間違いである。私もティファも生きていた。
「タクオさん!タクオさん!!」
私の方は、飛び散った木片や岩に全身をズタズタにされた瀕死、いや今まさに死のうとしている状態であるが。
こんな状態になった理由は、ランチャーライフルが着弾する直前に私がティファを庇った事が理由。彼女に覆いかぶさり、飛来した石や木片の雨霰を浴びたというシンプルな原因だ。しかしただの人間の私がそんな事をした結果がこれだ。全身の骨は砕け、皮膚は破れ、尖った木片が内臓と筋肉を切り裂いていた。いや、あまりの痛さに覚えていないが、認識できるよりももっと酷い状態だったかも知れない。
「タクオさん………タクオさん………!!」
奇跡的に眼球は無事だったらしく、私は、私をその豊かな胸の中へと抱き上げるティファをよく見る事ができた。彫刻のような美しい顔は悲しみで歪み、こぼれ落ちる涙で潤んだ瞳は万華鏡のようにキラキラと輝いていた。
その時私は、何故自分がたかが
とどのつまり、私もまた男であった。それも愚かで頭の悪い男であった。相手が人形であるという事を頭では理解しながらも、美少女を守るために身を挺するという男の本能に勝てなかった。
しかし、悪い気はしなかった。たしかに相手はセクサロイドであるが、美少女の大きな乳房に抱かれて死ぬというのは男冥利に尽きるというものである。今の時代、世間一般常識に従いあの猿のような女達の寵愛を得ようとする男も、私のような諦めた男も、寂しく宇宙の寒さに震えて死んでゆくのが常。しかし、全男の夢である「死ぬ時はでっけえおっぱいに埋もれて死ぬ」を叶えた私は、大きな幸福と安らぎの中にあった。
私を見た他人は、君達がAI生成イラストにときめいた人間を咎めるように、私を作り物の乳房に騙された愚か者と嗤うだろう。だが、この幸福感の中にあってはそれすら逆に笑い返せる自信が私にはあった。
だから、私は気づかなかった。薄れゆく意識の中「ごめんなさい」と放たれたティファニアの声も、それが何を意味するのかも、何より………私の人生は、この時点ではまだ終わらないという事も。
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