第23話
「リカバー」
サラが大気から取り出した回復魔法がすぐさま俺に飛んできた。
ワーウルフの鋭い爪で負った傷は跡形もなく消えていく。
しかし、俺の体の中で何かが暴れている。
サラの癒しの聖域が消えて、毒や状態異常を無効にする効果も消えている。
ワーウルフの爪の毒が俺の身体に入って来たのだろう。
ワーウルフの中には爪に毒や状態異常を引き起こす効果のあるものがいる。
夢中で戦っていると気付かないうちに体力が奪われて倒れることになる。
「レメディ」
サラが毒の回復をする。
さすが大聖女のサラは俺の異変に気づいていた。
俺の毒は直ぐに回復したが、同時にワーウルフの咆哮が放たれる。
状態異常も攻撃が俺たちを襲う。
癒しの聖域を使えば毒状態も回復し、咆哮の状態異常防げるのだが、範囲と持続時間の制限がある。
何度も使える技でもないし、サラはその都度回復する事を選んだ
「盾強化」
タクミが叫ぶ。
元々タクミの盾には状態異常を防ぐ効果があるが、強化してアカネを守っている。
これでアカネとタクミは完全に大丈夫だろう。
サラはそもそも状態異常にかかりにくい。
一番危ないのは俺だ。
だが、直前の状態異常を回復するレメディの効果で状態異常が一時的に無効化されていた。
ホッと胸を撫で下ろすが、つぎは危ない。
俺はすぐさまワーウルフに攻撃を加える。
龍撃斬━━。
完全に決まった。
しかし、ワーウルフの身体はつながっている。
一閃の傷も二足歩行の時に与えたものとは比べ物にならない程浅い。
傷の治るスピードも早くなっていて、振り返って確認する頃には半分塞がっていた。
二、三撃で倒せるような事はもうない。
龍撃斬以上の攻撃を当てるしか無いが、俺はこれ以上の攻撃力のある技を知らない。
身体がなまってるのもあるが、竜を倒した技への過信があった。
どんな敵でも斬って行ける自信があったんだ。
オレンジの竜にさえ勝てなかったのに。
「フレイムバースト」
炎がワーウルフを直撃した。
アカネの魔法はさっきと同じだが、空中に避けてダメージを全身に分散させた二足歩行のワーウルフと違って、獣の姿のワーウルフはそのまま地面で受け止めた。
魔法の衝撃がそのままワーウルフに伝わり、二足歩行の時以上の大きな傷を作る。
ワーウルフは攻撃に驚いたような一瞥をアカネにくれるが、傷は再生力でもう塞がっていた。
傷は塞がったが、希望が見えた。
龍撃斬のダメージが分散しないようにワーウルフを拘束して斬れば、前と同じダメージを与えられるんじゃ無いのか?
俺はその希望を胸にワーウルフに斬りかかる。
地面に転がせたらダメージの分散は少なくなるんじゃ無いか?
俺の猛攻にワーウルフは防御するしかなくなっていた。
鋭い爪や牙を剥く暇もない。
しかし剣でいくら傷つけた所で異常な再生力で元に戻っていく。
獣の姿の安定した四足では転ばせる事も難しい。
少し疲れて来た時に、
「フレイムバースト」
と、アカネの魔法がまた直撃する。
2度目も同じように驚いてアカネを観ている。
やはりワーウルフは夜の獣の姿で知能が相当下がっている。
アカネは2度、3度と同じ攻撃では終わらない。
密かに用意して手に持っていたもう一つのフレイムバーストをワーウルフに投げつける。
唱えて直ぐに使う魔法よりは、魔力の大気への戻りがあるから威力は落ちる。
しかし、二重の魔法攻撃にワーウルフは驚いて少しよろめく。
すかさず俺は剣でワーウルフを薙ぎ払った。
盛大に土埃を巻き上げてワーウルフは倒れた。
龍撃斬━━!
地面に押し付けるように剣でワーウルフの身体を割く。
血が吹き出して傷が見えないが、俺は同じ所に龍撃斬を放つ。
手応えは、直前の攻撃と同じだった。
傷の上を更に抉るような感覚はない。
やはり浅いのだ。
もう一度攻撃を重ねるつもりだったが、一瞬の迷いのうちに傷は全部塞がってしまっている。
倒れた獣はすぐに起き上がると咆哮を上げた。
ワーウルフの鋭い眼光を見つめながら咆哮をまともに浴びた俺は、混乱と暗闇の状態異常になっていた。
◆◇◆
「レメディ」
大気から押し出した魔力を指先でつまむとサラは、状態異常になっているシロウにレメディを飛ばした。
僕、タクミはアカネちゃんの前で大楯を構えている。
「ワーウルフを転ばせる事が出来たのに、倒せないなんて。私がもっと強力な魔法を覚えていたら……」
アカネちゃんが背後で呟く。
今のシロウの龍撃斬ではワーウルフに傷を負わせる程のダメージを与えられないけど、ワーウルフの身体を固定する事でダメージの分散を防いでより深い傷を与えるつもりだったのだ。
フレイムバーストが連続で当たって、シロウの攻撃でワーウルフが地面に倒れた時には行けると思ったんだけど。
地面の上に転ばせるくらいじゃ拘束力が弱いんだ。
ワーウルフの異常な再生力を上回る傷を与えるには、より深く刃を突き立てないといけない。
アカネちゃんのフレイムバーストだって本来なら十分に強敵に通用する威力のある魔法だ。
これ以上の上位の魔法は専門の魔法職だって難しい。
魔法戦士のアカネちゃんは今のままでも相当に努力してるさ。
ただ、僕も含めて戦士なのに攻撃に参加出来てないのはちょっと情け無い。
シロウが異次元の強さ過ぎて、強敵に出会うといつも攻撃の足でまといになる。
獣の姿のワーウルフに攻撃の隙を与えずに倒す気配を伺ったり、さっきの二足歩行のワーウルフの連撃だって、速すぎて見えないのに受け流してるシロウは異常だ。
魔法で攻撃に参加できるアカネちゃんはまだいいけど、遠くで見てるしかない僕は本当に情けない。
同じ温泉街に生まれたのにどうしてこんなに差がついているんだろう?
サラだって大聖女と呼ばれて、他の子達とは比べ物にならない能力がある。
6人兄弟で他はここまで異常じゃない。
この2人には何か秘密があるのかもしれない━━。
「タクミ、くん」
サラの声が聞こえた。
横にサラが来ていた。
「兄さんはこのままじゃ勝てないわ」
ワーウルフと必死に戦っているシロウを見ながらサラが言う。
それは僕も感じていたけど、サラが言うと冷たい、少し残酷な響きがあった。
「だからってどうしようもないだろう!僕らはロウくんに頼るしかないんだ!」
僕が叫ぶと、サラは悲しそうに言う。
「そうね。わたし達、みんな兄さんに頼り切ってるわね」
自嘲とも、僕たちへの非難とも付かない表情だ。
「兄さんを勝たせる方法が一つだけあるの」
サラが真剣な目で僕を見る。
「なんだって!?」
僕が驚いて言う。
「まだほとんど使った事が無いんだけど、私の練習してる技に敵を拘束して完全に動きを止めるものがあるの」
サラが言う。
「それじゃ……」
直ぐに使えばいいじゃないかと思う。
ふるふるとサラが首を横に振る。
「兄さんは私がこの技を持っていることを知らないの。拘束時間はまだ短いし、使えても一回きりなのに」
「つまり、一度しか使えないけど、シロウが気付いてくれないと使っても意味がない」
こくりとサラがうなずく。
「じゃあ私が知らせに行って……」
「「ダメだよ!アカネちゃんは!」」
僕とサラが同時に言う。
「少しでも攻撃が当たったら大変だよ!僕なら受け止められるから大丈夫!」
「アカネちゃんは魔法でサポートして、当たれば隙が出来るから兄さんに伝える時間が出来るわ!」
2人の勢いに押され気味にわたったと言うアカネちゃん。
いい子なだけに割と考えなしに無茶するから困る。
「サラ、アカネちゃんの事は頼んだよ。シロウに守るって言っちゃったからさ」
サラが頷く。
僕は大楯を持ち上げると、シロウとワーウルフが戦っている所に向かった。
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