廃遊園地 上

「初めまして、優衣ゆいちゃん。

 私は鬼無里きなさって言います。よろしくね」

「所長の早峰はやみねです。こんにちは、優衣さん」

「…………………はあ、どうも」


 お母さんに連れられリビングにやってきた優衣ちゃんは、写真で見る印象とは別人だった。

 友人のSNSにアップされていた写真では「勝気な目つきの少女」というイメージだったが、眼前の彼女にその面影はない。


 目はどんより窪んで、頬は痩せてこけていてガイコツのようだ。

 綺麗に染めていた茶髪は色が抜けてプリン状になっている。わざとではなく手入れされていないのだろう。

 水色の服はパジャマだろうが、フラフラとした足取りも相まって病院服さながらである。


 彼女は力のない声で挨拶すると、こちらと目も合わせず、ご両親に挟まれるようにして、私たちの向かいのソファに腰掛けた。

 座るというより、もはや半分倒れ込むような体勢である。


 うーむ、想像よりも酷い状態だ。

 事件からまだ3週間ということだが、優衣ちゃんは随分消耗している。

 私は左隣の席に座る流河の右手の小指を軽くつまんでサインを送る。流河は「了解です」と小指を折って合図した。





 「娘を助けて欲しい」と松嶋まつしま家のご夫妻が我らがハヤミネ怪現象相談所の門を叩いたのは、つい一昨日のことである。

 なんでも、反抗期真っ盛りの娘が廃墟探索でに出遭ってきり、食事が摂れないのだという。


 最初の数日は食欲不振気味な程度であり、もともと朝食や夕食を要らないという日も多かったので、ご両親も気にしていなかった。

 そのうち、家でまともに食事を取らなくなり、顔も随分やつれてきた。学校でも昼食を殆ど食べてなかったらしい。

 本人は「夏バテで食べる気がしない」とだけ返したそうだが、普通ではないのは明らかだった。


 2週間もすると体力がなくなり、外出することも出来なくなった。

 この頃には食パン1枚食べるのも苦になり、うどんのような食べやすい料理を、日に一度流し込むことがせいぜいになってしまう。

 病院に連れて行っても体にはこれといって異常が見つからず、心的な要因ではないかと診断されたとのことだ。


 何処の病院に連れて行っても、この拒食症の原因がわからず、松嶋ご夫妻は焦った。

 このままでは娘がどうなってしまうのか。

 現在は流動食を摂り、病院で点滴を打ってもらうことで何とか凌いでいる。しかし、この状況が続けばいずれは栄養失調で立つことも出来なくなる。

 最期は寝たきりどころか、『最悪の結果』が待っているかもしれない。



 そんな時、ご夫人が友人から妙な噂話を聞いた。

 ご友人が懇意にしている化粧品店の店員が、幽霊に悩まされた末に霊能力者に頼ったというエピソードである。

 

 医者でも駄目なら、マトモなやり方では娘は救えないかもしれない。

 藁にも縋る気持ちで、ご夫人はその化粧品の店員──つまり春日井さんを訪ねたのである。

 その後、春日井さんの紹介で松嶋ご夫妻は当社に連絡を取り、私と流河は松嶋邸にご招待されたという訳だ。





 いやはや、本当に世の中は狭い。

 たった一ヶ月で、お客様が別のお客様に繋がるとは。

 ウチみたいなSNSでマトモな広告も打てないような組織からすれば、人脈ほど有難いものはない。

 もちろん、この場合は松嶋家にとっても有難いものだろう。インチキや詐欺の類じゃない、にいきなりヒット出来たのだから。


「どうでしょう、早峰先生。娘を治してただけないでしょうか」


 ご夫人は両手を腰の前で綺麗に組んで、我々を見つめてきた。

 軽いウェーブの入った黒髪の小柄な女性で、対称的にご主人は大柄なメガネを掛けた男性だ。

 お二人ともこれまでの人生で積んで来た経験と心労が滲み出たように、顔の皺が深い。その表情は我々に対する疑念と、切実な願いに満ちている。


「治せる訳ないじゃん。

 こんな奴らまで呼んじゃって、母さんも父さんも馬鹿過ぎでしょ」


 と、ここで優衣ちゃんが口を開いた。

 倦怠感と軽蔑がたっぷり籠った口調で。


「ホラー映画じゃあるまいし、そんな都合よく霊能力者なんか居る訳ないじゃん。

 コイツらはインチキ。適当にそれっぽいことされて、大金巻き上げられて終わりだよ。

 その母さんの知り合いの知り合いって人も騙されたか、グルになってんの。そんな簡単なコトもわかんない訳?」


 すぐに「おい、失礼だろ」とご主人が嗜めるが、優衣ちゃんは気にも留めない。変わらず目も合わせないまま、リビングの天井をつまらなそうに眺めている。

 ……想像はしていたが、ドライというか冷めた性格の子だ。

 自分の身が危ないというのに、衰弱しながらもこうも吠えられると、怒りどころか感心が湧いてくる。


 とはいえ、彼女の発言はもっともだ。私も逆の立場だったなら、絶対に信用しない。

 ご両親も口コミだけで私たちを信じ切っているわけでは無さそうだが、彼女の方がよっぽど強く私たちを警戒しているようだ。


 



 などと考えているうちに、相棒は返事をしていた。

 

「はい、治せると思います。可能であれば今日にでも。

 春日井さんの時とは違い、今度はお役に立てそうです」


 えっ。


「「……え?」」


 あまりにアッサリした回答に、松嶋ご夫妻はかえってより懐疑的な視線を向けてきた。

 おいおいおい、大丈夫かよ。

 私は顔に微笑を貼り付けたまま、内心冷や汗をかく。


「……テキトー言い過ぎでしょ。乗せられるとでも思ってんの?」


 ソファにもたれたまま、優衣ちゃんは初めて目線をこちらに向けてきた。目を細め、横目で睨みつけてくる。


「いえ、治せそうですよ。

 貴方の容体は確かに深刻です。でも、同じようなケースは以前に経験したことがあります。

 ウチは除霊は専門外なのですが、その時と同じが使えそうです」


 流河は澱みなく答える。


「対面して確信しましたが、今の優衣さんの体には、廃遊園地で見たというモノが混じっています。

 それを体から追い出せば、拒食症は解決するでしょう」


 遊園地という単語が出た時、優衣ちゃんの体が震える。その夜の経験は、彼女の脳裏に刻まれているらしい。

 続く言葉を聞いて、優衣ちゃんの顔に更なる緊張が走った


「……ただし。そのためには優衣さん、貴方の協力が必要です。

 それも、相当に体を張って貰わなければなりません」


 そして、それ以上に大きな反応を見せたのは、ご両親の方だった。


「──ちょっと待ってください!

 貴方たち、娘に何をさせる気なんですか!」


 ご夫人はソファから立ち上がり、声を大きく荒げた。

 ご主人は声こそ出さないものの、眉間に皺を寄せ、膝の上で石のような拳を握り固めている。

 優衣ちゃんは、母親の怒声に呆気に取られて瞠目した。

 目の見えない流河も、その剣幕を感じて押し黙る。


 見たところ、お二人とも年齢は50歳前後か。女子高生の親世代にしては、やや歳上のご様子だ。

 歳を取ってから出来た子供なのかな。例え不良娘でも、親にとっては大切な一人娘である。可愛くてしかないのだろう──少なくとも、世間一般では。

 多分、きっと、そうなるはずだったのだ。

 違う、余計なことを考えるな。


「大丈夫ですよ。

 大事な娘さんの身を危険に晒すようなこと、ウチはしませんから」


 私は、ご夫人の目をまっすぐに見つめて、言葉を返した。

 経験上、お客様から信用を得るには正面から応える他はない。私たちのような生業は、特にそうだ。

 

「体を張って貰うって、あの作戦でしょ?

 確かに頑張って貰わないとね……ご両親にも協力していただかないとだし、キッチンもお借りしないと」

「……キッチン、ですか?作戦?」


 松嶋家の面々に、困惑の色が浮かぶ。

 体から追い出すという部分で、私も察しがついた。

 これまでも何度かやっている手法だ、今回も通用すると流河は判断したのだろう。

 つまり、今回やることは──。



「はい。『満腹大作戦』です」





















 



 

 

 



 



 


 

 

 









 






 





 

 



 

 


 



 








 

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