第42話

食堂の裏から家の中に入る。

サラの部屋には久しぶりに入ったけど、相変わらずぬいぐるみだらけだ。


「ありがとう、兄さん」

サラが巨大なクマのぬいぐるみを抱いてベッドに座って言う。


背後や横から、無数の目に見つめられて怖い。

一体一体のぬいぐるみは可愛いんだが、流石に許容できる数ってものがある。


モンスターに囲まれたダンジョンないと変わらないと思うんだが、サラはめちゃくちゃリラックスしてる。


「青髪のプリンス様がどうしたの? イクミちゃんが言ってたけど」

さっそく、サラもイクミが呼ぶ名前を使ってる。

プリンスって名称がピッタリの外見だから、違和感がない。


ただ━━


「サラは、青髪のプリンスは見た事がないんだよな?」

俺は、ベッドの横のテーブルの前に座って聞く。


「え……、うん」


「なんか外見を知ってるような口ぶりだから……」

俺はずっと感じてた違和感を口にする。


「みんながイケメンって言うから想像しただけよ……。たぶん、この子みたいなんじゃないかって……」

サラは言いながらベッドに座っていた一体のぬいぐるみを差し出す。


青い色のウサギのぬいぐるみで、キリッとした眉毛をしているが、つぶらな瞳がとても可愛い。


え? サラの言うイケメンってこれ?


ぬいぐるみを両手で持って見つめながら俺は思う。

俺の思ってるイケメンと違う!


「ね、プリンス様って感じでしょ、兄さん」

サラがニッコリ笑う。


……ここはもう追求してもしょうがない気がする。

感性が違いすぎる。

でも、青髪のプリンスは絶対にもっとイケメンでカッコいいのに伝わってないのか!


「たぶん、きっと成長したらこんな感じになってると思う」

ボソッとサラがつぶやく。


「イクミが言うには、その青髪のプリンスの側のモンスターのグループ、ユカの言ってた“闇”の逆だから“光”のグループは俺たちを監視してるって」


俺はダンジョン内でイクミが言っていた内容を話す。

話すワーウルフの死体が消えた事と、ユカに成り変わってたモンスターが単独で動いていた事。

この事から、“光”が人間を観察している可能性があると話した。


「……それだけで、そこまで言えるのかしら?」

サラは懐疑的だった。


「それは、イクミだって決めつけてはいないだろうけど、コレで説明が出来るんだし、本物のユカ探しの手がかりにはなるだろう」


モンスターに身体を乗っ取られた本物のユカの意識は、乗っ取ったモンスターの身体に入っていると思う。

モンスターの種類も何も分かっていない以上、全てのモンスターがユカの可能性がある。

この状況を打開できるならどんな可能性でも今は貴重だ。


「……サラは青髪のプリンスについて他に何か知らないか?」

「え?」

「ギルドで話を聞いただろ?」


俺が言うとサラは少し考えて言う。

「青髪のイケメン冒険者が居るらしいって言うのは一部で噂になってたみたい。何年か前に、イクミちゃんのお母さんが見かけて、アカネちゃんのお母さんのサクラさんとウチのお母さんが『見たかったわ〜』って話をした事があるって」


あー、ウチの母さん達もダンジョン温泉出身の幼なじみ同士だから、会話が目に浮かぶようだ。


「それから、ブルーさんはまだギルドで軟禁されてる」

「そうなのか!? 俺たちを助けてくれただけなのに!?」

事件の後にダンジョンの帰りを手伝ってくれた青髪の冒険者の人の良い顔を思い出す。

別にイケメンじゃないのに……。


「他に青髪に見える冒険者はいないから、念の為って感じで、アカネちゃん家の旅館で快適に過ごせるようにしてるみたいだけど……」

「それは贅沢だな……」


ダンジョン温泉一の旅館なだけあってアカネの家『香夜館』はかなり豪華だ。

そんな所に何日もいたら、冒険者として復帰出来ないんじゃないだろうか?


「ね、ブルーさんも早く冒険に戻れるように助けてあげないとね」

サラが俺と同じ事を考えて言う。

俺は静かに同意する。


「青髪のプリンス様に会いたいなら、ダンジョン内より、外を見張った方が可能性はあると思うの。でも、見かけた人の印象に残るくらいのイケメンなのに、噂が広まってるわけでもないし、会える可能性はかなり低いと思う」


サラの総括に俺も感想を言う。

「じゃあ、青髪のプリンスについては、特に情報なしか……」

ダンジョン内で手掛かりもなく地道に探すって言うのもなぁ。


手詰まり感に俺はまだ腕の中にあった青色のウサギを見つめる。

キリッとした眉毛が俺を嘲笑ってるような気がしないでもない。


右手の拳をウサギの顔に押し付けていると、無言でサラに取り上げられた。


軽くポンポンとぬいぐるみを整えると丁寧に元の場所に戻す。

よく見ると、“光”のプリンスらしく他のぬいぐるみを従えているようにも見える。

でも、違うぞ!

そいつは青髪のプリンスとは別だ。


「青髪のプリンスの事はひとまずイクミ達に任せて、俺はやっぱりダンジョン内を探す」

ダンジョン内に青髪のプリンスの手がかりがあれば分かるし、ここでジッとはして居られない。

当然の結論だ。


「それがいいと思う。兄さん、私も一緒に行くからね!」

サラが真剣な目をしている。


青髪のプリンスの可能性はサラにとっても悪い情報じゃないと思うが、やっぱり確実性はない。


すぐにでもユカを探したいってサラにしてみたら、やっぱりダンジョンなんだろう。


ただ、それだけじゃない感情がサラにはあるんだろう。


「……ミカとユミと何かあったのか?」

俺は出来るだけ優しい言い方になるように言った


別れた時のアカネの様子から察してはいたけれど、また何かあったんだろう。


「……何でもないわ」

サラは何も言わない。


『兄としてサラを守ってやれ』


イチロー兄さん、ジロウ兄さん、サブローくん。

兄達に言われても、サラは俺を頼ってくれない。


いくら俺が最強って言われても、サラの大聖女って役目の重荷は一緒に背負えない。


サラに認められるって俺の目標が、また一歩後退した気がする。


俺が心の距離を感じていると、サラが一瞬目を瞑っていた。

昨日から色々あって疲れてるんだろう。

外はすっかり夜だ。


「サラ、明日、ダンジョンに行くならもう寝ろ」

俺はダンジョンの中でサラを守れればいいんだ。


「じゃあ、兄さんは私が寝るまでそばに居てね」

サラが意外な事を言う。


クマの巨大ぬいぐるみを抱いたサラと、そのサラの片手を握っている俺。

変な組み合わせだ。

冷房の効いた部屋で、サラの手だけが自然な暖かさを保っている。


けど、よっぽど疲れて居たのか、サラはすぐに眠ってしまい、俺はすぐに解放された。


俺は軽くサラにタオルケットを掛けたが、巨大なぬいぐるみが半分以上持って行ってる。


明かりを消して部屋を出ようとすると、

「兄さん、大好き……」

サラの声が聞こえた気がした。


……寝言だろうか?


部屋を出るとサブローくんがいた。

暗い廊下に立っているサブローくんに、心臓が飛び跳ねる。


「な、な、なんで、サブローくんがここに!」

俺はめちゃくちゃ小声で驚いた。


「俺ん家だし」


何の気なしにサブローくんが言う。

俺とサラの兄なんだし、当たり前だが。


俺の心臓はまだバクバクと言っている。

ただ急に現れたサブローくんに驚いただけではない気がする。


「いい雰囲気だったから、廊下の明かりを付けて俺が居るの気付かれて邪魔しちゃ悪いかなって」

「兄妹でいい雰囲気も何もないだろう……」

俺は呆れる。


「いいな、お前は、サラに大好きって言ってもらえて」


あ、聞かれてたのか……。


「た、ただの寝言だろう」

俺が言う。


「俺たち兄はサラに嫌われてるからなぁ」

しみじみとサブローくんが言う。


確かに、サラって俺の上の3人の兄達にはなんか当たりが強い気がする。

別に俺に優しいわけではないと思うが。


「何で、サブローくんはサラに嫌われてるんだ?」

何気に俺が言うと、サブローくんは俺を睨む。


「本当ならお前が一番嫌われてる筈なんだぞ」


「ん? 何で?」


「小さい頃、サラを放っておいて、イクミとタクミとばっかり遊んでただろう。俺たち兄は、小さい頃にサラに構ってやらなかったせいで、いまだに恨まれてるんだ」


あ、なんか心当たりあるかも。


ダンジョンに俺とアカネ、イクミとタクミで入ると、いつも付いてくるサラがいた。


「兄さん、私も行く━━」


俺は、小学生の頃の俺たちの後をついてくるサラを思い出した。

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