第37話

俺とアカネは会議室に入った。


ギルドの会議室は大きなテーブルに8人分の椅子が置いてある。

ホワイトボードやテレビや電話があって、ギルドと言うより普通の会社みたいなイメージだ。


会議室の電話で受付に会議室を使う事と、イクミとタクミを呼び出して貰えるようにお願いした。


会議室は予約制だが、だいたい空いてる。

冒険者はギルドで会議なんてするより、ダンジョンで話し合う。

俺も入ったのは初めてかもしれない。


イクミとタクミはギルドに住んでいて、部屋で俺の事情聴取が終わるのを待つと言っているらしいからすぐ来るだろう。


しかし、時間の進みがとても遅く感じる。

アカネもいつもと違って重く何かを考えているようだ。


二人とも、さっき廊下で聞いたミカとユミの泣き声が耳に残っていた。


二人が想って泣いているのは、どっちのユカの事だろう━━?


俺がそんな事を考えていると、


ガチャッ!


勢いよく会議室室の扉が開く。


「ロウちゃん! 大丈夫だった!?」

騒がしく入って来たのはイクミだ。


タクミも心配そうな顔で後から入って来る。


イクミは俺の横に座ると俺の手を取って傷がないか確かめるように、下から上に見回す。

「いや! サラが魔法で治してくれたから、傷はないって!」


最終的に俺の身体に数センチの距離に顔を近づけたイクミを振り払うように言う。


ヌッ


イクミは離れたが、タクミが俺の背後から同じように俺の身体を舐め回すように見ていた。


なんなんだ、この双子は!


「ロウくんが、死にそうだったってレンスケ達が言ってたよ。血で服が真っ赤に染まってたって。そこまで酷い怪我した事なんてなかっただろう」

俺はタクミから離れようとするが、意外にタクミが真剣な目と声で聞いて来て驚いた。


「よくある事だろ? イクミに崖から突き落とされた時のほうが死にかけてるぞ」

気まずくなって俺は茶化すように言う。

いや、死んでもおかしくなかったのは本当のことだけど!


「ロウちゃんは、何でユカにそんな油断しちゃったの?」

来た!

一番聞かれたくないけど、一番の確信!


「前の日にユカにキスされたんだよ、シロウは。だから、油断しちゃったんだよ」

アカネが言う。


な、なんだか怒ってるような気がする。

まあ、自分で言わずに済んで助かったけど。


「えー! ロウちゃんって純情! ファーストキスだったの!?」

またこのくだりをやるのか! さっきまで散々尋問されてたのに!


「あ、違うか? ロウちゃんのファーストキスは私だ」

思い出したようにイクミが言う。


「いつだよ! 覚えがないぞ」

「保育園の時」


それなら覚えてなくても仕方ないか。

小学校くらいからしか覚えてない。


「モンスターがファーストキスじゃなかったのか……」

俺は思いの外、安堵してる自分に驚いた。


「え? 身体じゃなくて中身基準? なら違うか」

俺の呟きにイクミが反応する。

「は!?」


「タクミにもロウちゃんにもキスしてたから、誰がファーストキスか分からないよ!」

なんなんだ。

「お父さんじゃないの?」

アカネはそうなのか?


えらくみんなはしゃいでる。

それだけユカの事がみんなに与えた衝撃を物語っている。


「でも、いいなイクミちゃん。シロウとキスしてて」

アカネが言う。

アカネとは小学校から一緒だから、保育園のように自由にキスとかできない。

いや、俺も覚えてないから、保育園がそんな無法地帯とは信じられないが。


「今しちゃえば?」


なんかとんでもない声が聴こえた気がする。

イクミがイタズラっぽく笑う。


「そっか!」


こっちもなんかおかしい。


気づくと俺の横にアカネがいて、顔が迫って来てた。

「ちょっ! ま……!」


「ダメ」

俺の口を塞いでタクミが言う。

助かった……。


「僕とすれば良いよ、アカネちゃん」

ニコッと笑って言う。

「え? タクミくんと?」

「タクミー!」

とイクミが怒る。


さすがに脱線しすぎだ。


「ちょっと、落ち着け!」

俺が言うと、みんな静かになった。


「ロウちゃんを慰めてあげたのに〜」

本当なのかどうかイクミが言う。

モンスターとのキスの件が有耶無耶になって助かったが。

「本当にアカネちゃんとキスできると思った?」

「思ってない」

俺がキッパリ言うと、

「モンスターとは出来て、私とはキスできないんだ、シロウ」

アカネがやっぱり怒ってる?

うーん、有耶無耶に出来てないなー。



ともかく!

俺たちは、落ちついてテーブルの前に座り直すと、ユカの件を話始める。


「私が見たときには、シロウはユカに抱きしめられて血まみれで倒れてたんだよ」

ブルっと身体を少し震わせてアカネが話す。


「青髪の冒険者にやられたってユカは言ってたけど、本当はユカが刺したんだね。シロウはあの時、私たちの会話が聴こえてたの?」

俺がユカに刺された直後にアカネがやって来た時の事だ。


「聴こえてたさ。刺されて倒れた俺に、ユカ……、ユカの身体を乗っ取ったモンスターは何度も刺して来た。次の、一撃で俺は死ぬと思った時に、急に抱き起こされて、アカネの声が聴こえてきたんだ」


「ええ……!」

全員が息を飲む音が響いた。


「そんなに、ギリギリだったの……」

イクミの顔が青ざめている。


「アカネに、そいつはユカじゃないって伝えようとしても声は出せないし、意識は朦朧として気づいたら気絶してたんだと思う。血の流れ出る音が聞こえてたし、あの時に死んでてもおかしくなかったなぁ」


「な、なに呑気な事言ってんの!」

やっぱりイクミとタクミが怒る。

「アカネちゃんが来なければ死んでたんだぞ」


「まあ、生きてるし、それはもういいだろう」

「よくない!」


双子は無視して俺はアカネに聞く。

「あれからどうなったんだ? レンスケってアカネが叫ぶ声が聴こえて、気づいたらレンスケたちとサラもいたけど」


「私がシロウを回復しようとしたら、レンスケ達が来てユカが危険だって教えてくれたの。振り向いたら、ユカが私にナイフを向けてて、レンスケが来てくれなかったら、たぶん私も殺されてた━━」


━━アカネが殺される。

俺は全身の血が冷えて行くのを感じた。


そうだ、俺を助けるためにアカネはあのモンスターに背を向けて……。

意識が途切れる前に必死に逃げろと叫ぼうとしていた記憶が蘇って来る。


「な、なんでそんな平然としてるんだ、アカネ! 危なかったんだぞ!」

「いや、それロウくんが言うの?」

イクミが冷たくツッコむ。


「目の前でシロウが死にそうに倒れてたんだよ。自分の事なんて考えられないよ。レンスケが止めてなんともなかったし、まあ、レンスケはすぐやられちゃったけど」

俺の話をする時と違って、アカネの話し方は明るい。

もっと自分を大事にしろ、アカネ。

またツッコまれそうだから、俺は心の中だけで言う。


「すぐ、やられたのか? でも、レンスケ達は生きてたよな」

俺は素朴な疑問を口にする。


「ん? 死んでた方が良かった?」

そう言う意味じゃないぞ、タクミ。


ユカの身体を乗っ取ったモンスターは、強かった。

アカネでも勝てない相手だったろう。


ましてレンスケ達なら、絶対に勝てない。

全員が、一撃で殺されていてもおかしくない。


それなのに、殺さずに生かしておいた。


俺のトドメの件だって、そうだ。

俺を殺してから、アカネを殺したって良かっただろう?


何故、青髪の冒険者にやられたなんて嘘を付く必要があった?


その後で、俺を回復しようと背を向けたアカネを殺そうとするくらいなら、演技なんてせずに殺せば良かっただろう!


そうすれば、俺を殺して、お前の本当に殺したかった相手、サラを殺す事も出来た━━!


俺を殺すのを躊躇った一瞬の判断ミスで、3年も潜伏して立てた計画が台無しだ。


━━。

俺を回復しようと背を向けたアカネを、アイツは本当に殺そうとしていたんだろうか?


背後からの攻撃なら誰がやったかは、やられた本人には分からないだろう。

アカネを気絶させて、俺を殺した後で、青髪の冒険者がまた来たと言えば誰も疑わない。

モンスターが人間の身体を乗っ取っているなんて誰も思いつくわけないんだから!


アイツは一体、何を考えていたんだ━━?

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