第1話「タクオの災難」

 ………幾度かの宇宙戦争を挟みつつも、運良くアンドロメダの昆虫帝国にも、青肌の宇宙人率いる宇宙戦艦大艦隊にも、宇宙の平和を守る光の巨人にも見つかる事なく、地球から発生した知的生命体・地球人ホモ・サピエンスは道中にある資源や空間をゴキブリのように食い荒らしながら、ゴキブリのように宇宙中に広がった。それからまあまあな時が流れ、星間航行がちょっとした海外旅行並みの難易度に落ち着いた宇宙時代。

 人類はあるものを発明した。セクサロイドと呼ばれるそれは、所謂ガイノイドと呼ばれる女性型機械人形の一種であったが、一番の特徴はセックス………つまる所の性行為が行える点と、高度に発達した電子頭脳オート・インテリジェンスにより男の理想の女性を完璧にエミュレートできる所であった。

 何故このようなものが現れたかというと、ひとえに恋愛市場において男性が余りに余り、一方で価値を自覚した女性がそれを鼻にかけ、傲慢になっていった事に由来する。男は皆疲れ、女が安らぎも温もりもくれないならと、自分達で理想の女性を作り出したのだ。

 意外にもこれは社会によい結果を齎した。まず、恋愛ができない事による世間からの迫害により犯罪に走る男が激減し、更にセクサロイドという伴侶を得た事でより労働への意欲が高まり、治安と経済に対する効果を生み出した。このセクサロイドによる社会の安定であるが、悲しい事にたったの10年以下で終わりを告げる事になった。

 まず女性が怒った。次に世間が怒り、宗教が怒った。そして最後にAIを使用している事にオタクと呼ばれる人達の中での原理主義者が怒りを露わにした。恋愛市場で負け犬とされた男達が幸せになる事に対して不愉快な想いをする者は思ったよりも多く居たのだ。

 セクサロイドの製造と所有を禁止する国際法が施行されるまで時間はかからなかった。人間と機械の多くの夫婦が無理やり引き離され、妻はスクラップにされ、夫は性犯罪者と同列の扱いを受けて更生施設へと放り込まれた。それを拒み、セクサロイドと共に心中する者も多く居たが、世間はそれを人形にしがみついた惨めな弱者男性と罵倒し嘲笑した。

 程なくしてセクサロイドは、最初から存在していなかったかのように銀河から姿を消した。男達は再び世間からの冷笑と、謂れのない迫害に晒される事となり、自殺と犯罪は再び増加した。世間としては、そのような男は幸せになっておとなしくして貰うよりも、迫害の果てに爆発して犯罪者になり、世間のガス抜きのサンドバッグになってもらう方がよかったのだろう。

 この話が動き出すのはそれから、歴史上最後のセクサロイドが処分された日から何十年も過ぎたある日の事。

 

 

 ***

 


 この話を始める前に、私がどのような人間かを知ってもらう必要がある。私は名をタクオ・サトーと言う。地球の日本という国にルーツを持つ私は、背も低く気弱で容量も悪く、おまけに容姿もよろしくない、お世辞にも「男」と呼べるような人間ではなかった。

 そんなだから、住み込みの職場であったヘリウム採掘船ブルーオークにおいて、私は他の船員から馬鹿にされいじめられた。当然ながら彼女もいないし、結婚もできない。それでも私が退職しなかったのは、故郷に残してきた妹が大学に行く費用を稼ぐためだ。だが勘違いしないで欲しいのは、私は旧時代の少年漫画の主人公のような、長男の責務と責任に使命感を燃やす善人ではないという事。両親から見捨てられない為には、妹とより劣った出来の悪い兄としてはこうする他なかっただけの話だ。

 

 その日私は、今日も周囲からどやされながら一日の仕事を終え、先輩同僚から押し付けられた残業を片付けた後、全ての作業員に与えられる5時間の自由時間を楽しんでいた。

 その内、睡眠に使う4時間を除いた1時間の内、日中の食事の時間を差し引いた30分。銀河ネットワーク倫理監視機構の監視を逃れる事ができる5分を、私は軽い非合法な手段で手に入れた旧時代のアニメを観る事に決めていた。ジャンルは決まって美少女物。たまにロボット。

 学校でも、社会に出てからも自身の男性性を否定され続けた私にとって、これを観る時間こそ自然体の男でいられる瞬間だった。それに妄想の世界でなら、誰にも迷惑をかける事なく私は性欲を満たす事ができたし、世間はそれを馬鹿にして嗤うというある意味WIN-WINな関係を築けていた。

 して私の観るアニメの女は、現実の猿のような顔をした女とは違っていた。色んな顔をしていた。どれも愛らしく、そして美しかった。ルッキズムを理由に女達が美容や着飾る事をやめた事により統一されるまでは、このアニメのように色々な顔や体型の女が居たという。そんな話を思い出しながら呆けていると、突然船の緊急事態を知らせるサイレンが鳴った。普通なら鳴らないハズの、このブルーオーク号に深刻な危機が生じた際に流れるサイレンがけたたましく響いていた。

 

「一体どうした!?」

「エンジンが詰まった!治せない!もうすぐこの船は沈む!」

 

 末端は末端の底辺の船員であった私であるが、このままでは自分がヘリウムごと宇宙の藻屑になるであろう事は予想がついた。ので、そこからの行動は何度も読み返したマニュアルの通りに進めた。

 ブルーオーク号には、全ての宇宙船に搭載が義務付けられた緊急脱出ポッドがついていた。それに乗れば救助が来るまでの生存が可能であり、内蔵されているシステムを使えば畑の製造や食料の現地調達も可能という素晴らしい代物であった。

 ………ただ問題があるとすれば、脱出ポッドの定員は一つにつき一名までである事。ひとえにブルーオーク号の運営会社は末端の作業員はいくら死んでも代えがきくボールペンのような物だと思っていた事であろうか?当然、脱出ポッドは人数分用意されておらず、間もなく底辺作業員同士による奪い合いと殺し合いに発展した。

 

「どけ!お前は死ね!」

 

 人混みを死ぬ気でかき分け、空いたポッドに入ろうとした私を、いつも私をいじめていた大柄な作業員が突き飛ばした。その時、私の中で走馬灯のように、これまでの惨めな人生が流れてきた。


「俺には家族がいる!守るべき人がいる!なら、お前が代わりに死ぬのは当然だ!お前には妻も子供もいないだろ!」


 このまま終わるのか?親の顔色を伺い、差別をされても黙って耐え、報われない努力を繰り返した惨めな人生のまま、最後は宇宙の藻屑となって死ぬ。そう思った瞬間、それまで屍のように生きてきた私の身体に、嘘のような生命力が溢れかえるのを感じた。

 死にたくない、死んでたまるか、こんな惨めな人生はごめんだ。そう、全身の細胞が叫んでいた。

 

「何をする!?俺をポッドに乗せろ!」

「うるさい!お前が死ね!!」

「ふざけるな!俺には妻と子供が………」

「知らん!死ね!!」

 

 気がつけば私は、その大柄な作業員を逆に突き飛ばし、脱出ポッドの扉越しにそう叫んでいた。そいつは故郷に家族を残してきているとか、もうすぐ娘が生まれるとか、俺には守るべきものがあるとかそんな事を自慢げに話していたが、どうでもよかった。守るべきものがあるなら他人から恨まれるような生き方をするなと、私は窓を叩くそいつに心の中で毒づいた。


「ああ、ブルーオークが………」

 

 やがて、私を乗せた脱出ポッドがブルーオーク号から吐き出された。電磁加速によるカタパルトにより射出されたそれは、今まさに爆発しようとしているブルーオーク号からゆっくりと離れていった。何百人もの人間を搭載していた街のようなブルーオーク号は、外から見てみれば暗黒空間に浮かぶ小さな宇宙船のプラモデルのようにしか見えなかった。

 やがて、そのプラモデルのようなブルーオーク号は、幼少の頃叱責の一環として父親に壊された私の玩具のようにひしゃげ、積んでいたヘリウムに引火した事で火花が上がり、全身から火を噴きながら崩壊していった。


「ははは、はは………ああ、はあ、しんどい………疲れた」


 何年も過ごした場所が無くなり、置いてきたアニメの入った携帯端末も焼けてしまっただろうが、私にはどうでもよかった。あの地獄のような労働環境からしばしの間と言えども離れられた私には、一種の開放感と脱力感だけが残った。

 

『個人情報参照完了。私は当ポッドのサポートAI・シーユです。タクオ・サトー様、何かご要件はありますか?』

 

 するとポッドに搭載されたスピーカーから無機質な男性の機械音声が問いかけてきた。食料はどうするのかとか、助けはいつ来るのとか、聞きたい事はいくつもあったが、私はとにかく疲れていた。それまでの労働の緊張感と疲れが、どっと襲いかかってくるようだった。

 

「酷く疲れたんだ、しばらく眠りたい。波の音を聞かせてくれ」

『かしこまりました』

 

 やがて、スピーカーからザザーンザザーンという海の波の音が聞こえてきて、地球で生まれた全ての生命の根源から安心させるという母なる地球の胎たる海の音色を聴きながら、私は無重力に漂ったまま、胎児のように丸くなって目を閉じた。

 間もなく意識は暗闇の中へと落ちてゆき、それまでを取り返すかのように私は眠った。深く、深く………。

 

 

 ***

 

 

 よほど深く長く眠ったのだろうか、私は夢すら見なかった。久々にぐっすり眠った事もあり、気持ちの良い目覚めは脳に心地よさすら齎した。の、だが。

 

「………重力がある?」

 

 すぐに私は違和感に気付いた。無重力で漂って眠ったハズの私の身体は、脱出ポッド内の四畳半ほどの柔らかい床に寝転がっていた。そこには私を床に押しつける重力があった。

 

『おはようございます、タクオ・サトー様』

「シーユ、何故重力がある。僕は宇宙空間を漂流していたんじゃないのか?」

『あなたが眠っている間に、当ポッドは惑星X9500へ着陸いたしました。ご安心ください、開拓惑星の一つで水も空気もございます』

「大気圏に突入したのか!?何故起こしてくれなかった!?」

『重力に捕まった時点で何度も起こしました。しかしあなたの眠りはあまりに深く、大気圏に突入しても眠り続けていました』

 

 我ながらあまりにもの眠りっぷりに頭を抱えながらも、私はポッドの外から聞こえるザザーンザザーンという波の音と、窓から差し込む自然光に気付く。

 まさか?と思いのぞき込んでみると、そこに広がっていたのは青い空と海に砂浜という、学校の歴史の授業や地球のセレブのニュースでしか見たことがないような光景であった。もし、私が単なる休暇の身であれば考えなしに飛び出して遊んだであろうが、残念ながら今の私は救助を待つ身であり、もっと言うと無駄に水分や体力の消耗が許されない身でもある。


 ………まず当然であるがいくら太陽が理想の位置にあり重力が1G相当あろうと、水と大気が無ければ人類は生存できない。そこで、宇宙空間で回収した氷塊と、植物と生物に各種バクテリアといった「惑星テラフォーミングスターターセット」とでも言うべき一式を惑星に散布し、しばらく面倒を見てやれば人が住める惑星が完成する。それが開拓惑星だ。

 最初に開拓した太陽系第四惑星・火星は何十何百年という時間をかけて人類の住める環境にしたらしいが、現在の科学では10年もかからない。ので、見境なしにいくつも開拓しては放置して忘れる。おそらくこの、惑星X9500と呼ばれる星もそんな"一応開拓しといた"と言われる星の一つなのだろう。私以外の人間が見当たらないのが何よりの証拠。

 もっと言うと、今は太陽も人工のものを用意すればよく、1Gの天体も人工のものを作る技術が完成しつつある為、そんな「とりあえず惑星」はこれからも増えてゆくだろう。

 

「それかリゾート地にするために開拓したはいいが、立地的に集客は厳しく、計画は立ち消えて………って所か」

 

 私はこのX9500のリゾート地のようなトロピカルな光景を前にそんな事を考えた。たしかに見た感じは常夏の観光地のような場所ではあるが、もっとも、ここにはホテルも浮き輪も朝食もない。ついでに言うと命の保証もあるか怪しいが。

 

『まずは食料の確保に向かいましょう』

 

 シーユが提案した。ポッド内には予備の食料や食肉の培養器、野菜の種もあった。しかし食料はいつか尽きるし、培養は今すぐには無理だし、砂浜で畑ができない事は私も知っていた。いずれは、狩りや農業をして食料を得る必要があるのは嫌でもわかる。

 

『やる事は山のようにありますが、まずは食料です。軽い採取や釣り程度で構いません。まずはこの星の味に慣れましょう』

「この星にいる生き物って食べられるの?」

『この星の生物のリストです』

 

 シーユがポッド内のタブレットに表示した惑星X9500の原生生物のリストを流しで見たが、そこには地球に普通に生息している鹿やイノシシ等の生物がずらりと並んでいた。地球とは僅かに違う環境での進化が進んだのか僅かな相違点こそあったが、宇宙生物と聞いて想像するような異形のクリーチャーのようなものは、いないわけではないが海にしかないようだった。多くは常識的な外見をした、いわゆる「動物」と呼べるものばかりであった。口に入れる事への嫌悪感は無いように感じた。


「まるで地球だ、地球人が開拓したから当然だけど」


 話は変わるが、私は幼少の頃多くのアジア系の男子がそうであったように、邪悪な侵略者や怪獣から人々を守る光の巨人の登場する特撮ドラマに夢中になったものだ。だがこうして見ると、自分達に都合のよい生態系と環境を見境なく広げてゆく人類こそ「退屈持て余して蔓延る宇宙人エイリアン」でないかとも思えてくる。

 もはや、何かの間違いと奇跡が重なって彼らと我々が宇宙で出会ったとしても、差し伸べる手は友好の握手ではなく、十字に構えた腕だろう。そう思うと、自虐と自己嫌悪が胸に広がるのを感じた。

 

『まずは釣りをしてはどうでしょう。釣り竿はポッド内にあります』

「………そうするよ」

『どうかしましたか?タクオ様』

「こっちの問題だよ、気にしないで」

 

 しかし、そんな事を考えても仕方がない。私は頭に芽生えた自虐史観を振り払い、眼前の生命の危機に対処するためにポッドから出た。靴越しに感じる砂浜の感覚も、波の音色も、何もかもが地球のそれと同じ。ただ、地球のそれより出力が弱いのを二つ浮かぶ事でカバーしている太陽だけが、ここが異星であると私に突きつけていた。

 広義に言えば今の私の身の上は「遭難」と言っても差し支えない。が、叶わぬ夢としてセレブのような夏の海でのバカンスを所望していた私は、この状況に対して愚かにも一種のワクワクを感じていた。

 

「さあて………何をしようか」

『タクオ様、まずは生活環境の確保です』

「わかってるよ」

 

 それを、生き残る方法の模索ではなく何をして遊ぼうかという意味で発したと気づいた時、私は自分でも自分が愚かに思えた。頭上にはそんな私に呆れるかのように、この惑星の植物に光合成による酸素の発生を促す二つの恒星が、ジリジリサンサンと輝いていた。だから私は、自身を島の木陰から見つめる瞳に気づかなかった。

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