第35話

泣き止んだミカとユミを連れて、ダンジョン温泉に来た道を戻る。

涙が枯れているだけで、今にも倒れそうな様子が痛々しい。


サラもずっと何も話さず、俺たちはユカと親しかった順番にショックが深い。


俺も死にかけたが、ユカのナイフで開けられた身体の穴は回復魔法で消えている。

だが、ポッカリと空いた心の穴は塞がらない。


青髪の冒険者の一行がたまたま居合わせて、同行してくれなかったら、帰路はもっと大変なものになっただろう。


ただ、人間の身体がモンスターに乗っ取られたと言う事実は誰にとっても重かった。


「本当にそんな事が起こったのか?」

と青髪の冒険者達が尋ねる。

その問いにレンスケとカエデが答えている。


懸命に話すレンスケは落ち着いていつになく真面目な顔をしている。

没頭する事で今回の事件のショックから逃避しようとしているようにも見えた。


ともかく、青髪の冒険者は外国人でレンスケも英語で話している。

レンスケの流暢な英語が、ダンジョン温泉を盛り上げたいって気持ちに偽りがなかった事を見せている。


俺は英語で全然何を話してるか分かってないが、アカネが聞き取れた部分を断片的に教えてくれる。


『急に青髪の冒険者が現れて、私たちに襲い掛かって来たんです! 先輩は私を庇って……!』

アカネは、ユカがそんな嘘をついたから、青髪の冒険者という存在に引っかかっているらしい。


アカネも自分なりにユカの行動の真意を考えて納得しようとしている。


俺も朦朧とした意識でユカがアカネにそう言っているのを聞いた。


俺を切り付けたのはユカで、止めを刺す前にアカネが現れたから咄嗟に嘘をついたんだと思うが……。


あの時━━

あと一度、ナイフを突き立てられていたら俺は死んでいただろう。


紙一重で助かった事に身震いする。


『青髪の奴に伝えろ! 闇は絶対に、お前たちを殺す!』

逃げていく前に、サラに向かってユカが言っていた。


たまたま見かけた青髪の冒険者に襲われた事にしたにしては、以前から知っているような口ぶりだった。


それにサラも、

『あの人を、知ってるの!? ユカ』

と、青髪の冒険者を知っているようだったが……。


青髪の冒険者とは、昨日俺がショッピングセンターで見かけためちゃくちゃイケメンの外国人冒険者の事じゃないのか?

今一緒にいる普通顔の青髪の“ブルーさん”とは別人だ。


目の前にいる、人の良さそうな青髪の“ブルーさん”には好感を覚えるが、イケメンではない。


俺が見たのは、一瞬で人を魅了するようなカリスマ性を持ったイケメンの青髪の冒険者だ。

その場を支配する圧倒的な存在感。

遠くから見かけただけのイクミと三つ子が大騒ぎしていた。


サラはイケメンの青髪の冒険者は見ていないはずだが……。


青髪の冒険者は2人いる━━


その事をアカネに説明しながら考え込む。


サラは今、俺とアカネより少し先を歩いている。

後姿が憔悴しきってる。


ユカを救えなかった事をミカとユミに謝っていた姿が痛々しかった。

ユカの裏切りはサラのせいではない。

ミカとユミもそれは分かっているだろうが、今の2人に他人を思いやる余裕はない。


そのサラに、さっきのユカとの会話は何だ?

青髪の冒険者を前から知っていたのか!?

とは、聞けない。


「サラちゃん、青髪の冒険者の事、前から知ってたの?」

って聞いてるし!


サラはアカネの質問の意図が飲み込めない様な顔をする。

そ、そうだよな! ビックリするよな!


しばらく間があって、やっと質問の意味が理解できたと言う顔で考え込む。


大事な事ではあるけど、今の状況で聞くのは能天気すぎないか、アカネ?


「兄さんやイクミちゃん達が青髪の冒険者がすごいイケメンだって言ってたから気になってただけ」


サラがやっと答える。

イケメンってあれだけ騒いでんだ、気になるよな。

だが、俺はその答えにどこか違和感があった。


「青髪の冒険者は……」

サラが続ける。


「ユカ、いえ、ユカと入れ替わってたモンスターが、以前から知っている人だったから、

その人を見た事が、モンスターが行動を起こすきっかけになったんじゃないかと思って」


あ……。


俺は納得がいった。


昨日のショッピングセンターの帰りに、俺と三つ子とイクミが青髪の冒険者に出会ったんだ。


その直後にユカにキスされて、俺はユカを必要以上に信じてしまった。


その時には思っていなかったけど、今考えると━━

敵対心を持たれていると思っていたユカが普通の女の子みたいに可愛く見えたのは、あのキスがきっかけだった。


あのキスの直前にあったのが、イケメンの青髪の冒険者との出会いだ。

そして、逃げる前のユカの『青髪の奴に伝えろ!』と言う捨て台詞……。


ユカは、青髪の冒険者を見て俺を倒す計画を実行しようと思い立ったんだ━━。


辻褄が完全に合う。


しかし……。


妹に、兄の恋愛感情がモンスターに利用されたと人前で指摘されるのは、なんか恥ずかしい。

立場がない。

サラの回復魔法で消えたはずの傷が痛む。


今、抗議するような雰囲気じゃ全くないのも辛い……。


「え! 待って! ユカちゃんはモンスターと身体が入れ替わっておかしくなったんじゃないって事!?」

アカネが驚いて大声を出す。

あ、そっちを気にしてくれるのはありがたい。


離れた所にいたミカとユミ振り返る。


「どう言う……事ですか」

怒気をふくんだミカの真っ直ぐな視線が、サラに向く。


「それは……」

ミカの豹変が、サラのせいじゃない事はミカもユミも分かってる。

でも、行き場の場のない怒りは、今、サラに向いている。


サラは2人の痛みを引き受けようとしている様に見えた。

妹の細い肩に大聖女の肩書きが重くのしかかっている様だ━━。


「ユカが俺に言ったんだ。自分はずっとナイフ使いだったけど、隠してただけだって」

俺は思わず割って入る。

サラと今に2人を話させたくない。


少し言葉の意味を理解するのに時間がかかっている2人。


ハッと、意味に気づいて目を見開く。

ユミの喉が震えて、温度が上がったような湿った吐息が漏れた。


「じゃあ! 本当のユカは何処に居るんですか!?」


ユミに叫びがダンジョン内の細い通路に響く。


内気なユミがこんな反応をするのか?

俺はユミの思いの外大きな怒りを引き出してしまったらしい。


しかし、そうだ。

本物のユカは、ずっと何処にいたって言うんだ?


「まさか!? あの時? 三年前に三つ子ちゃん達が事故にあったって言う……」

アカネが気付いたように言う。


三つ子が三年前にダンジョン内でちょっとした事故に遭ったことはダンジョン温泉では有名だった。

ミカの守銭奴っぷりに磨きがかかって、ダンジョン温泉は安泰だって評判になってた。


そしてその時から、ユカは回復魔法が使えた方がいいって、サラに弟子入りするようになったんだ。


サラの顔に苦痛が浮かぶ。

この事に、お前はとっくに気づいていたのか?


例え三年前からユカとモンスターが入れ替わっていたとしても、これは、お前が背負う事じゃないだろう?


ことの大きさに俺の気持ちも重くなった。

だが、それ以上にサラが責任を背負い込んでいるのが辛い。


大聖女とは、ここまで重い役目なのか━━。



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