第33話
リーンッ!!
鈴の音と共に私、サラの身体に大きな衝撃が走った。
アカネちゃんの『恋人の鈴』が割られた!
「サラ先輩?」
飛び上がった私を不思議そうに見るユミ。
ミカはすぐに異変に気づいた。
「い、行ってください! サラ先輩!」
アカネちゃんの『恋人の鈴』が割られたと言う事は、あっちの3人に何か緊急事態が起きたんだ!
兄さんが一緒なのに、このダンジョンの8階でモンスターに襲われてピンチになるなんて事があるんだろうか?
二手に分かれた時に、私とアカネちゃんで『恋人の鈴』を分けど、本当にピンチになるなんて思ってなかった。
私は一瞬ためらった。
兄さんたちと二手に分かれて素材の採集に出て、私たちは比較的安全な場所だけど、低レベルなミカとユミを置いて行っても安全なわけじゃない。
「だ、大丈夫です。爆薬とか、強力な道具もありますからっ!」
ユミが察して言う。
ユミが作った物なら、言葉通り大丈夫な威力があるのだろう。
「ユカちゃんを、ユカちゃんをお願いします!」
ミカが真剣な顔で言う。
いつものミカと違う表情が、彼女の心配の程が分かる。
ユミも私に向かって頭を下げる。
返事もせずに2人に背を向けて走り出す。
私は、兄さんの所に行くのを迷ってたわけじゃない。
この子達を置いていく事に心が痛んだだけ。
ユカの事も心配だけど、兄さんに何かあったらと思うといてもたってもいられない。
2人の妹を想う気持ちを利用するみたいだけど、行かなくちゃ!
兄さんと、ユカの事も、絶対に助ける!
━━と、思ってここまで全速力で駆けて来たけれど……。
これは━━。
兄さんと、アカネちゃん、ユカが向かった採集場所に続く洞穴の下。
少し開けた場所に、身知った顔がいくつもあった。
ほとんどが地面に伏して倒れている。
立っているのは、ユカ、レンスケくん、アカネちゃん……。
━━っ!
高台から見下ろして一番遠い場所に、兄さんが倒れている。
嘘……。
兄さんの身体が赤く染まっている。
アレは血だ━━。
人間、一人分の血が全部流れたら、あれだけ鮮やかに身体を染め上げられるだろうと言う量の血が辺りにも流れてる。
私の足が急に動かなくなった。
一刻も早く会いたかった兄さんが、もうそこにいるのに。
頭の中で渦巻いていた漠然とした不安が静止して形を作る。
近づいて、知るのが怖い。
兄さんは、生きているの━━?
思考を停止させて佇む私に、アカネちゃんが気づく。
「サラちゃんっ!!」
微かに届いたアカネちゃんの声。
希望に満ちて、明るい━━。
シロウを助けられる、救世主が来たって声が言っている。
生きてる!
兄さんは生きてるっ!
足がもう動いていた。
でも、この状況は何?
高台から降りる坂を目指して走りながら考える。
アカネちゃんとレンスケくんが、ユカと対峙している。
さっき、ミカとユミに、助けると誓ったユカがどうして!?
ユカは兄さんにキスした。
兄さんが好きなんだ。
だから、ユカと対峙している、アカネちゃんとレンスケくんが、兄さんを襲って……。
それは、さっきのアカネちゃんの声と辻褄が合わない。
兄さんを助けたいって必死の想いが伝わったもの。
立ち位置だって、兄さんを守るように背にして立つ2人と、2人の背後の倒れた兄さんに向かって行くようなユカ。
兄さんを襲っているのが、アかカネちゃんとレンスケくんなら、1人は兄さんの方を向けばいい。
2人で相手しなきゃいけないほど、ユカは強くないもの。
でも、2対1で向き合う構図が、ユカの強さを示してる。
3人以外の倒れた仲間。
知性を持つモンスター。
身体を入れ替えるモンスター。
一連の出来事と、知識。
とどめは、ユカからの突然の兄さんへのキス。
全ての出来事が納得のいく方向に流れて、全く予想外の答えを導いた。
私は坂を降りるのがもどかしく、方向を変える。
高台の急な斜面の真下に、みんなのいる低い平地があった。
一直線にその場に向かう為、そのまま飛び降りる━━。
この場所で落ちた事は何度かある。
イクミちゃんが兄さんをふざけて突き飛ばすのに、何度か巻き込まれたんだ。
体育館の屋根くらいの高さから落ちる衝撃で足を捻ったり、怪我をしないことはなかった。
でも、私は大聖女だから、怪我の回復くらい簡単だ。
けれど、落下中にもユカは動いている。
アカネちゃんの叫び声で、ユカは私に気付いた。
ものすごいスピードで兄さんの方に向かって進む。
ユカが、アカネちゃんとレンスケを振り切って、兄さんを斬るまでの時間はわずかしかない。
私が着地と同時に走って、兄さんを回復魔法の届く範囲に収めるのとどっちが早いか。
私の出来る一番広範囲でスピードが出る技は、「癒しの聖域」だ。
光の輪が広がって発動時には輪の中にいた味方の体力と状態異常を完全回復する。
範囲は術者から半径30メートル。
もう少し範囲を広げられるかもしれないけど、失敗は出来ない。
30メートルまで近づかないと。
だから、絶対に着地を成功させないといけない。
「バリア」
飛び降りてすぐに、魔法のバリアで衝撃が吸収されるようにする。
足が垂直に地面に向くようにコントロールして、両手を広げて空気抵抗を作り、着地地点の地面が柔らかい事を祈る。
トンっ!
思いの外、柔らかい場所でバリアの効果もあり、衝撃は少なかった。
膝を折って吸収した衝撃を、走る力に変える。
全て上手くいった。
なのに、届かない━━。
ユカは止めようと立ちはだかるアカネちゃんとレンスケを一瞬で散らす。
舞い上がった血飛沫が雨の様に地面に落ちるより早く、ユカは兄さんに近づいていく。
ユカの手に握られたナイフが、流れるように兄さんに吸い寄せられていく。
兄さんの命の火が消える瞬間を見たくなくて、心がしぼんで行く。
足の力も急速に衰えていく……。
バカだ、私は!
兄さんが死んでいるかもしれないなんて思って、動けなくなって。
もっと早く降りて来れば、ユカに気づかれずに近づいて、兄さんを回復できたのに。
確かめるまで、希望を失ってはいけなかったのに。
だから、もう諦めるわけにはいかない!
「光の鎖」
杖の先から光の鎖が放たれて、敵を拘束し動きを封じる技だ。
有効範囲は癒しの聖域より僅かに長い。
兄さんに辿り着く前に、ユカの動きを止められたら!
最後の望みの光の鎖がユカに向かって走る。
ガチャッ!
「なっ!?」
ユカの驚きの声と共に、拘束が成功した事が杖を通して伝わってくる。
「アカネちゃん! レンスケくん! 兄さんを!」
私はそれだけ叫ぶと、ユカに意識を集中した。
アカネちゃんとレンスケは派手に吹き飛ばされた割にはすぐに反応して動き出しす。
「くっ!」
兄さんの行方を見たいけど、集中してないとすぐにも光の鎖の拘束がほどけてしまいそうだった。
これだけで、コイツの実力がよく分かる。
この間のワーウルフと同等以上の力……。
コイツはユカではない。
私の弟子で真面目なユカ。
一生懸命で努力家で、みるみる実力を付けて行ったけど、彼女は回復士だった。
こんな力でみんなを倒せるわけがない。
アカネちゃんとレンスケくんに切り掛かって吹き飛ばした鮮やかな手際。
相当に強いモンスターだ。
そして、モンスターは、ユカに擬態していた。
もう、ずっと前からユカの身体を乗っ取って!
ユカが兄さんに送る特別な視線は今朝も変わっていなかった。
はじめて回復術をユカに教えた時から気になっていたあの視線。
あれを私はユカが兄さんに向ける好意だと思って、それを認めたくなくて無視し続けて来た。
でも、あれは明確な殺意。
兄さんを油断させる為にずっと演じていたんだ。
おそらくは3年前の三つ子がダンジョンで事故に遭った時から。
私の弟子になった時には、すでにユカはモンスターだったんだ。
◆◇◆
サラちゃんを見つけて、私、アカネは思わず叫んでいた。
シロウを助けられる救世主に見えたから。
でも、そのせいでユカの身体を乗っ取ったモンスターにサラちゃんの存在を知られてしまった。
シロウに突進するモンスターを止めようと動いたけど、私もレンスケもあっさりやられてしまう。
サラちゃんが助けに来て来れたのに……。
私のせいで無駄にしてしまった。
けれど、直後にモンスターが光の鎖で拘束される。
サラちゃんが、くれた最後のチャンスを無駄に出来ない。
私はシロウの道具袋をまさぐった。
レンスケが自分の道具袋から回復薬を取り出すのと、私が取り出すのと同時だった。
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