第20話

ワーウルフはその名の通り、人狼、狼男だ。

昼と夜に姿を変えて、昼間は二足歩行の人間のような姿で知性が高く、夜は四つ足で歩く獣の姿になる。

仲間同士で群れる事はないが、昼間の間はその知性の高さから別の種類のモンスターを手懐けて群れを作り、夜になると知性をなくした獣を群れが守るように囲む。

10階の敵はワーウルフ以外も一対一でも油断すれば負けるような力量差だったが、そいつらが群れをなしてワーウルフを守る為の連携をしているのだから厄介極まりなかった。

しかも10階のダンジョンには昼と夜があり、気まぐれに様相を変え、急に獣の姿になったワーウルフに陣形を崩され、人型の知恵に翻弄されて逃げられる事が度々起こった。

試行錯誤の末に攻略法を見つけて倒した時には、俺たちにもギルドの人間にもワーウルフへの苦手意識がすっかり刷り込まれていた。


イクミが笑うしかないと言う意味が理解できた。

ギルドに報告した所で、もう既に俺たちは気持ちの上でワーウルフに負けているのだ。

6階のモンスターがいくら集まっても、俺たちの敵ではないが、10階のワーウルフ以上の強さのワーウルフは知性も上だろう。

10階のワーウルフ以上の事が出来るのではないか?

10階にはワーウルフは複数いるが、ここには1匹だけだ。

ワーウルフ同士は馴れ合う事なく、逆に敵対していると言っていい行動を取る。

モンスターを手懐けて群れを作るのは、人間に対する敵対行動ではなく、仲間のワーウルフから身を守る為の行動なのだ。

だから、10階ではワーウルフは小規模な群れを作るのみで留まっているが……。


たった1匹しかいなかったら、モンスターたちとどれほど強靭な群れを作るのか考えただけで恐ろしい。

ただでさえ、その階層から極端に外れた強敵モンスターが出現するとダンジョンの探索がしづらくなるが、ワーウルフに階層ごと支配されてしまえば、事実上、探索は不可能になるのではないか?


そう言えば、昨日、5階以外にも強敵モンスターがいて腕の立つものはそっちへ行っていると言っていたが、果たして6階を無事通って戻って来れるのか?

仮にワーウルフが6階を支配した場合は、それで済むだろうか?

4、5階まで群れが拡大していく事は考えられないか?

3階以上に出て来たら、観光地として温泉街は終わりだ。


ダンジョン探索などと言っている場合じゃなく、モンスターから温泉街を守る防衛戦になる。


30年前に最初にダンジョンがこの世界に現れたのは大都会のど真ん中で、夜の間に街が壊滅してしまったと……。

モンスターたちは夜の間に温泉街のどこまで移動できる!?


最悪の想像だが、起こらないとも限らない。

少なくとも、6階が支配されたら、それ以上の探索が出来なくなる。

早くなんとかしないと!

冒険者の訓練場として知られる温泉街に打撃がある事は間違いないし、6階以降にある素材が取れなくなれば評判の温泉街製の道具もなくなるし、ここでしか取れない素材で作られる道具が使えなくなれば、世界中のダンジョンへの影響も計り知れない。


「早くギルドに報告に行こう!?」

アカネが言う。

「そうだね」

深刻そうにタクミも同意する。

「待ってくれ!」

そう言って、俺はイクミに聞く。


「ワーウルフの群れはあったのか?」

イクミが首を横に振る。

「なかったよ、シロウ。ワーウルフが1匹だけ。

たぶん、あのワーウルフは最近出て来た奴だと思う」

俺をまっすぐ見つめながらイクミが言う。

やっぱりコイツ、イクミは侮れない。


今からギルドに報告しても、精鋭は他の階の強敵モンスターを倒しに行っていて、ここに居ない。

グズグズしていたらワーウルフは群れを作り、時間が経つほど厄介さが増す。


ーーなら!

ここで俺が、倒す!!


心が決まればグズグズしてはいられない。

背後のサラが立ち上がる。

サラには、俺の考えが伝わったようだ。

あと、分かっているのはイクミ、……いや。

イクミは戻って来た時からそのつもりだったんだろう。

たぶん、盗賊の能力のモンスターを引き寄せる指笛で、ワーウルフを近くまで誘導して来ている。

次にイクミが指笛を使えば、ここにワーウルフがやって来る。


ワーウルフと戦って、勝てる保証はない。

イクミのさっきのくだらない話は、最後の時間を引き伸ばしたかったからなのだろう。


「今は何時だ?」

唐突な俺の言葉に、ポールさんだけが分かっていない。

「18時30分くらいですよ」

アカネとタクミはハッと、俺が何を考えているか察した。


今は夏休みだ。

夏のこの時間ならまだ明るいな。

ダンジョン内では時計は正確ではない。

階層や滞在時間によって誤差が生じる。

6階で、まだダンジョンに潜って半日も経っていない、……となると、誤差は30分もない。

日没までは30分から1時間半くらいだろうか?

ワーウルフは昼と夜を10階のダンジョン内の様子で決めていた様だが、この6階は24時間ずっと昼間だった。

6階のワーウルフは昼間の二足歩行の姿でずっと過ごすのだろうか?

いや、別の階にも狼男型のモンスターはいるが、そいつらはダンジョンの外の時間と連動して変身していた。

10階を出たワーウルフも外の時間で変身するかも知れない。


なら、二足歩行と四つ足。

どっちと戦えばいい?

人間型は知能が高く、不利と見れば逃げ出す狡猾さがある。

逃げられて、どこかに潜伏されたら厄介だ。

強さでは俺たちが劣るだろうが、絶対に今、倒さなければならない。

だから、知能のなくなる獣型と戦った方が、倒す為には最前なのかもしれない。

だが、獣型はパワーがある。

逃げられはしないが、俺たちも逃げられない。

そして、倒せるかどうか。

どうする?

正確な時間が計れず、日没の時間もわからない。

本当に外の時間の影響を受けるかも分からない。

でも、このままなし崩しで獣型と戦うか?


いや、違う!


「ポールさん、ワーウルフの事を教えて下さい!」


俺は、今の状況と自分の考えを簡単に説明する。

「ワーウルフですか、興味深いですね」

「他の地域にはいないんですか!?」

ポールさんが生態を知っていると思っていたので、あからさまにがっかりする。

「狼男系のモンスターはいますが、このダンジョンは特殊な様ですね。ダンジョン内に昼夜があるとは実に変わっている。ここに来たばかりの僕が分かることはないが、君の推察はあっていると思いますよ」

ポールさんに、専門家に同意されて絶望感が増した気がする。

何か、迷いを断ち切るヒントがもらえると思ったんだが。


いや、考えても無駄な事はわかった。

直ぐにでも、行動するのが最善だ。


「……ダンジョン温泉にはとても強い男の子がいると聞いていましたが、会えなくてガッカリしていたのですよ」

唐突にポールさんが言う。

「でも、昨日、数十頭の魔犬を一瞬で倒したあなたを見て分かりました。最強の剣士とはあなたの事ですね」

「そう呼ばれた事もありましたが……」

そうなりたいとも思っているけど。

俺はダンジョンが楽しいから戻って来たんだ。

みんなで楽しくダンジョンを探索出来れば最強にはこだわらない。

それだけだ。


ふと、後ろに立っているサラが気になった。

大聖女のサラがいる。


俺が最強を諦めたら、サラはどうなるんだろう?

一人、最強の大聖女として孤独に戦って行くのか?


サラは俺を見つめている。


楽しいダンジョンの冒険も、誰かダンジョンを守ってくれる人がいるからできる事じゃないのか?

結局、俺は、誰かが作ってくれた安全な道を歩いて来ただけだった。

誰かと言うのは、名も知らぬ大人たちだったけど、これからはサラがその役目を担うのだろう。


俺はどうしたいんだ。


「僕はあなた達が、ダンジョンから世界を救う救世主になれると思っています」

ポールさんが唐突な言葉を口に出す。

「救世主……?」

俺はぽかーんとする。


そんな大袈裟な言葉が出てくるとは。


外国のダンジョン事情は殆ど知らないけど、観光地なんて呑気な状況じゃないことだけは知っている。

だから、救世主を求めているのだろうか?


ただ、最強の剣士を目指していただけなのに、勝手な期待をされる。

でも、最強を目指すってそう言うことだったのかもしれない。


ポールさんに俺がワーウルフを倒すヒントを求めたように、何かを得たら、期待に答えるのも役目だ。


勝手に期待されて大聖女と呼ばれてるサラに負けないように、支えたれるように目指した最強は、勝手に降りて良いものじゃなかった。


「あなたは強い。僕はあなたが勝つ事を信じますよ」

ポールさんの言葉に、アカネとイクミとタクミが頷いた。

サラだけが、少し寂しそうだ。


そうか、そう言う事だったのか、サラ。

『あなたを兄と思った事はありません』

あの時、傷ついた俺に、お前は自分と同じ重荷を背負う事はないって言ってくれていたのか。


……。


それを俺は勝手に誤解して拗ねて、降りた。

本当にバカだ。


「イクミ、指笛を吹いてくれ」

俺が言い、イクミが指笛を吹く。

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