第44話 モンスターの思惑、三つ子の願い

「いや、嫌われてなかったと思うけど……」


 思い出してみると、サラはずっと俺の後をついて来てたし嫌われてはいなかった。

 俺は自信を持って言う。


「そりゃ、お前はな……」

 サブローくんが呆れている。


「明日、サラとダンジョンに行くんだろ? シロウも、ギルドに帰ってしっかり休めよ」

「なんで知って……! いつから俺とサラの話を聞いてたんだよっ?」

 聞かれて困る話じゃないけど、筒抜けなのな。


 俺はサブローくんに言われた通り早く休む為に、実家を出てギルドに向かう。


 観光客で賑わっていた小道は夜も更けて少し落ち着いているが、客層が変わっただけで人出はまだ多い。


 ちょうど食堂を見渡せる橋の上にミカとユミがいた。


 なんで今、ここに?


 ダンジョンから戻って来た時のアカネの様子や、さっきのサラの反応から、ミカとユミとサラの間で衝突があった事は分かる。


『じゃあ! 本当のユカは何処に居るんですか!?』


 ユミの怒りはまだサラに向いているんだろう。

 でも、今ココにいるって事は、言い過ぎたから謝りに来たのかも知れない。

 まあ、言い足りなくて殴り込みに来たのかもしれないが……。


 俺は2人に声をかけるか迷った。

 けど、サラは寝てるし明日はダンジョンに行く。

 朝まで寝かせていたいと思って2人にサラが寝てる事を伝えようと思った。

 ——他に、気になる事もあったが。


「シロウ先輩……」

 ミカが俺に気づく。

 ユミがビクッと身体を震わせて俺を見る。


 ダンジョン内で怒っていた時とは違う、何かに怯えたような表情で、いつもの内気なユミのようだった。


「ここにいるって事はサラに会いに来たんだろ? でも、サラはもう寝てるよ」

 俺が言うと2人はホッとしたようだった。


「……さっき、サラ先輩に酷い事を言ってしまったから、謝ろうと思ったんです……」

 ミカが言う。


「そうか……」

 多分、言ったのはユミの方なんだろうな。

 ユミは落ち着いてはいるけど、まだ謝る事には納得してない気がする。


「サラはそんなに弱くないから、急いで謝らなくても大丈夫だ」

「分かってます」

 ミカから思いがけない強い肯定が返ってくる。


「……サラ先輩は強いから……、私の言葉で……無理して欲しくなくて……」

 ユミが弱々しく話してくれた。


 明日ダンジョンに行くと言った時のサラの真剣な目を思い出す。

 どんな事をしてでも探し出すって決意の目だったなぁ。


 しかし、どうやって探すんだ?


 モンスターの一体一体に本物のユカが入ってないかしらみ潰しに探す?

 現実的じゃないな。


 ダンジョンに行くって言い出した俺が無策なんだからしょうがない。

 なんとなく、ダンジョンに行けば手掛かりがある気がしたんだ。

 ユカの身体を乗っ取ってるモンスターの手がかりが……。


「なあ、ミカとユミは、ユカの事をどう思ってるんだ?」

 俺はずっと気になっていた事を聞いた。


 ユミがまた身体を震わせた。

 ミカも黙っている。


 3年間も実の妹になりすましていたモンスターへの感情は複雑なようだった。


 たぶん、嫌いきれていない。


 良かったな。

 俺はモンスターに心の中で話しかけていた。


「……分からないんです。あの子はずっとユカちゃんだったから、モンスターだなんて思えない……、でも、本物のユカちゃんは別にいて……」

 ユミが搾り出すように言う。


「私が……、私が気づかなきゃいけなかったのに! 本物のユカちゃんじゃないって、3年も気づけなかった!!」

「ユミちゃん!」

 感情を吐き出して泣き出したユミにミカが寄り添うように肩を抱く。

 そのミカも泣いている。


 よく見れば2人の瞼はこれ以上無いくらい腫れていた。

 この二日でどれ程の涙を流したんだろう。


 華やかな温泉街の小道で泣いている2人に気づく観光客も居たが、大多数が夜景に気を取られて通り過ぎて行く。


「行こう、送るよ」

 俺が言うと、ミカとユミは小さく頷いて歩き出した。


 サラに対する怒りも本当なんだと思う。

 妹を奪った理不尽な世界への怒りもある。


 ただ、それ以上に、自分がユカをな守れなかったって、自分への怒りと後悔があるんだ。


 俺は少し迷ったが、歩きながらアイツの事を話した。


「ユカ……、ユカの身体に入ってたモンスターは俺を確実に殺せたんだ」


「え?」

 2人が同時に驚いて俺を見た。


「トドメを刺す直前にアカネが来たから、アイツは青髪の冒険者に襲われたって嘘をついた

 アカネを気絶させてから、俺にトドメを刺すつもりだったんだよ」

 2人は黙って聞いている。


「俺を殺す所を見られなければ、また人間として、三つ子の妹として暮らせるから——」


 俺の言葉にミカとユミは息を飲んだ。


 そうだ、アイツの不自然な行動と誤算は全てここに集約される!


 三つ子としてまた暮らしたい!

 ミカとユミと一緒に居たい!


 それがアイツの願いで、だから、ミカとユミの姿を見てあっさり逃げ出したんだ。


「ユ、ユカちゃん……」

 それはどっちのユカの事だろう?

 ミカとユミの涙が一層激しく溢れた。


 アイツのミカとユミへの想いが、俺をまだこの世界に繋ぎ止めていた。


 だから、俺はアイツを嫌いきれない。


 本物のユカは探し出す。

 それは必ずだ。


 けど、アイツの居場所も残してやりたい。

 2人には言わない方が良かったのかもしれないが、俺のわがままな気持ちで話してしまった。


 道具屋のすぐそばで良かった。

 ミカとユミは泣きすぎて動けなくなっていが、道具屋の裏口の前だから観光客の目は誤魔化せている。


 ヒクヒクッ。

 抱き合って泣いてる双子の顔はもうグチャグチャで美しくなかった。

 アイツの気持ちを考えると、この光景も暖かいもののように見える。


 しばらく泣いた後に、先に落ち着いたらミカが言う。


「シ、シロウ先輩、私たち、もしかしたら、ユカちゃんの居場所が分かるかも」

 ユミも軽く頷いている。

「え?」

 思いがけない手掛かりに驚く。


「3年前の事故があった場所。……そこが、ユカちゃんの言う“闇”のモンスターの場所に繋がってるのかも」

 確かに、入れ替わりが起きた場所なら“闇”の組織に近いかも知れない。

 俺はミカに場所を詳しく聞いた。


 ミカが言うユカちゃんは、もうモンスターのアイツの事だろう。


 俺は思いがけず手に入った手掛かりに、明日のダンジョン探索の手応えを感じた。


 少し浮かれた俺にユミが言う。


「シロウ……先輩」

 声に真剣な色があった。


「……サラ先輩に、無理して欲しくなくて……、さっき言った事は嘘なんです……!」


 ユミの言葉が夜空を通り抜ける。


「ユカちゃんを、モンスターのユカちゃんを倒して欲しくなくて!

 本物のユカちゃんは心配だけど、今まで一緒に居たユカちゃんも、私には大切な家族なんです」


 ……。


 俺は嬉しくなった。

 そして、笑って答える。


「ユカの事は傷付けない!」

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