第24話

龍撃斬ではワーウルフに勝てないと知り、咆哮の状態異常を喰らった後に、俺はどうすればいいのか分からなかった。

状態異常はサラが直ぐに回復させてくれて、俺はただもう一度ワーウルフの咆哮を喰らわないように攻撃で相手の動きを塞ぐしかなかった。


こうしていても俺の体力がいずれ尽きるのが先だ。

出口のないままに闇雲に戦うより、逃げた方がいいのかもしれない。


朝まで逃げたらワーウルフはまた二足歩行の姿に戻る。

それなら、俺の龍撃斬で倒せる━━。


しかし、このワーウルフから逃れるのは至難の技だ。

俺だけなら一時的に逃げ出せるが、きっとどこかで捕まる。

夜中じゅう、体力を持たせるのは無理だ。

サラやアカネならもっと無理だろう。


それに、もし朝になってワーウルフが逃げ出したらどうする?

あの知的なワーウルフなら逃げ出すだろう。

ダンジョン内で、夜になる時間もわからないなら、朝になる時間もわからない。

ワーウルフをずっと見て変化を見逃さないようにしなければいけない。

その状況でワーウルフから逃げる。

かなりの無理ゲーだ。


朝を過ぎたワーウルフは仲間を作るだろう。

最初に考えたワーウルフによるダンジョンの支配がリアルに起こる。


あの時とは違って俺はワーウルフが喋れる事を知った。

喋れると言うことは交渉ができると言うことだが、ダンジョン内に詳しいのはあっちだ。

一方的な要求をされるのではないか?

コイツの持っている情報は貴重だが、今の段階で支配されてしまうと一方的にこっちが不利だ。


ダンジョンの探索をしていけばいつかまた喋れるモンスターには会えるはずだ。

情報収集とダンジョン内の拠点作りをしてからなら、交渉は有利に進められる。


今、このワーウルフに俺たちに協力する意思が無い以上、ここで倒すしかない!


しかし、ワーウルフに攻撃しながらも、与えたそばから傷が治っていく絶望感を味わっていた。


「フレイムバースト」

アカネの攻撃がまたワーウルフに命中した。

さっきと同じ状況だが、違うのはタクミがいる事だ。


大楯を持ってタクミが近づいてくる。

俺とワーウルフの間に入ったタクミはワーウルフの攻撃を大楯で防ぐ。

グッと苦しそうにワーウルフの爪を受け止め、一瞬の間の後で爪を弾く。


俺は急なタクミの乱入にタクミの背後を切り付けそうになるが、直前で攻撃の手を止める。

自分の身体の勢いを殺して、思い切り後ろに一歩飛び下がる。

着地の衝撃が両足の裏から登ってくる。


ワーウルフは攻撃を止めずにタクミの大楯の隙間を狙っている。

一撃は避けられたが、タクミのスピードはワーウルフに負けている。


「フレイムバースト」

アカネがまた攻撃を加える。

連続のフレイムバースト。


さっきの魔法をストックしての攻撃と違って、呪文を唱えて打つまでのタイムラグはあるが、ワーウルフの気をタクミから逸らすのには役立った。


その間にタクミが素早く俺のそばに寄ってくる。

「サラたちの守りはどうした!」

俺は近づくタクミに向かって叫んだ。


「ロウくん聞いてくれ。サラがワーウルフに一回きりの切り札を使う!そこで龍撃斬で倒せ!」

タクミが俺以上に鬼気迫る様子で叫ぶ。


サラの切り札?


俺の理解が及ぶまでに一瞬の間があった。


理解する前にワーウルフが動いていた。

魔法を打つアカネに向かってワーウルフが駆けた。

俺は考えるより先にワーウルフに走る。


ワーウルフの牙はアカネに一直線に飛んでいく。


だが、その前にサラがスッと立ちはだかった。

杖を大きく振り上げると光の筋の束が一緒に持ち上げられている。

杖をワーウルフに振り下ろすと、鎖のように太い光の束がうねりながらワーウルフに向かっていく。


「光の鎖」


これがサラの切り札か。

ワーウルフの身体に光の鎖が絡みつく。

杖の先に繋がった光の鎖がワーウルフを拘束して動きを完全に封じている。


ただ、光の鎖は直接サラと繋がっている。

これはサラ自身の力も関係する技なのだろう。

いつまで拘束できるかわからない。


俺はタクミに言われた通りに、すぐに龍撃斬を使った。

拘束されたワーウルフの身体に深く刃が突き刺さり、深い一閃の傷を作った。

考えるよりも早く、ニ撃、三撃と攻撃する。


三撃目はスッと空間を切るような軽い手応えで、光の鎖の拘束が切れると同時に、ワーウルフの身体が真っ二つに崩れ落ちた。


崩れ落ちたワーウルフの身体にはもう再生する力はなかった。


終わった。


俺はそうホッと胸を撫で下ろす。


「やった……」

タクミの声が小さく聞こえた。


「やったね!シロウ!」

アカネも歓声を上げる。


俺は血溜まりに眠るワーウルフを見ていた。

さっきまでの獣の姿は消えて、最初の二足歩行の姿に戻っていた。

これがコイツの本当の姿だったんだろう。


理知的な話し方を思い出した。

夜までの時間稼ぎにまんまと騙された。

人間と変わらない奴だった。


倒れてもう動くことはない。

俺は人語を理解するモンスターを殺したのだ。


アカネとタクミが近づいてくる。

笑顔だった2人も、ワーウルフの姿にやはり俺と同じように複雑な思いを抱いたようだった。


ドサっ!


背後で何かが倒れた音がした。

振り返るとサラが倒れていた。


「サラちゃん」

アカネが駆け寄る。

癒しの聖域と光の鎖。

2つも必殺技を使ったんだ。


特に光の鎖で、力の差があるワーウルフの動きを短時間でも止めるのは並の魔力では足りない。


サラが居なければ倒せなかった。

サラが俺を信じてくれたから倒せたんだ。


俺も急いでサラのそばに行こうと、地面を蹴った。

しかし、地面の感触がしないまま、宙に身体が放り出される。


バタっ。

俺は自分の倒れる音を聞いた。


◆◇◆


気づくと、俺はゴツゴツとした感触の背中で揺れていた。

薄茶色の細い髪が顔に掛かってくすぐったい。

「気がついた?」

髪から顔を背ける仕草に、タクミが声をかけて来た。


「悪い、タクミ」

「いいよ。あれだけ必殺の龍撃斬を使ったんだ。

動けなくて当然」

戦ってる時は気にならないんだが、必殺技はかなり体力を消耗する。

サラの心配をしてる場合じゃなかった……。


あれ?

「サラは!」

倒れたのに俺が背負われてどうする!?


「サラちゃんならココだよ!」

すぐ横でアカネが言う。


アカネに支えられてサラが歩いている。

周りの様子から、ワーウルフと戦った所からまだほとんど移動していない。


「タクミ、俺はいいからサラを頼む」

言ってタクミの背中から降りようとするが、身体に力が入らない。


「ダメダメ、サラちゃんよりロウくんの身体の方が大事なんだよ」

タクミがサラを横目に見て確認する。

「ね。いいよね」


「うん。兄さんが大事よ。救世主だもの」

なっ!?


サラが意外な事を言った。


「救世主かぁ。ポールさんも言ってたけど、本当にシロウがそうなのかもね」

アカネまで変な事を言う。


「言葉を話すモンスターが居るなんて考えてもいなかったよ」

タクミが言う。

「なんだか、ダンジョンも色々変わっていきそうだなぁ。ロウくんが頑張るしかないんだろうなぁ」

無責任な奴らだ。

思ったが、もう声も出ないくらい疲れた。


「……おーい」

遠くの方から、イクミが手を振りながら近づいてくるような声がする。

ポールさんも一緒のようだ。


遠くにその様子を聞きながら俺は再び眠りに落ちた。


サラに認めてもらった満足感を味わいながら━━。

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