第36話

ダンジョン温泉に帰り着くと、俺達はギルドに連れて行かれ知ってる事を全て報告した。


人間の身体がモンスターに乗っ取られて、もしかしたら何年も人間の中で暮らしていたかもしれない。

その事実にダンジョン温泉は大騒ぎになった。


夕闇にはまだ早い夏の空に浮かぶ雲が不穏な早さで過ぎて行く。


俺たちは一人ずつギルドの個室に隔離され監禁状態になった。

俺は別の人物に呼ばれて同じ話を何度もする。

何度も語るうちに、まるで他人事のような現実感のない夢だったんじゃないかって気がしてくる。


あのユカの中身が、ずっとモンスターだったなんて……。

いつからだったんだろう?


サラとユカが一緒に歩いている様子が思い浮かぶ。

初めての弟子に戸惑う様子のサラ。

いつの間にか、2人で静かに笑って歩くようになった。


ずっと、夢の中に居るようだ……。


何度目かの事情聴取は身近な人だった。


アカネの母親でダンジョン温泉一の大きな旅館『香夜館』の女将さんサクラさん。

レンスケの父親でダンジョン温泉で二番目のホテル『星湯ホテル』のオーナーのケイタさん。

観光組合の会長と副会長の2人。


昔から知ってる2人だがいつになく険しい顔をしてる。

無理もないだろう。

モンスターが人間に化けていたなんて……、と思ったんだが……。


「ファーストキスだったの? シロウちゃん」

サクラさんが真っ直ぐ俺を見て興味津々と言う顔で聞いてくる。


俺は一瞬、固まる。

モンスターに身体を乗っ取られたユカに不意打ちでキスされた事を言ってるんだ。


他の人にも「で、油断したのか」と、淡々と無感情で何度も何度も聞かれた。

「もう止めてくれ! 恥ずかしい!」と心の中で叫にながら答えていた。

けど、サクラさんからの聞かれ方よりはずっとマシだった。

近所のおばさんに自分の恋愛関係を目の前でゴシップにされるこの感じ、すごく嫌だ!


アカネもこう言う所あるけど。

アレは疑問を放置してたら命取りになるってダンジョンの合理性と無邪気が外の世界でも出ているだけだ。


目をキラキラさせて「どうなの? どうなの?」って好奇心全開のサクラさんとは別モノだ。


「アカネともうキスしてたの!?」


ブッ!!

俺は思わず吹き出した。

なんでそーゆー話になるんだ!?


「久しぶりに帰ってきたら、アカネすごくキレイになってたでしょ? シロウちゃんと東京で会ってたのかなあーって」


すごいグイグイ聞かれて、俺は思わず目を逸らす。

「えっ! やっぱり!!」

が、ほっとくとドンドン勘違いが進むから、話すしかなかった。


「アカネとは帰りの電車で会っただけです」

「えー! つまんない!」

面白がられたくない!


「二人とも奥手だなぁ。ウチのレンスケは相棒のカエデちゃんと仲良くやってるよ」

ケイタさんが口を挟む。

神妙な顔してたと思ったら、この人もか!


「まあ、カエデちゃんもなかなかの回復士だし、剣士のレンスケくんとはお似合いよね」

などとサクラさんも答える。


「いや、あの二人はダンジョンの相棒ってだけで、カエデには彼氏いますよ?」


「え?」

俺が言うとケイタさんが悲しそうにつぶやく。

「レンスケの片想いなのか?」

「可哀想、レンスケくん……」


レンスケの片想いがどうかは知らないが、タクミと同じで気が多いタイプだぞ、レンスケは。

親が思うほどは可哀想ではないと思うが……。


話題が俺からレンスケに移って正直ホッとした。

これ以上俺のファーストキスの話はしたくない。

んだが━━


「で、シロウちゃんのファーストキスだったんだっけ?」

とサクラさんが言う。


結局ここに戻るのか!

事情聴取なんだから避けられないんだが、聞き方っ!


「シロウちゃん、モンスターがファーストキスの相手になっちゃうでしょ? それは可哀想だから、やっぱユカちゃんの身体だったからユカちゃんがファーストキスに相手がいいでしょう?」


サクラさんが盲点をついて来る。


モンスターとファーストキス━━。


言われてみれば身体はユカだったが、中身はモンスターだ。

そーゆことになるのかぁ!!?


考えたくないが……。

本物のユカがいつの間にか俺とファーストキスをした事になってるのも可哀想だ。


「……モンスターがファーストキスの相手でいいです」

俺はうつ向いて小さく答える。


「やっぱりー! 初めてだったんだー!」

ってサクラさんが嬉しそうに叫んでる。


そのモンスターに刺されて俺の身体は無数の穴を開けられたのに、さらに穴をえぐられた。

体は回復してるけど、痛い、心が痛すぎる。


そん感じで終始和やかな事情聴取だった。

こんなんでいいのか? とは思ったが、不思議と他の人たちと変わらない事を話してた。


「外の様子は分からないけど、どうなってるんですか?」

何の気なしに聞く。

「そりゃ大騒ぎだよ。ここ以外の世界中のダンジョンもね」

と、当たり前のようにケイタさんが言う。

それもそうか。

人間とモンスターが入れ替わってたなんて前提がひっくり返る。


「でも、つい先日、話すワーウルフの件があっただろう。だから、予想はしていたんだよ。ダンジョンが従来考えられていたモノとは違うんじゃないかってね」


それは、俺もワーウルフと話して思っていた事だ。

三つ子とも話したよな。

そう言えば、あの時ユカはなんて言ってたっけ━━?


「シロウちゃんが、キスで油断してピンチになった事も世界中のダンジョンに報告して、今後の対策に活かすから安心して!」

「それはやめて下さい」

本当にやめて!


「しょうがない。極秘って事にしておくわ」

ちょと不満そうにサクラさんが言う。

「ははは」

と、ケイタさんが笑う。


笑い事じゃない。

世界中に広がる事は防げても、もうとっくにダンジョン温泉には広まってるだろう。



「大丈夫か? シロウくん」

聴取が終わって部屋を出ようとした時、ケイタさんに真剣な顔で聞かれた。

他でも、みんな、事情聴取の最後には心配してくれる。

俺は「大丈夫です」と答えていたが、


「全然、全く大丈夫じゃないです!」


そう言ってドアを閉めた。



パタンッ。

俺がドアを出て行ったあと━━。


「アレだけ揺さぶっても冷静だったし、大丈夫そうね」

「ちょとやり過ぎじゃなかったか?」

「ちょうど聞いてみたかったし、いいじゃない」

「……まあ、サラちゃんがうまくやってくれてるようだが━━」



翌日の昼過ぎには全ての人への説明が終わり、俺は解放された。

他も一人一人が別々に呼ばれて話を聞かれていた。

先に解放されたアカネが俺を待っていた。


「シロウ」


アカネやレンスケと仲間達と、青髪のブルーさんの仲間たちは午前中には解放されていたらしい。


サラと三つ子のミカとユミはまだ話を聞かれている。


ブルーさんも解放されずに話を聞かれている。

ユカのフリしたモンスターの言った“青髪の冒険者”と共有した特長があるからだろう。

ただ、彼がユカの言う“青髪の冒険者”ではない事は、俺もアカネもギルドに話している。

おそらくサラも同じ意見だろう。


偶然居合わせたブルーさんにダンジョン8階から

外まで護衛してもらったようなものなのに、巻き込んでしまって申し訳ない。

ただ、青髪だから、居合わせなくても後で事情は聞かれたと思う。


「イクミちゃんとタクミくんが私たちの話を聞きたがってるんだけど、話せる?」

アカネが言う。

「俺は別にいいけど、アカネも解放されたばかりで大丈夫なのか?」

いや、俺もキスの事はもう聞かれたくないが。

アカネの母親のサクラさんに言われて、俺はモンスターとファーストキスしたって事になっちゃてるし。


「私は平気! シロウとも状況の確認したいし」

「確かに。じゃあ、レンスケとサラもいた方が……」

俺が言うとアカネがすかさず、

「レンスケはいらないよ」

と言う。

なんなんだろう? アカネのレンスケだけに対するこの扱い。


「サラちゃんはしばらくかかりそうだから、待つより状況を整理した方がいいと思うの」


「そうなのか……」

サラだけに大聖女としての役目を背負わされている。


数日前の喋るワーウルフの件も本当だったら俺もこんな風に話を聞かれたんだろう。

俺は倒れて眠っていたから知らずに済んでいた。

サラがやっぱり全ての事情を話してくれていた。


仲間たちと何か食い違う点はあるんだろうか?

俺が気絶してる間に何があったのかは気になる所だ。


アカネとギルドの会議室まで歩く。

廊下に泣き声が微かに響き渡っていた。


「ミカ……、ユミ……」

アカネが泣き声を振り返り、悲痛な顔を見せる。


ミカとユミが、ユカを想って泣く声は、思い出したようにギルド全体を包む。

悲しい出来事があった。


「行こう……」

俺はアカネに言う。

「……うん」


ただ、俺たちはそれに立ち向かって行かなきゃいけない。

ダンジョンに囚われた宿命だと諦めて━━。

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