第一部 蒼空の果て 第二章
1
巨大な金属板が連なる外壁は、かつてミリタリープラントとして稼働していた面影を色濃く残している。建て付けの悪い窓枠が、風が吹くたびに小刻みに軋み、揺れる。
蒼たちを乗せたジープが、その横に続く砂利道を小石を踏み鳴らして進む。廃プラントの裏手からシャッターをくぐり抜け、停車した。
間を置かず、錆びついた鉄扉が重々しく反響して開いた。
「遅い! さっさとしなさい」
「すみません! でも、怒ったルースさんも最高です!」
静寂を破って現れた長身の美女。なびく金髪、細身のレザーパンツに沿うしなやかな脚線、腰のホルスター。ヒールの音を響かせ、颯爽と歩く姿は、まるで映画のワンシーンだ。
その背に続く少年・カナタは、散らばったデジタルシートを慌ててかき集める。ルースは間髪入れずに「バカ!」と怒鳴ったものの、彼は嬉しそうにニヤけたままだった。
ジープの後部座席から、まず蒼が降りる。続いて透流、龍道、最後に至がドアを閉めた。
「爆撃の件、確認できたわ。攻撃元はプレトリアで間違いない」ルースの発言に、至は軽く頷き、「中で話そう」と促した。
屋内に足を踏み入れると、外観の廃墟感とは異なる光景が広がっていた。吹き抜けの大空間に、補強された梁が縦横に走る。プラントだった頃の構造を活かし、実用性を重視した改修が施されている。照明はLEDランプを取り付けた簡素なものだが、要所にのみ光が落ちる設計がされており、空間に一定のリズムを与えていた。
壁際には調査用の機材や端末が整然と並び、中央には大きなテーブルと簡易チェア。その上に埃だらけのディスクや書類の束が乱雑に置かれている。奥には、輸送用コンテナを転用した個室が並び、小さなカフェスペースも設けてあった。
龍道が感心した様子で、空間全体を見上げる。
「へえ。至の割にイケてんな」
ルースが思わず噴き出した。
「だって、私プロデュースだもの」
「さすがです!」とカナタが即座に乗っかり、ルースは満足げに鼻を鳴らす。
龍道は「へいへい」と適当に流すと、真剣な表情に切り替えた。
「俺も、お前ら
迷いのない声色に、全員が彼を見る。龍道は至の返事を催促するように、わずかに顎を上げた。
「今日の爆撃で思い知った。目の前の平穏だけ守ってても、根っこからどうにかしなきゃ何も変わらねえ」
至は落ち着いた面持ちで返す。
「俺たちの理念は、ひとりひとりが選択できる未来を作ることだ。抑圧されることなく、な」
「だったら話は早えな。俺にできること、やらせてもらうわ」
「お前が加わってくれるなら、心強い」
その隣でルースは腕を組み、口の片端を上げる。
「おめでとう。これで正式に反乱分子の仲間入りね」
彼女の言い回しに、至は眉をひそめる。
「その呼び方、やめてくれ。別に破壊目的じゃない」
「でも、天空のお偉い方からしたら、同じよ」
「俺たちは仕組みを作り直すために動いている。目指すのは社会改革だ」
言い切る至に、ルースが発破をかける。
「なら、結果で語るしかないわね。頑張りましょう、リーダー」
その時、外から低いエンジン音が聞こえた。蒼は、音の振動パターンと周波数を脳内で解析する。
「
閉じかけたシャッターの隙間から、突風とともに飛行型バイクが滑り込み、砂埃が舞う。流線型の滑らかな車体が鋭く旋回して停まった。
黒い〈ダグ〉に跨る男は無造作にヘルメットを外す。暗紫の髪が風に泳ぎ、金の瞳が無言で辺りを見渡す。鋭い眼差しに、空気が引き締まる。
「遅くなった」
低く落ち着いた声で言葉を発する。場が、彼の纏う張り詰めた雰囲気に飲まれた。
静けさを、カナタの活気ある声が破く。
「会議の準備、できました!」
至が声のする方へ足を踏み出すと、全員がそれにならった。
2
大空間の奥、荷物用スロープの脇に地下へと続く入口がある。コンクリートの階段を降り切ると、そこは全体がミーティングルーム仕様になっていた。
照明は最低限のものしかなく、コンクリートの壁にはケーブルが、無機質に張り巡らされていた。中央には巨大なホログラム装置、それを囲む円形のテーブルには小さなモニターが点在する。
それぞれ適当な席に座ったと同時に「じゃあ、始めるぞ」と至が声を発する。
瀬司が口火を切った。
「まず、結論から言う。今回の攻撃対象はプレトリアへの侵入者、手段は巡航ミサイルだ」
「解析画像、出すわね」
ルースがホログラム装置に、爆撃前後のマーケットの航空写真を映す。続けて、ミサイルの軌道を示す動画を流し、瀬司に目配せした。
彼は再び話し出す。
「深夜、要塞中央施設に侵入した者がいたらしい。その人物が、マーケットに逃げ込んでいたと推測されている」
「みんな巻き込まれたってこと?」蒼が確認する。
「そういうことだな。目標を見失った結果、マーケットごと吹き飛ばしてしまった、と言えるだろう」瀬司は端末を閉じ、総括した。
「すぐにプレトリアに攻め込むべきだろう?」
気配を消すかのごとく無言を貫いていた透流が、机を軽く叩いて発言した。鋭い視線が至を捉える。苛立ちが滲んだ声。ルースが片眉を上げ、「そんな簡単な話じゃないでしょう」と呆れたトーンでたしなめるが、透流は怯まず睨みつける。
至はため息をつき、冷静に諭す。
「お前の気持ちは分かる。でも今、俺たちが正面から戦ったところで勝機はない」
「だったら、このまま黙って見過ごすのか?」
沈黙が落ちる。
それを破ったのは、蒼だった。
「熱くなるのもいいけどさ。これ、プレトリア側も相当焦ってたんじゃない?」
全員が注目していることを気にもかけず、蒼はモニターに映るマーケットの爆撃跡を指でなぞった。至は顎に手を当て、手元のモニターを見据えて推測を述べた。
「侵入者の身元も正確な位置も、掴みきれていなかった可能性はあるな」
「そうね。プレトリア独断の報復と見て間違いないわ」ルースが続けて考察する。
「だろうな。通常はインペリウムの本部司令下でないと、大規模攻撃措置は取らないはずだ。しかも、基本的には宣戦布告してから攻撃する」
瀬司が、頭に疑問符を貼り付けたカナタに向けて補足した。
龍道が納得して言う。
「軍事要塞が敷地どころか、施設内まで侵入されたのがマジなら大失態よな」
「侵入者の身元も気にはなるが……まずは救助と復旧を最優先しよう」
感心して一連の流れを聞いていた龍道は、至の提案で我に返る。
「ああ、助かる。朝イチで、うちの連中にも説明したい」
透流はまだ不満そうに唇を噛み、テーブルに視線を落としていた。
「トラクターの整備、終わったぞ!」
陽気な声とともに階段から、ジェラードが覗き込んだ。丸メガネを押し上げ、無精ひげの口元に笑みを浮かべる。
「俺も会議、混ざったほうがいいか?」
「いいタイミングだ」至が手招きする。「明日以降の段取りを確認しておきたい」
ジェラードが会議の輪に加わり、マーケットの復旧に向けた議論は、深夜、地下の空気が冷え切る頃まで続いた。
「トラクターの台数も限られてるから、ブロック分けしてやるしかねえな」
龍道がデジタルシートに表示されたマーケットのエリア図を色分けしていく。
「ま、ひとつずつ地道にやってこうや」ジェラードが丸メガネを押し上げながら笑い、椅子に深く腰を下ろす。飄々とした表情を崩さないまま、細かく工程の整理を続けた。
黙々と作業するルースの隣で、カナタは自身の経験が及ばない展開に、何かを言いかけては飲み込んでいた。その向こう、複数のデータを比較して思案する瀬司に、透流は耳打ちし、彼が頷くのを確認すると、ひと足先に部屋を後にした。
至と蒼は爆撃データを見返し、ホログラムに映る崩落した屋根を眺めていた。
「壊れるのは一瞬だな」
至の無力さが漂う声色に、蒼は目を伏せた。
龍道にとっては生まれ育った街で、Valkにとっても長く関わってきた場所だ。それを思えば、掛けるべき言葉が見つからなかった。
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