第43話

小学生の頃、ダンジョンに俺とアカネ、イクミとタクミで入ると、いつも付いてくるサラがいた。


「兄さん、私も行く」


学校帰りの普段着の俺たちと違って、サラは回復士の装備を着て、手には立派な杖を持っている。


同じ小学生で一つ年下のサラだったが、その治癒能力の高さから大聖女と呼ばれ、すでにダンジョンでは大人と一緒に深い階層まで潜る事が出来ていた。


俺たちはまだ観光客向けの地下三階までしか潜れないから、仰々しい装備のサラが付いてくるのは差を見せつけてられてるようで嫌だった。


サラも、装備を着ているのは、たまたま大人達とのダンジョンの帰りだっただけで、学校帰りは普段着で付いてくることが多かったが、俺は気に入らなかった。


「龍撃斬ー!!」


俺が必殺技を叫ぶ声がダンジョン内にこだました。


「声だけは大きいよね、ロウくん!」

イクミが笑いながら言う。


声だけじゃない!


心の中で反論するが、振った剣の先にはただ葉っぱだけが風に漂っている。


「はぁ」

せっかく編み出した必殺技も、この3階では声を出す練習くらいしか出来ない。

俺もため息をついく。


「サラちゃん、大丈夫?」

「うん、アカネちゃん、大丈夫」


ダンジョンの入り口に置いてきたサラをアカネが手を繋いで連れて来る。

サラの持ってる杖がダンジョンの通路に引っかかりそうで、2人で気を付けながら歩く。


「サラちゃん、お菓子あげる」

タクミが持ってきたお菓子をサラとアカネに配ってる。


俺も貰って食べる。


結局ダンジョンの中でも冒険とは程遠い遊びになる。


「下の階に行きたいなぁ」

「行こう! 行こう!」

俺が言うとイクミはめちゃくちゃ張り切って今にも向かおうとする。


いや、親に怒られるし、俺もそこまで無謀じゃない。


「危ないよ、兄さん」

サラが心配そうに俺の顔を見る。


ムカムカ。

下の階層に出入りしてるお前に言われたくない!


結局、いつものようにみんなと別れてダンジョンから家に帰った。

その間も俺はサラをずっと無視し続けた。

サラはただ黙って俺の後をついて来る。



それから数日後。

同じような日々が続いていたが、ダンジョンに行くと、サラが大人達とダンジョンに入っていく所だった。


「いつも悪いね、サラちゃん」

ギルドのおじさんが言うと、サラは大丈夫と言うように首を横に振った。


たぶんサラが深い階層の浄化をするんだと思った。


「……」

俺がついて行っても良いだろう?

ふとそんな考えが過ぎった。


後をついて行くだけなら危ない事もないだろう。

俺はこっそりついて行くことにした。


ただ、この日。

俺の予想に反して、危ない事は起こってしまった━━。


俺は、ここが三階より下の階層かとキョロキョロみまわしながらサラたちの後をついて行く。


サラがこの階層についてすぐに浄化魔法を使ったからモンスターは居なくなっていた。

この階層の新しいモンスターが見れないのが残念だったが、別の階層に来れただけで俺は満足だった。


右手で壁を触るとひんやりと冷たさが伝わって来た。

触って壁の質感の違いを知れただけで、ワクワクが胸に広がる。


「あ……」

満足感に気を取られていると、サラの声が聞こえた。

「ワープゾーンだ!」

「サラちゃん!」


大人たちの混乱した声も聞こえる。


急いで声のした方を見ると、サラたちはダンジョンに急に現れたワープゾーンに巻き込まれて見えなくなっていた。

地面にはまだ微かに光が残っている。


「サラっ!」

俺も慌ててワープゾーンに飛び込んだ。


ワープゾーンの先に、[[


━━竜がいた。


青いドラゴンが炎を吐いている。

俺はその美しい姿に一瞬我を忘れた。


ここだ! ここに俺の求めていた冒険があった。


「サラちゃん、下がって!」

「くっ、よりによってサラちゃんと一緒の時にワープゾーンが現れるなんてっ!」

大人達がサラを守るようにして応戦している。


俺たちの遊び場の地下3階にもワープゾーンは出現するが、低層階のワープゾーンはより大変だと聞いていた。


背中を向けたサラの表情は読めないけど、微動だにせず竜を見つめているようだった。


「……」

俺はサラに向かって走っていた。

「危ない、逃げるぞ」


「兄さん!? どうして……!」

驚くサラの手を取って、竜から離れるように走った。


「シロウくん! どうしてここに!?」

「……! サラちゃんを頼む!」


大人たちも俺に存在に驚いたようだったが、サラの安全を優先させて逃げるように言う。


青い竜から離れた岩陰にしゃがんだ俺とサラは様子を見守る。


圧倒的な力で青い竜が大人たちを蹂躙していた。


このままじゃ負ける!


灰色の映像の中に大人たちが倒れている。

絶望的な未来が頭を過ぎる。


俺の求めていた冒険のイメージがただの敗北した光景に塗り替えられた。

大人たちが倒れた後で、あの竜に立ち向かうなんて無理だ。


スッと、サラが俺の横で立ち上がる。

「……回復しなきゃ……」


「バカ! 今行ったらお前もやられるぞ」

俺が言う。

無謀なサラの言葉に、心底コイツはバカだと思った。


「でも、私は回復士だから」

サラが言う。


「普段は大事にされて、やらなきゃいけない時に逃げるわけにはいかないの……」

そう言ったサラの声は震えていた気がする。


サラの決意に、俺は自分との違いを見せつけられた、


『これが私の役目だから……』


遠くで声が聞こえた。

力を持ってしまったが故に、震えながら戦う女の子。


俺はただ無力で、守られているしかないのか!?


新しい階層にワクワクして、冒険に心を躍らせていたさっきまでの自分はなんて小さいんだろう。

サラや大人が危険を遠ざけてくれるから、楽しい事だけ見ていられたんだ。


『龍撃斬ー!!』

ただ空気を斬るばかりだったあの技を、今試しても良いんじゃないのか……?


俺はサラの肩を掴む。

「兄さん?」


サラより前に出ると、青い竜に向かって走った。


青い竜は大人たちに止めを刺そうと追い詰めている。

そこに練習していた大声と共に、俺は切り込んだ。


「龍撃斬ー!!」


閃光が竜の身体を貫いた。


「ギャアアアアアアア」


青い竜が断末魔の叫ぶをダンジョン中に轟かせて倒れた。

必殺技はちゃんと決まった。


「シロウくん……!」

倒れて激しく消耗した大人が驚きの声を上げる。


サラが急いで近づいて来ると、

「癒しの聖域」

必殺技で倒れてる大人を回復させた。


「すごい、シロウくんにこんな力があったなんて……」

「竜を倒すなんてなぁ……」


まさか自分でも本当に倒せるとは思っていなかった。

けど、大人たちに認められて俺は満足だった。


「最強だ……!」

「温泉ダンジョンで最強の剣士はシロウくんだ!」


「兄さん……」

サラが俺を見つめている。


確かに俺は最強かもしれないと思った。

ただ、サラの回復力はすごい。


大人たちがサラを大聖女と呼んで持て囃すのも納得だ。


「ありがとう、サラ」

俺はサラに笑いかけた。

サラは少し驚いたように目を見開く。


でも、すぐに笑顔になる。


俺はサラの手を握ってダンジョンの出口を大人たちと探した。

サラもしっかり俺の手を握っている。


俺はサラがいればもっと強くなれる気がした━━。

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