第17話
「ユカ、素材集めは兄さんに頼むから、明日以降にしましょう」
「……はい、サラさん」
渋々と言う感じで承諾するとユカはギルドを後にする。
俺はユカがギルドを出る時に、ギロっと鋭く睨まれた気がするが、ユカってこんな子だったか?
「それで、コレは兄さんの部屋にあった荷物です。必要の無いものは持って帰ります」
サラが俺が昨日置きっぱなしにしていたスポーツバックを持って来てくれた。
「ああ、取りに行くところだったんだ。助かったよ」
俺が言うと、サラは少し照れた様子だった。
「必要なものを取ったら、後で持って行くから、サラは帰っていいよ」
「兄さんは、午後まで何するの?」
「着替えがなくて風呂に入れなかったから入って、後は部屋にいるよ」
「ふーん。私も入ろうかな……」
何気なくサラはそんな事を言う。
「なんで!?」
「最近露天風呂に入ってないから、たまには良いかなって」
いや、別に良いけど、別の時間にして欲しいなぁ。
「サラちゃん、露天風呂入るの?私も入るー!」
いつの間にかイクミがいた。
「2人で露天風呂入るの?私も入るよ!」
アカネも来て居たらしい。
もちろん、イクミと一緒にタクミも居て、5人で露天風呂に移動する事に。
この5人が、昔、一番多くダンジョンに一緒に行った鉄板メンバーだ。
「へー、午後からみんなでダンジョンなの?私も行っていい?」
「いいよ!アカネちゃん来て!来て!サラちゃんも一緒に来てくれて助かる〜」
騒がしく5人で歩いて居ると、何故か視線が痛い。
よく観察すると視線はアカネに集中している。
見ているのはほとんど男だ。
「何かしたのか?アカネ」
視線についてアカネに聞いたのだが、イクミから答えが返って来る。
「それはね、さっきロウちゃんが受付でアカネちゃんの胸の話をしてたからで〜s!」
「してない!」
俺はイクミの口を手で塞ぐ。
何故、コイツはそう誤解を生む発言をするんだ!
俺がしたんじゃなくて、コイツが勝手に喋ってただけで!
と言うのも、なんで胸の話になったのかって事で誤解を生む気がする。
本当に、なんでアカネの胸の話をイクミが大声で叫んでいたのか、分からない。
なんでだった!?
「え?」
アカネはキョトンとしている。
「シロウ、私の胸に興味あるの?」
そして、そんな事を真顔で聞いて来る。
ない、いや、ある!
いや、とてもあるが、言えない!!
言えるわけがない!!!
サラの表情は俺からは見えないが、とてつもない圧を感じる。
大聖女とは思えない黒いオーラが立ち上がっている!
「ロウちゃんに、イクミが変わらないって言われて、アカネちゃんの胸が変わりすぎだってギルドの受付で騒いでたのをみんな聞いてたんだね」
タクミが説明する。
俺はイクミが変わらないとも思ったけど、口に出しては言ってないんだが、まあ、だいたいこんな感じだった。
「まあ、成長しないのも困るでしょ?」
と、アカネは気にしてないようだ。
「そ、それでいいの?アカネちゃん!?」
サラが驚いている。
「胸が注目されるって嫌じゃない?」
「んー?まあ気にしてもしょうがないないでしょ」
さすが、アカネ。
武士っぽい回答だ。
「でもね?アカネちゃん。アカネちゃんの胸が注目されてるのは、成長したって割に小せぇじゃねか!どこがデカすぎなんだよ!嘘かよ!!って事なのよ」
イクミが話に割り込む。
「嘘って、私は別に嘘なんて……」
アカネが言うが、
「一緒に風呂に入らない男子には分からない事なのよ〜」
イクミがそう言いながら、3人は女湯に消えて行く。
「そっか、アカネちゃんって……」
サラの声が微かに聞こえて来たが、肝心な所が聞き取れなかった。
そう言えば、アカネと昨日電車で会った時に、身体の凹凸が別人みたいだと思ったな。
ギルドで着替えて、いつものアカネに戻ったけど。
……。
俺とタクミ、女湯の前で突っ立っているのは怪しい。
無言で男湯に向かう。
午前9時の露天風呂は人が少ない。
今日は特に少なく、俺たちしか入っていなかった。
たいていの人が動き出すのが、朝早かったり、昼頃だったりと、ある程度は決まっているから、朝組が出かけて夜組が寝ている朝のこの時間はポッカリ穴が空いたみたいだ。
静かな露天風呂だが、ダンジョンに続く山の茶色の土が目立つ山肌が目の前にあり、高い木の森に囲まれているだけで景色は良くない。
景色のいい場所には観光客の泊まる宿があり、香夜温泉は渓谷に広がる風光明媚な展望も売りの一つだ。
温泉の効能も美肌や疲労回復などあるのだが、特にダンジョンに近いこの露天風呂は魔力を回復する効果があった。
魔力自体は寝たり、ダンジョン内の食べ物や、素材を使った道具で回復させるのが一般的で、サラのように起きている時も少しづつ自然回復する人は稀だ。
温泉に浸かれば魔力が回復すると言うのは、訓練中の魔法職や、ある種の魔法を使う人には魅力的らしかった。
俺は魔力はわずかに持って居るが、剣の方が性に合っているから魔法は全く使わない。
でも、「あー!魔力が回復するぅ」と言いながら風呂に入る人の事が気になっているんだよな。
別に魔力が回復しなくても気持ちいのに、魔力が回復するってどんな気分なんだろう?
「なあ、魔力が回復するってどんな気分なんだ?」
横で露天風呂に浸かってるタクミに聞いてみる。
タクミは防御職で補助系の魔法もかなり使える。
「えー!俺は魔力が回復しないのに、露天風呂が気持ちいいって方が謎だよ。普通のお風呂と同じじゃない?」
タクミの答えはいつもこうだ。
俺自身が、普通の風呂より露天風呂が気持ちいい理由に答えられないから、タクミに感覚の違いを伝えられなくて平行線になる。
タクミはギルド以外の露天風呂に入った事がないらしく、香夜温泉でもここ以外は露天風呂に入った事がないらしい。
俺も数えるほどしか入った事がないし、温泉地で生まれ育った奴は温泉の価値を軽視してるな、と大学生をやってみてわかった。
「でも、ロウちゃんがこんなに早く戻って来るとは思わなかったよ」
タクミは確信をつく。
「夏休みだからな」
言ったものの、出て行くときは俺もこんなに早く戻って来るつもりはなかったな。
夏休みが早く来てしまうことで帰省しない為にどうするかが課題だった。
「実を言うと、ロウちゃんには帰って来て欲しくなかったんだよね」
「え!?」
いきなりの告白に驚く。
俺、タクミから嫌われてた!?
「ふふ、ロウちゃんが出て行けるなら、俺も出て行けるんじゃないかなぁって、期待してたわけ」
チャポン。
湯が浅く場所で、膝を抱えて悩ましげに上目使いで言うタクミは妙に色っぽい。
「タクミ……、お前もやっぱり面倒だったんだな、イク……」
「イクミも一緒にだよ!」
と、すかさずタクミから訂正が入る。
「ずっと俺たち小さな頃からダンジョンが遊び場で、ダンジョンで仕事をするんだろうなって思って来たから、ロウちゃんが出て行って、ああ、出て行けるんだって、新鮮だったんだよ」
「タクミは嫌なのか?ダンジョンが」
俺の場合は、サラにも見捨てられて、自分が情けなくて、ダンジョンに居場所がないと思って出て行ったんだ。
今は帰って来れてホッとしてる。
だから、自ら出て行きたいって、タクミの言う事はイマイチ腑に落ちなかった。
生まれた場所で人生が決まってしまう事への反発は俺にもあるけど、俺の場合はそれはダンジョンの内側へと向かっている。
「ダンジョンは好きだよ。好きだから、俺たちは大人になって変わって行くから、ダンジョンの事は子供の頃のまま思い出として残して置きたいなって高校卒業する前は思ってたんだよ。今は、高校の頃とあんまり変化がなくてビックリだけど」
「ふーん」
やっぱりタクミとは考え方が違うなぁ。
「ダンジョンからは逃げられないから、ロウちゃんは帰って来ると思ってたけどね」
「そうだな」
そこは同意する。
「で、可愛い子いなかったの?」
タクミはイクミの前ではあまり見せないが、結構女好きだ。
絶対に声が漏れない脱衣所で聞いて来るあたり、イクミには本当に聞かれたくないが、この情報はどうしても知りたいと言う想いが伝わって来る。
「いや、いなかったな」
「ロウちゃんの行ってた大学ってレベル低い?」
学力って意味なら高くはないが、この場合は女の子のレベルだろう。
「そんな事ないけど、あの3人や三つ子ちゃんとか、この辺の子と比べたら、全然だっただけだよ」
タクミは女の子たちを思い浮べて考えたようだ。
「やっぱり、俺は一生ここにいたい」
さっきまでの感傷に浸って居たお前は何処に行ったんだ!
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