第26話

俺は温泉ダンジョンから一番近いショッピングセンターに来ていた。


ショッピングセンターは、ダンジョンに来る観光客や冒険者が温泉街からシャトルバスに乗って日に何度もやって来るのでいつも賑わっていた。


救護室で目覚めてからみんなと別れてギルドの自室に戻った俺は、自分の弱さを実感した。

弟のゴロウとその友人を助けに行った時の怪鳥との戦いといい、今回のワーウルフとの戦いといい、以前の俺ならここまで苦戦するような事は無かったはずだ。


あのオレンジの竜との戦いから一年。

相当に体がなまっている。


本格的に鍛え直さないとなぁ。


鍛えるためにはダンジョンに潜って依頼をこなしつつ技を磨くのが基本だ。

大学の夏休みの間はずっとギルドにいてダンジョンに潜ろう!


そう決意する。


まあ、ほぼそのつもりで俺は夏休みにダンジョンに来ていたんだが、たまにはダンジョン探索を休んで買い物にくらいは行くつもりだった。

生活用品なんかもその時に買いに行くつもりで足りていない。

けれど、本格的に鍛えるなら休みなんてない。


今日はちょうど半日しかないから、本格的なダンジョン探索の前の最後の休みって事にして、生活用品等を買いに来た。


ワーウルフの件の報酬も充分入るから資金は問題ない。


シャトルバスを降りて、買い物を早く済ませようと足早に動く。

一緒のバスに乗っていた観光客の歩みは遅く、避けて歩くのは少し訓練にもなる。

冒険者は流石にしっかりとした足取りで久しぶりの休日に浮かれていても動きが早い。


ショッピングセンターのメインストリートに入ってすぐの右下に目当てのドラッグストアがあった。

大きい店で大抵の日用品は揃う。


店に入ろうとして、店の入り口の近くにある2階に続くエスカレーターの先をふと見上げる。

ドラッグストアのすぐ上の二階は100円ショップになっていて、その先に服屋やレストラン街があった。


サラがちょうど100円ショップから出て来るところだった。


さっきギルドの救護室で別れたばかりだが、なんだサラも来ていたのか。

一緒にくれば良かったんだろうか?

ただ、俺もショッピングセンターに来ようと思いついたのはサラ達と別れてギルドの自室に戻ってからだったからなぁ。


声をかけるかと足がサラの方へ向く。

サラが出てきた100円ショップの扉からタクミが出てきた。


俺の足がピタッと動きを止める。


なんで、サラとタクミが!?


救護室の前で別れた時にサラは一人で、タクミはイクミと一緒だったはずだ。

後から、2人で待ち合わせてここまで来たのか!?


目の前が真っ暗になるような衝撃があった。

ドクドクッと俺の心臓が脈打つ。


いや、サラだってもう高3だし、タクミだっていつまでもイクミと一緒にいるわけじゃないだろうし。

2人が会ってたって不思議な事は何もないけど……。


俺は、この感情がなんなのか分からないまま、2階の2人を見上げていた。


「ロウくーん!!」

と左腕になにかが巻き付く感触がした。


イクミがいた。


「……イクミ」

俺は幽霊でも見たように呼びかけた。


「ん?」

イクミは不思議そうにこっちを見る。


「タ、タクミと一緒じゃないのか?」

なんとか平常心を保って声を絞り出した。


「一緒だよ。買い物中は別行動!」

言って、イクミは2階の2人に気づく。

「あ、タクミ。サラちゃんも家族と来てたんだ」


「へ?」


イクミの言葉に、もう一度上を向くと、サラとタクミの後ろに扉から出て来る俺の家族がいた。


父さんと母さん、サブローくんとゴロウがいる。


なんだ、家族と来て、たまたまタクミと会ったのか。

俺はホッとした。


今度こそ声を掛けようと足を踏み出すと、右腕を後ろに引っ張られる。


「家族とはいつでも来れるんだし、ロウくんは私に付き合ってよ!」

とっさのことでバランスを崩した俺をイクミはズルズルと引っ張って行く。


イクミは女の子としてもとても小柄なんだが、流石に冒険者だけあって標準体型の男を運ぶくらいは難なくやってのける。


なまっている自覚はあるが、小さな女の子に引っ張られてよろめいている、この状況は情けない。


早く帰ってダンジョンで鍛えたい!


◆◇◆


イクミに連れられてきたのは男が全くいないファンシーな雑貨屋だった。

イクミは店先に並ぶ同じような商品を見ながらあーでもないーでもないと悩んでいた。


たまに「どっちがいい?」と聞いて来るが、どっちでもいい。


「ロウくん! スライムとポイズンスライムだったら同じに見えても全然違うでしょう? コレだって同じように見えて全然違うんだよー!」

イクミが、ピンク色の似たような形のボディソープを2つ両手に持って俺の目の前に突きつける。


「スライムか、それは……、かなり違うな。じゃあ、コレはどう違うんだ?」

俺がボディソープを指して聞く。


「香りが違う。ストロベリーとイチゴ」

「英語と日本語なだけで、同じじゃねーか!」


「違うんだよー!」とイクミが言うから、俺もイクミと並んでサンプルの匂いを嗅いだが、やっぱり同じだった。


しばらくイクミと並んでボディソープの匂いを嗅いでいたら後ろから声をかけられた。


「「シロウ先輩!」」

重なって聴こえるふたつの声。

「「「イクミ先輩もいた!」」」

みっつ声が重なる。


振り返ると、道具屋の三つ子がいた。


「三つ子ちゃん達も来てたの!今日はダンジョン温泉の子によく会うね!」

イクミが言うと、三つ子は声を揃えて、

「「「イクミ先輩とシロウ先輩はデートですか!?」」」

とんでもないことを言う。


「そうだよー!」

こっちはもっととんでもない。

ぴょこんと頭のりぼんを揺らしてイクミがニカっと笑う。


「「「きゃー!! 2人が付き合ってたなんて知らなかった!!」」」

興奮する三つ子。


俺も今知ったわ!


◆◇◆


俺たちはショッピングセンターのちょっとおしゃれなレストランに入って座っていた。


俺とイクミが付き合ってると言う誤解を解いた後で、何故かそう言う流れになっていた。


3人分のパフェが運ばれて来ると3人が同時に顔をほころばせて、

「「「美味しそう!」」」

と言いながら、一口分をスプーンに乗せる。

口に運んだ後の幸せそうな顔まで3人全く一緒だった。


「三つ子ちゃんがパフェ食べてる様子見てると、こっちまで幸せになるぅ」

ケーキを食べながら言うイクミも幸せそうな顔で言う。

俺も全く同感だった。


俺も自分のブルーベリータルトを食べる。

ダンジョンにもブルーベリーと同じ見た目の果物があって、そっちはとても辛い。


「まずっ」

甘いタルトを俺の舌が拒絶する。

やっぱり、ダンジョン産の果物を食べ慣れると、認識と味覚のズレで、日常の果物はとても不味い。


「ロウちゃんだけだよ! ダンジョンに馴染みすぎ!」

すかさず、イクミに突っ込まれた。


「ミカちゃんのも美味しそう」

「ユカちゃんのも」

「私のも美味しいよ、食べてみて!」

向かいでは三つ子が可愛いやり取りをしている。


三つ子はサラの一学年下の高校2年生で、俺とイクミより二つ年下だ。

3人とも、イクミよりは背が高いが、サラやアカネほどは大きくない。

小さな同じ顔の3人が楽しそうに顔を寄せあって何か話している様子はこの上なく可愛い。


テーブルをはさんで向かいの右の通路側に座っているのが長女のミカだ。

長いストレートの黒髪を腰まで垂らしている。

三つ子はみんな人形のように可愛らしいが、一番日本人形のような雰囲気がある。


今日は洋装でワンピースにカーディガンを羽織っているが、いつもは和服を着て道具屋の店番をしている事が多い。


「シロウ先輩! どうしてワーウルフの素材を持ってこなかったんですか?」

もう既に店の経営にも口を出しているらしいミカは、そこが気になったらしい。


「話すワーウルフで出来た道具なんて、相当高値で売れたって言うのに!儲けチャンスが〜!!」


話すワーウルフの話題は俺が寝ていた1日の間にすっかり伝わっているらしいが、さすが目の付け所が違う。


モンスターが話した事より、話すモンスターが珍しく、高値で売れる事を重要視するのか。


三つ子の中でも彼女の事は、守銭奴のミカとして俺の中では区別されている。


「私も、話すモンスターの素材の品質は気になるけど……」

ミカの横、三つ子の真ん中にいる、白シャツと紺のスカートを履いている次女のユミが口を開く。


ミカと同じ黒髪のストレートだが、肩の上で短く切り揃えられている。

内気な感じの子で三つ子の中でも個性が目立たない普通の子だ。

道具士としては優秀で、道具屋に並ぶ高品質の道具の中には彼女の手作りの物も多いとか。


「意思の疎通が出来るなら素材にしていいのか迷います……」

戸惑ったように言う姿は、さすが、ザ普通、常識人のユミだ。


「話した所でワーウルフよ。ワーウルフなんて散々素材にして売ってきたのよ、今更気にしないの! 儲かってナンボよ!」

そして、守銭奴。


「ミカちゃん、そこは気にはなるよ〜!」

ユミがいるから倫理観を保ってられてるんだろうなぁ。


「ワーウルフとはどんな話をしたんですか? シロウ先輩、イクミ先輩」

窓側の左端に座っているユカが真剣な眼差しで言う。


今日のユカは、ギルドでサラと一緒にいる所で会った時とは違い制服ではなくワンピースを着ている。

黒髪ストレートを頭の上で一つに結んでいるからミカと同じくらいの長さに見えるが、下ろしたら一番髪が長いのだろう。


「私は直接話してないの、遠くから見てただけだから。タクミに聞いたら、なんか普通に話してたらしいけど……、どうだったの? ロウくん?」


イクミが軽い感じで尋ねて来る。


「先輩……」

ユカも真剣に俺を見ている。

真面目に聞かれているんだが、三つ子なだけあって、他の2人とそっくりな可愛い顔で見つめられて、少しドキッとする。


俺はさっき救護室で聞いた不穏な情報と共に、2日前の事を思い出していた。

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