第25話
目を覚ますと温泉街ギルドの救護室に居た。
俺は、タクミに背負われてダンジョンから戻って来た夜から丸一日眠り続けて、今は2日目の昼前だった。
サラの方は自力でダンジョンの外まで歩いて来たらしいが、外に出るとまた倒れてギルドの人たちによって家に運ばれたらしい。
俺と同じく昨日は一日中眠っていたらしいが、今朝はここに俺の様子を見に来たらしい。
「兄妹でもサラちゃんの方が回復が早いのよね。さすが大聖女よね」
と、救護室専属の回復士のお姉さんが教えてくれた。
兄より妹が優秀って言われるのは、なんかムカつくなぁ。
「大聖女なんて言われてるくらいなんで、サラは普通じゃないんですよ。人間とゴリラ比べるのやめてください」
ガラッ。
何の気なしにお姉さんに言い返したかっただけなんだが、扉を開けて救護室に入って来たゴリラに聞かれてしまった。
「サラちゃんがゴリラねぇ。言えてるかも」
楽しそうにイクミが言う。
「人間の回復力は超えてるもんね」
と、しみじみとタクミ。
「ゴリラより全然すごいよ!サラちゃん!」
いや、それは違うだろう、アカネ。
救護室のテーブルとソファに、ワーウルフと戦ったメンバーが座っていた。
「……」
サラも無言で座る。
「でも、あれだけ消耗したのに、2日で目が覚めたロウくんもすごいよ」
タクミが言う。
「僕なんて、まだワーウルフの爪を受け止めた時の衝撃が肩に残ってるよ」
「あれだけ人に囲まれてぐっすり寝てたんだもん。ロウくんもすごい回復力よ」
イクミが言う。
「囲まれてたってなんだよ」
俺が寝てる間になんかあった言い方だな。
「温泉街中の人がシロウの事見に来てたんだよ」
アカネが教えてくれた。
「は!?なんで?」
「ワーウルフを倒した事が広まって、みんな最強の救世主を見に来たんだよ。ポールさんが人語を話すワーウルフの事を世界中のギルドに言って回ってるし、前以上にシロウは有名人だよ」
「プライバシーは無いんか!?」
タクミに言ってもしょうがないんだが、
「救護室は出入り自由なのよねぇ」
奥に座ってる回復士のお姉さんが申し訳無さそうに答える。
「まあ、寝てる間のことなんてどうでもいいけど」
「いいのかよ!」
俺が言うと、イクミとタクミの双子がツッコむ。
「ロウくんは、自分が世界で大騒ぎになってるのにもっと詳しく知りたくないの?」
タクミに聞かれてもピンと来ない。
俺は別に世界の為に強くなりたかったわけじゃない。
ただ、サラがいたから、大聖女のサラを超えたいと思っていただけだ。
サラに認められることだけが目標だった。
すみに座っているサラはまだ機嫌が直っていないのか横を向いていた。
ワーウルフとの戦いの後で、タクミに背負われながら、俺は確かにサラの声を聞いた。
「兄さんが大事よ。救世主だもの」
サラに、そう認められた事の方が俺には大事だ。
サラが言うなら、俺は世界を救ってもいい。
「そうだ!ワーウルフの死体はどうなったんだ」
思い出して聞くと、双子とアカネは気まずそうな顔をした。
「私も今朝目覚めたばかりだから聞いてないわ。素材の回収はしたの?」
サラも3人に向き直って言う。
あの時、俺とサラが倒れてしまって、ダンジョンから戻る事を優先した。
本来ならモンスターの死体から素材になりそうな部分を持ち帰るのが慣わしだ。
あの人語を解するワーウルフを素材として見るのは気が引けたが、人語を話すモンスターだからこそ素材は貴重な資料になるだろう。
ダンジョンから戻ったタクミはギルドに報告して、ギルドではすぐに素材の回収チームを現場に向かわせたはずだ。
「なかったのよ」
「え?」
イクミの言葉をサラが聞き返す。
「ワーウルフの死体が6階から消えていたの」
「え!?」
「な!?」
俺とサラは同時に声を上げた。
「おかしくて笑っちゃうわよね!ははははは」
イクミの笑い声が響く。
ギルドのメンバー数人が現場につくと戦いの後は残っていたが、ワーウルフの死体がなかった。
すぐにタクミとイクミやアカネ、ポールさんに連絡が行く。
ダンジョンから戻ってほとんど眠らないままに、4人は再びダンジョンに戻る。
これが普通のモンスターならここまでの緊急性はなかっただろう。
ただ、相手は人語を話すモンスターである。
緊急で確認する必要があった。
4人がついた現場は間違いなくワーウルフと戦った場所であり、死体は本当になかった。
周りをしばらく探すが、ワーウルフが移動した痕跡はなかった。
しかし現場のダンジョンは荒野であり、移動した跡が明確に残る場所でもない。
結局はギルドメンバーが数人で見張りをする事にして、4人はダンジョンから再び戻って来たという。
シーンと部屋が静まり返った。
「まさか、生きていたって言うのか!?」
俺が言った。
しかし、それが違うことは俺自身がよく知っている。
真っ二つになった身体は、死んだ後で二足歩行の真の姿に戻っていた。
以前に10階でワーウルフを倒した時に何度も見た光景だ。
間違いなく、アイツは死んでる。
しかし、アイツが生きているかもという可能性に少しだけホッとしてる俺がいる。
言葉を交わしたのだ。
モンスターと言えども死んで欲しくはなかった。
しかし、生きていたら、それは厄介な事になる。
ワーウルフのダンジョンの階層ごとの支配が現実の事になるのだ。
生きていても困るが、死んで欲しくはなかった。
冷静な判断が出来なくなっている。
はーっ。
深く息を吐いて深呼吸する。
俺は自分の中の感情を抑えて冷静に思い出す。
やはり、ワーウルフの生きている可能性は無いだろう。
あれは完全に死体だ。
俺が殺した。
「生きてはいないわ」
サラも結論を出す。
「光の鎖は相手の生命力との引っ張り合いなの。身体は拘束しているけど、命のある間は強く私の命も引っ張られているの」
「あの時、兄さんが3回目の龍撃斬を使った時。光の鎖を引く力が一瞬で消えたの。ワーウルフの命が消えて、光の鎖も解けて消えていった……」
サラの言う瞬間を俺も覚えている。
斬っても斬っても再生するワーウルフの身体に、何の手応えもなく剣が滑り、体を拘束していた光の鎖がスルスルと緩んで消えていった。
アレがアイツの命の消えた時だったのか。
俺が物思いに耽っているとアカネが言った。
「ポールさんが言うには、死体漁りのスライムが持って行ったんじゃないかって言うの」
死体漁りのスライムとは、普通の半透明のスライムなんだが、いつもどこからか見つけて来た別種のモンスターの死体を体の中に入れている。
どの階層でも見られるモンスターで、死体以外に興味のない穏やかなモンスターだ。
温泉ダンジョンの観光地になってる1、2階では、手のひらサイズの大きさで、小さな可愛いモンスターが身体が透けて見えることで神秘的な美しさがあり大人気だ。
「あんな大きなモンスターを取り込めるのか!?」
俺の知ってるスライムは上の階層でも腕の中に抱えられるくらいの大きさだ。
俺の倍はあったワーウルフを取り込めるわけがない。
「他のダンジョンでは人間よりも大きいのが普通らしいんだ。こっちでも見つかってないだけでいない訳じゃないと思うんだ」
タクミの言う事もあながち間違いではないと思うが、このタイミングで新しいモンスターが現れるのは釈然としなかった。
「スライムが持っていったって前提でギルドから捜索依頼も出ているし、見つかるのは時間の問題だよ。シロウも依頼受けてみたら?」
「いや……」
タクミの依頼という言葉で思い出す。
「サラ、道具屋姉妹の依頼はどうした?」
「私も今朝まで寝ていたから、確認してみるわ」
サラが言う。
一通りの事は確認した。
ワーウルフの死体の行方は気になるが、後はいつも通りのダンジョン生活を続けて、見つかるのを待つしかないだろう。
俺たちは回復士のお姉さんにお礼を言って救護室を出ていった。
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