第22話

やっぱり。

ここで声を出せる俺たち以外の存在と言えば、ワーウルフしかいない。


「驚いているようだな、人間。モンスターと話すのは初めてか?」


こくこくと頷きそうになる。

目の前のワーウルフが間違いなくしゃべっていた。


ただ人間の言葉を話すのではない。

きちんと意思の疎通が出来る文脈で理論的に筋道を立てて話している。


俺たちの唖然とした表情に、モンスターと話すのは初めてかと、状況を理解し気遣う事も出来ている。


一体これは、コイツは俺の知っているモンスターか?


「あなたは、モンスターなの?」

アカネが口を開く。


明るくて誰にでもフレンドリーなアカネでも、モンスターと話す事への困惑を隠せていない。


「そうだな。お前達がモンスターと呼ぶ存在だ」


コイツは俺たちの世界を知っている!?


アカネの問いに流暢に答えるワーウルフ。

コイツには俺たちの世界の知識があるらしい。


俺とアカネとタクミは一瞬顔を見合わせた。

サラの表情は見れなかったが、俯いてこの事実の衝撃に耐えているようだった。

呼吸が酷く荒くなっている様子が、肩の上下運動から読み取れる。


ダンジョンの出現で一方的に侵略されてきた俺たちの世界。

ダンジョン内には意思の疎通の取れないモンスター。

何も分からずに対処するしかなかった。


ここに来て話せるモンスターと出会えたことは、ダンジョン探査にはいいことなのか?

意思疎通が出来るなら、戦う必要はないだろう?


でも、違う。

コイツは俺たちを襲ってきた。

指笛で呼び寄せたのは俺達だが、話せると知っていて無言で襲いかかって来たじゃないか!


言葉を話せるモンスターと、明確に人間を滅ぼす意思を持ったモンスターと戦う覚悟が俺にあるのか?


サラの震える背中の意味がわかった気がした。


「何故、人間を狙うんだ?」

おれは思わずそんな問いを投げかけていた。



◆◇◆


「あ、光の輪が消えた!」

遠目の魔法でシロウの戦いを見守っていた、私、イクミは思わず声を上げた。

シロウたちの周りを覆っていた薄い光の輪の光が弱まったと思ったら、一瞬煌めいてパッと弾けるように消えたのだ。

「どうなったんです!?」

その様子を双眼鏡で見ていたポールさんが大声で聞いてくる


「あれはサラちゃんの癒しの聖域って戦闘の補助に使う魔法だったんだけど、制限時間が経って消えちゃったの」

輪の範囲を広げて使っていたから、あれなら多分10分くらいの制限時間のはずだ。

何度かサラちゃんに使って貰った事がある。

状態異常攻撃が厄介だけど短時間で倒せる敵が複数いる時に、無双状態で倒せて便利な技だ。


「夜になる前に、ワーウルフが二足歩行の間に倒せると思って範囲を広げたけど、倒せなかった?」

「そんな!どうするんですか!?ワーウルフが獣の姿になるでしょう!!」

ポールさんが慌てている。


「いや、夜になる時間まではまだあると思う」

夜の訪れはダンジョン内で正確には分からない。

見る限りワーウルフはまだ二足歩行だ。

光の輪が消えても、このまま倒してしまえばいい。


さっきのシロウの攻撃では倒しきれなかったけど、いいセン行ってた。

何度か畳み掛けるように攻撃すれば必ず倒せる相手だ。


なのに、なぜ攻撃しないの!?

グズグズしてたら、本当に夜が来ちゃうよ!


シロウだけでなく、サラちゃんやアカネちゃんも動きがない。

タクミは防御職で、戦闘での動きはいつも限定的だから、動かない時間があっても不思議はないけど……。


タクミのさっきまで戦闘体制で真っ直ぐ構えられていた大楯が、ダラリと傾いている。

リラックスしたような大楯の構えに違和感が確信に変わった。


「ワーウルフと立ち話してる……」

「なんだって!!?」

私の呟きにポールさんが驚く。


双眼鏡を覗いて戦闘の行われている方向にじっと目を凝らすポールさん。

しかし、戦闘の様子などは影も形もなかった。


「……」


双眼鏡から目を離しても、呆然と空中を見つめている。


モンスターと話しているなんて、モンスターの研究をしているポールさんにはどれほどの衝撃なのだろう?


私だってにわかには信じられない気持ちだ。

しかし、目の前で起こっている光景はモンスターが話すと言う事実を示していた、


「……聞いてはいたのです。ここより遠いダンジョンの深くで言葉を話すモンスターを見たと」


「聞き間違いか、たちの悪い冗談だとみんな決めつけていましたが、本当のことだったのか……」


その時、動きのなかったシロウたちが動いた。

ワーウルフの身体が膨らむように伸びる。

獣のような姿があらわになる。


夜が来たのだ。


◆◇◆


「ダンジョン内では殺し合いが基本だ。弱いものが淘汰される。ただそれだけだ。お前達も散々モンスターを殺して何を言う」


おれの問いに、ワーウルフは簡潔な答えを返す。


「ダンジョンが出来なければ、人間はモンスターと殺し合いなんてせずに済んだんだ!」

俺は叫んでいた。


「それはダンジョンの意思だ。我々には選択権はない」

ワーウルフが言う。

「お前達もダンジョンに囚われたって言うのか!?」

「そうだ」

当然のようにワーウルフは答える。


あまりに当たり前に答えられて何も言えなくなった。


俺は今までダンジョンのモンスターを悪だと考えていたんだ。

だから、倒すことに何の躊躇いも無かった。

その前提条件が、今、簡単に崩された。


俺は、俺たちと同じように望まずにただダンジョンに飲まれただけのモンスターを殺していたのか?


弟達を助けたダンジョンの五階にあった神殿の入り口。

人の温もりが感じられる場所だと思った。

ダンジョンに侵略されてモンスターに破壊された人の営みがあった場所。


けれどそれが誤解で、ダンジョンに侵略されて主人のいなくなった場所を、モンスターが守っていたのかもしれない。


それを、俺は━━。


そんな想像がよぎった。


想像で呼吸が荒くなる。

背後のサラの姿は見えないが、サラの荒い呼吸のリズムと俺の呼吸がシンクロしたように響いている。


目の前のワーウルフは変わらず理知的な視線を俺に向けている。

相手の事情などお構いなしで、割り切って戦えるだけの覚悟がすでにある顔をしている。


周りを見ると、既にサラの癒しの聖域の光の輪は消えていた。

10分が過ぎてどれくらい経ったのか?


まずい!

ワーウルフを昼のうちに倒そうとしていたのに、もう夜まで時間がないかもしれない。


「「シロウ!!」」

アカネとタクミも気づく。


俺は必殺の龍撃斬を出そうと構える。

しかし、そこから踏み出す事が出来ない。


目の前のワーウルフはさっきまで俺と話してたんだ。

人間とどこが違うんだ!?


二、三度必殺技を叩き込んで、再生できないように真っ二つに引き裂く。

人間にしていい事なのか?


ワーウルフが人間でないことは分かっていたが、この短時間の会話で、俺はこのワーウルフが好きになっていた。


アカネとタクミも同じだった。

俺に対して、攻撃するようにと言葉を発する事が出来ないでいる。


「兄さん!」

沈黙をサラが破る。


「早く、ソイツを倒しなさい!」

鋭い声でサラが俺に命令する。


さっきまで俺と呼応するように悩んでいたサラはもう居なかった。


大聖女として、人類の期待を一心に浴びた妹は、神々しいまで力強く、ワーウルフを倒す意思を放っている。


俺はサラの期待に応えるべく、ワーウルフに向かって必殺の技を繰り出した。


「もう遅い」

ニヤリとワーウルフが笑うと、身体が膨らんで、獣の姿に変わっていく。


仮面ライダーよろしく、変身中に攻撃は効かない。

俺の龍撃斬はワーウルフの身体に傷一つつけられない。

一瞬遅かった。


獣の姿になったワーウルフに言葉は通じない。

狂戦士と化したワーウルフの鋭い爪が俺の身体に深く突き刺さる。


完全にやられた。

喋るモンスターに気を取られて、必殺技の二、三撃でたおせると高を括っていた。


昼の姿では俺たちに勝てないと悟ったワーウルフの作戦勝ちだ。


話すことで夜を待ち、勝算のある夜の姿に賭ける。

まんまと術中にハマった、完敗だ。


フッと俺の口からさっきのワーウルフと同じ笑みが漏れる。

俺はますますコイツのことが好きになっていた。


だから。

越えなければいけない存在として、絶対に倒す!


爪にやられた右肩から血を流しながら、俺は剣を構えて獣の姿のワーウルフと向き合った。

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