廃遊園地 下
2週間後に再会した優衣ちゃんは、またもや別人になっていた。
窪んでいた目はぱっちり輝いていおり、骨が浮き出ていた頬は丸みがある。今度は茶髪も綺麗に染めてあるし、ソファに座っている姿勢にも力が入っていた。
良かった、どうやら体調は良好みたい。
「体は大丈夫?優衣ちゃん」
「はい、鬼無里さん。あれからは3食ばっちり食べれてます。
せっかく痩せてのに、今度は反動で太りそう」
そう言って苦笑する優衣ちゃんは、今度こそ年相応のJKに見えた。若さが眩しい。
……いや、私もまだ若いけどね。まだ26歳だからね。
私が勝手に苦虫を嚙み潰している隣で、我が所長は頬を緩ませている。
春日井さんの時とは違い、今度は解決に貢献できたのが嬉しいらしい。まあ、そこは私も同じである。
静岡県
そこが私たちの住居であり、ハヤミネ怪現象相談所の事務所だ。
2LDKと女2人で住むには十分過ぎるほど広いので、事務所としても問題なく活用できる。
盲目の流河のために手すり等のバリアフリー設備が備わった一室は、4年前に相談所を立ち上げた際、彼女の師匠が手向けとして豪勢にプレゼントしてくれたものだ。
その事務所の客間に、優衣ちゃんと松嶋夫人がやって来た。
あの日以降優衣ちゃんは徐々に回復し、今では問題なく動けるようになったので、改めてお礼に来てくれたのだ。
「それにしても、本当に怪異とか、霊能力者の方っているんですね。
今でもビビってます!
あー悔しい。せっかくなら、もっと見ておけば良かった。あのミミズみたいな奴」
テンション高めな娘を、ご夫人は呆れ顔で眺める。死にかけていたというのに、喉元過ぎれば現金なもんだ。
まあ、この年頃なら
「そうだ。お聞きしたかったんですけど。
あの日私がお粥を爆食い出来たのも、早峰先生のお力なんですか?
それまでは少しも食欲なかったのに、なんかその精神操作的な?」
「先生はやめてください、それほどの者ではありません。
…………ええと、それについてはですね……」
流河は困り顔で声を詰まらす。
うーん。喋んなきゃいけないかな、アレ。
「ごめんね優衣ちゃん。それについては、謝んないといけないの。
あの時食べたお粥にはちょっと仕掛けがあってさ。『あるもの』を混ぜてあったんだよね。
黙っててほんと申し訳ないんだけど」
横から口を挟んだ私に、親子は揃って首を傾げる。こうすると、すらりと高い鼻周りなど、顔立ちがよく似ているのがわかった。
「……灰です」
「はい?」
「はい、灰です。正確に言うと、私の髪の毛を燃やした灰です」
気色悪いことをしてスミマセン、と渋面で頭を下げる流河。
そう、あの日のお粥──正確には優衣ちゃんのお椀には、こっそり私が灰を混ぜていたのだ。
私たちは仕事の際、使えそうな『道具』をいくつか携帯している。この灰もその一つ。
作り方は簡単。流河の髪をちょっぴり切り取って、細かく刻んだ後にじっくり燃やし尽くしてペットボトルに入れるだけ。
ごく少量だったので気づかれないと思っていたのだが、結局バレてしまったか。でも仕方がない。
「不快にさせてしまったこと、お詫びいたします。
でも、これが一番効率が良いんです。あの手の穢れに形を与えるには」
『満腹大作戦』の段取りは二つ。
まずは穢れに大量に糧を与え、形のないソレを実体化させる。
その後、実体化した穢れを物理的に摘出──つまり吐き出させる。
穢れに糧を取り込ませるのを効率よく促進させるため、媒介として自身の体の一部を用いる。
優衣ちゃんが爆食いしたのは、彼女の中の穢れが急速に糧を得ようと、宿主を急かしたのだ。
そもそも彼女の食欲不振は、元を言えば体内の『異物』にこれ以上糧を与えないよう、優衣ちゃんの本能が無意識に食事を避けさせていたのだ。
そのせいで自身も栄養失調になっていたのだから、生物の本能とは因果なものである。
「はあ?髪!?生理的に無理なんですけど!」などとキレられると予想していたが、意外なことに優衣ちゃんは両手を合わせて目を輝かせた。
「なるほど!そういうのもあるんですねぇ……、面白いです!」
……案外図太いなあ、この
「あの、そういう事ですと。
もしもお二人に診て貰わなかった場合、優衣はそのまま自分で拒食を続けてしまっていたのでしょうか」
そこで、ご夫人が眉を顰めて質問した。流河も、厳粛な口調で応じる。
「そうなっていた可能性が高いですね。
以前にもお伝えしましたが、あれは怪異の本体ではなく、それが撒き散らした菌のようなもの。
拒食を続けるうちに耐えきれず消滅したかもしれませんが、自分から宿主の外へ出ていくことはなかった筈です。
──何年経っても、何十年経っても」
「優衣さんは『子供』と接触した直後、恐怖のあまり失神してしまったとのことでしたが、それは本当に運が良かった。
仮に長時間ソレを認識してしまっていたら、霊障はこの程度では済まなかったかもしれません」
客間に、暫し沈黙が落ちる。
その場にいた誰もが、『もしも』を想像したのだろう。
優衣ちゃんは紅潮していた頬を一気に顔を青ざめさせ、グッと下唇を噛み締めた。
「…………私は、運が良かったんですね。本当に」
ぽつり、と優衣ちゃんが言葉を漏らした。自分がどれだけ危うい状況にいたのか、改めて実感したらしい。
今更になって自分が不運の事故に巻き込まれたのではなく、幸運の下に助かったことを痛感している。
だけど、そこじゃあない。
キミは運が良い。
本当に、本当に運が良い。
そのことに、まだ気がついていないのか。
おもむろに私は立ち上がり、優衣ちゃんの目をまっすぐ見つめる。
訝しむ優衣ちゃんを他所に、私は右手の人差し指を立てた。
「優衣ちゃん、キミが本当に運が良かったのは、そこじゃないよ。
まず、廃墟探索なんか危ない趣味してて、これまで無事だったのが超ラッキーだよ。
世の中は怪異なんかより、ヤバい人間の方が圧倒的に多いんだから。エンカウントしてたのが怪異じゃなく半グレとかだったらどうしてたのさ。
そしたら流河でも助けられない、拒食症よりもっと酷い目に合ってたかもよ?」
「……いや、その。…………その通りです」
彼女はバツが悪そうに俯いた。
自分でもそのリスクは理解していたのだろう、これで懲りてくれれば良いのだが。
それから、私は続けて中指を立てた。
「でもね、そんな事より、もっと超絶スーパーハイパーラッキーだったことがある。
お父さんと、お母さんだよ」
「……え?それは、どういう?」
「娘が勝手に馬鹿やって危険な目に遭って、それでも全力で助けようとしてくれる。そんな最高に素敵な親御さんがいる。
こんなに幸運なこと、人生で他にないよ」
「……」
優衣ちゃんは言葉を失い、それからゆっくりと首を動かし、横にいる母親に顔を向けた。
母親もまた、照れくさそうに微笑んで、娘と視線を絡めた。
親子はそのまま、言葉を発することなく見つめ合う。
私は空気を読まずテーブルに身を乗り出し、右手のピースサインを対面の座った不良娘の頬にグリグリ押し付ける。
「ってわけで、反省したらもう家族に心配かけるの禁止!
あと、言葉遣いも気をつけること!親に馬鹿とか言っちゃダメ!返事は!?」
相棒が隣でくつくつ笑い声を漏らす。
ご夫人はますます照れくさそうに、顔をくしゃっと歪ませた。
そして、優衣ちゃんは。
「………………………………はい」
その目から涙がぽろりと落ちて、私の指を濡らした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます