第21話
# 21「
#妹は大聖女ー最高の回復士の兄は最強を目指す
イクミが指笛を吹いた。
静かすぎる時間が過ぎる。
ポールさんのいる採掘場所から移動してきたが、ポールさんの姿はまだ遠くに見えた。
ここまで離れれば危険はないと思うが……。
「じゃあ」
指笛を吹いたイクミは敬礼するような格好であとは任せたと言うように、スーッとポールさんの方に行ってしまう。
戦闘にはワーウルフ相手じゃイクミは役に立たない。
ポールさんを守って、安全な場所にいてもらうのが一番良い。
けれど、去り方がなんかムカつく。
イクミは場を和ませる行動をよくする。
少しだけ緊張がほぐれた気がした。
「シロウ、僕もきっと役に立てないと思う」
タクミが言う。
「イクミの所に行くのか?」
俺が言うと、まさかと笑う。
まあ、冗談なんだが。
「サラちゃんとアカネちゃんは、僕が絶対に守るから、シロウは思い切り戦ってよ。シロウなら勝てるって信じてるから」
そう言ったタクミの顔は笑ってた。
「私もシロウなら大丈夫だって信じてる」
アカネも言う。
俺だって自分を信じたい。
最強だって信じて生きてきた。
ただ、一番信じて欲しいのは……。
サラを見る。
魔法を使う準備をするように、目を閉じて集中している。
サラにも俺を信じさせる!
音が聞こえてくる。
目を凝らすと、土煙が微かに見えた。
この距離でもワーウルフなら、あっという間にここに着くだろう。
俺は身構える。
ピリッと鼻先を緊張がかける。
サラが背後で動く気配があった。
フワリと杖を宙に大きく回す。
「癒しの聖域」
光の輪が広がって俺たちを包む。
これはサラが使える必殺技みたいなものだ。
発動時には体力と状態異常を完全回復する。
光の輪は一定時間持続して、輪の中では味方の状態異常や毒を浄化し続ける。
サラの癒しの聖域には何度も助けられているが、久しぶりに見ると輪が大きくなっている気がする。
半径30メートルの輪がサラを中心に広がっている。
この輪の中なら余裕を持ってワーウルフと戦えるだろう。
「兄さんが居ない間に輪を大きくできるようになったの。でも、輪の範囲を広げると持続時間が短くなるわ」
「どれくらいだ?」
いつもならかなり長い時間持続していたはずだ。
「10分」
思ったよりも短い。
横目で見たサラの顔に“倒せるわよね?”と書いてある気がした。
日没までの時間が計れない以上は、倒すのは早ければ早い方がいい。
夜のワーウルフとの戦闘を避ける為には、10分でも長すぎるかもしれない。
アカネも魔法を唱えている。
「ファイア」
声で空気を振動させて、手で空中の魔力を浮き上がらせて捕まえる。
ファイアの形になった魔力は、ワーウルフに向かう瞬間を待ってアカネの胸の前で赤く燃え上がっている。
ワーウルフの咆哮がついにここまで届く。
恐怖を増幅させて体の動きを止める状態異常効果のある攻撃だが、サラの光の輪が防ぐ。
状態異常の効果ではないが、すくみ上りそうな響きがある。
気づくとワーウルフは光の輪の中に足を踏み入れていた。
アカネのファイアがワーウルフに当たる。
ファイアは初級魔法である。
個人の力量で威力の差はあるがワーウルフにダメージを与えられるような魔法ではない。
ただし、過去に何度もワーウルフと戦った経験からファイアに対する反応である程度の癖がわかるのだ。
ワーウルフはファイアを鋭い爪を持つ左手で受け止めていた。
この爪がワーウルフの最大の武器だ。
10階で戦ったワーウルフとは比べ物にならない大きさで、冷たい金属のような光を帯びている。
自在に動く様に背中にゾクリと冷たい感覚が走る。
砕かれたファイアの残滓がワーウルフの毛を焼く匂いがした。
少しだが手の肉が抉れている。
しかし、直ぐに傷が塞がった。
ワーウルフには異常な再生力が備わっている。
この程度の傷なら10階の奴らもすぐに再生させていた。
目の前のワーウルフの方がわずかに再生スピードが早い気がするが、傷が浅過ぎて判断材料には足りない。
しかし、今のファイアならもっと深い傷が与えられていたはずだ。
防御力もかなりある事は間違いない。
防御力が高く再生力も高い相手に勝つ為にはどうする?
時間も限られている!
答えは一つ。
再生力の効かないほどの傷を一撃で与える。
俺は、ワーウルフを見つめた。
あの技を叩き込むチャンスを伺う。
ワーウルフはアカネの方を向いていた。
アカネは次の魔法を繰り出そうと手を唇の前に掲げる。
「フレイムバースト」
ダンジョン内の大気に蔓延した魔力が声の振動に応えて、手の動きによって引き出される。
ファイアよりも数段上の炎魔法だ。
消費魔力がアカネの魔力量にしては多くなるが、ファイアのダメージを見て、これくらい上位の魔法でないと目眩しにもならないと判断したのだろう。
アカネの前に魔力が出現するのにそれ程の時間は要しない。
しかし、そのわずかな時間もワーウルフは見逃さなかった。
アカネの魔法が完成する前にワーウルフの鋭い爪がアカネの頭上から振り下ろされていた。
アカネの頭をワーウルフの爪がかすめる寸前に、盾がワーウルフの攻撃を防ぐ。
タクミが宣言通りに守ってくれた。
アカネのフレイムバーストがタクミの肩越しに、至近距離からまともにワーウルフの顔面に飛ぶ。
弾かれるように後ろに飛んだワーウルフよりフレイムバーストの動きが早くかわすことは出来ない。
ワーウルフに当たったフレイムバーストだが、空中に飛ぶ事で衝撃が分散されて、思った程のダメージにはなっていない。
衝撃を覚悟の上で受けたのか、ワーウルフは何事も無かったように地面に着地する。
焦げた匂いを周囲に撒き散らしながら、顔の傷はみるみると塞がって行く。
俺は隙が出来た瞬間に斬りかかろうと構えたままで動く事も出来なかった。
やはり知能がかなり高い。
アカネの攻撃もタクミの動きも全て読んだ上で動いている。
隙を待っているだけじゃ、コイツは倒せない。
俺は、踏み込んでワーウルフへ突っ込む。
ワーウルフは待っていたたとばかりに体を俺に向き直し、鋭い爪を振り下ろす。
俺は剣で爪を薙ぎ払うが、すぐにもう一方の手からも攻撃が繰り出され、払った爪も戻ってくる。
鋭い爪の連撃が頬や肩を危うくかすめそうになる。
吹き付ける風圧に、受けたら持っていかれる肉片の想像に背筋が寒くなる。
大聖女のサラが後ろに控えている。
ダメージを受けたらすぐに回復されるから安心ではあるが。
頬の骨があらわになった瞬間はきっと痛い。
数百回の連撃を受け流したがワーウルフに体力の衰えは感じられない。
一方で俺の方は大学生活でなまった身体がいつまで持つかと言う感じだ。
夜の訪れる瞬間まで、サラの作った光の輪のタイムリミットはあと半分ほどだろう。
俺は覚悟を決めて、一撃の必殺技を放つ。
鋭い爪の連撃などものともしない速さの必殺技。
10歳の頃に俺が竜を倒したあの技だ。
ワーウルフは俺の思惑に気づかずに連撃を放つ。
瞬間━━。
龍撃斬。
連撃の隙を縫うように突進した俺は、ワーウルフの身体を真っ二つに切っていた。
と思ったが、切り進んだ先の手応えが甘かった。
ワーウルフの身体には大きく深い一閃の傷が走っているが、真っ二つにするには浅い。
ちぎれかけて左右に傾いたワーウルフの体は真っ直ぐに繋がって行く。
やはり戦いのブランクが腕を鈍らせていた。
けれどまだ撃てる。
何度も同じ場所に切りつければ、再生力も間に合わない。
「これが、人間の力か」
急に声が聞こえて俺は戸惑った。
サラでもアカネでもない男の声だ。
タクミより低く精悍な声。
ポールさんより若い。
ポールさんならここまで声が届くはずがない。
誰だ!?
今このダンジョン内にいる人間は俺たちだけだ。
まして、声の届く範囲にいるのは4人だけ……。
もし、もしだ。
モンスターが喋れるのなら。
目の前のワーウルフが喋った可能性はある。
けれど、喋れるモンスターなど聞いたことがない。
少なくとも、この温泉ダンジョンにはいない。
そんな思考の波の先にサラが息を呑む音が聞こえた。
タクミも声を出せず驚愕している。
アカネが驚きの声を上げた。
「モンスターが、しゃべった!?」
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