第16話

「ローウーちゃーんっ!」

イクミがこちらへ向かって大きく手を振りながら走ってくる。

「依頼を確認しに行くところでしょ?待って、昨日のダンジョンの調査の続きをやるから一緒に行こうよ!行こうよ!」

まとわりついて離れない。

「ロウちゃん、昨日は大変だったね」

イクミの双子の弟のタクミが言う。


今日はダンジョンギルドでのバイト初日だ。

昨日すでに走り回ったから初日という気はしない。

今日の依頼は何かギルド受付の掲示板で確認する。

ギルドの仕事はたいていは低階層の警備と管理を兼ねた見回りで、依頼があればそっちもこなす。

普通はギルドに所属したメンバーが日常業務を行い、冒険者が依頼をこなす事が多いが、冒険者と言ってもこの香夜温泉で生まれ育った者が多くダンジョンの事を知り抜いているここでは、ギルドメンバーとの差はあまりない。

よそから来た冒険者はその辺に戸惑うらしい。


俺は初日は軽く警備か見回りでもするかと思っていたが、昨日のうちに強敵モンスターを討伐してしまったので今更だった。

そうなると、俺のレベルにあった依頼は昨日タクミに聞いた他の階の強敵モンスターの討伐くらいだ。

しかし、これも数日前から何人もの凄腕冒険者が討伐に向かっていると言うので、行くだけ無駄足だろう。


となると、知り合いの頼みを受けるのも悪くないかな……。


「行こう!行こう!行こう!」

イクミがいまだに俺の周りを回ってる。


悪くはないんだが……。

うるさい。


昔からイクミはうるさかった。

ダンジョン仲間だが、いつも騒いでトラブルを起こすのはコイツだった。

おかげで鍛えられたと言う面はあるんだが。

さすがに大学生にもなってこの騒がしさにはついて行けない。

まあ、イクミとタクミはここで冒険者をやっているんだが。

むしろ、プロの冒険者の方が大学生より落ち着きが必要な筈では?


「ロウちゃん、昨日の研究者さんは、昨日持ち帰った素材を夜中まで整理してたから、今日の出発は午後からにしようって。ロウちゃんも昨日は大変だったし、午後からも方が良くない?」

タクミが言う。

タクミはいつも、こうイクミのフォローをさりげなくする。

だから、トラブルメーカーのイクミが居ても俺たちダンジョン仲間は上手く回ってたところがある。

……しかし、結局はトラブルに巻き込まれていたが。

「わかった。集合は何時だ?昨日置きっぱなしの荷物を家に取りに行きたいんだ」

俺が言うと、イクミの顔がますます明るくなる。

「ロウちゃんとのダンジョン久しぶり!楽しみ!」

と、ニッコリ笑うイクミの笑顔の裏に、トラブルを起こしてやろうって黒い笑みが見えた気がするが、気のせいだろうか?

早まったかな、俺?


「集合は2時くらいかな、もっと遅くなるかも。俺も素材の整理は途中まで付き合って夜中の2時くらいまでやったけど、まだ起きてそうだったし」

「場所はここでいいな。荷物を取ってくるだけだから、早くなる時は詰め所の部屋にいると思う」

イクミは置いといて、タクミとは事務的な話をする。


本当にコイツらは高校の頃から全然変わってないなぁ。

「コイツら変わってないなって思ったね」

イクミが言う。

意外に鋭い所も変わってないな。


「言っとくけど、アカネちゃんとサラちゃんが変わりすぎなんだからね!身長も私の方が大きかったのに!巨人なのよ!!アカネちゃんは胸もデカすぎなの〜!!」

大声でイクミが騒ぐ。

「あーあ、ロウくん、俺たちに絶対言っては行けない事言っちゃったね。俺もアカネちゃんとサラより小さいこと気にしてるのに!」

タクミがそう言ってイクミを連れて行く。


いや、俺は何も言ってないんだが……。


まあ、タクミのアレはイクミを宥めて連れて行くための冗談と言うか、本音だろうが、本気で怒っているわけではない。

イクミの方も冗談だけど、冗談の際限がないから、最終的にだいたいタクミに任せる事になる。


それにしてもアカネの胸って……。


そんな事を考えていると受付にアヤノさんがいるのが見えた。

今日も笑顔だ。

あ、いつもお綺麗です。

「ありがとう」


「昨日は弟たちがお世話になりました」

俺がそう言うとアヤノさんははクビを振る。

「いいのよ。本来ならギルドがやらなければいけない事だったのに。帰って早々、シロウくんに頼ってしまって、お礼を言うのは私たちの方よ。ありがとうございます」

そう言って、深々と頭を下げられる。

「いえ、家族の事ですから」

サラはともかく、ゴロウの方は……。

俺は自分が帰って来ていなかったらと思うとゾッとした。


「ところで、シロウくんはイクミちゃんが苦手なの?」

アヤノさんが唐突に言う。

「え、そんな事ありませんよ。イクミと一緒だとダンジョン内も楽しいですよ」

ちょっとわざとらしい答えだったろうか?自分で言って鳥肌が立つ。

「ふーん」

やはり、俺が弁明してるように思われてる。

「いや、ほんとに好きですから!イクミの事!!」

と、何故か熱弁している俺。

ここだけ聞いたら誤解される!

ダンジョンの仲間だし、苦手とか変な誤解をされると命に関わるから解きたいだけだ。

アヤノさだって知っているはずなんだけどな。


「あ」

アヤノさんが後ろを見て驚いている。

振り返ると、サラが立っていた。


「兄さん、イクミちゃんが好きだったんですか?で、何故、それをギルドでアヤノさんに熱弁してるんですか?」

ジロリと睨みつけるようにサラに問われる。

タイミングが最悪だ。


俺はアヤノさんにイクミが苦手じゃないって説明しただけだと説明する。

「ちょっと朝はテンションについていけないだけで、ずっと一緒にいるのは勘弁してほしいなとは思うけど。イクミの事は苦手じゃありません!」

俺は、そう宣言するが、果たしてこれは苦手じゃないと言えるだろうか?

ダンジョン内が楽しくなって、イクミを好きなのは間違い無いんだが。

「なんで、こんなこと聞くんですか?」

俺はアヤノさんに不満をあらわに聞く。

「あはは、さっきのシロウくんとイクミちゃんの様子と、昨日の行方不明事件で、行方不明になってるのが双子の赤ちゃんだって言う時の含みのある様子で、なんとなく」

「みんな含みありましたよ」

思い返すと、みんなイクミを想像して、一緒にいるサラが大変そうだと言っていた。

当のサラも横でコクコクと頷いている。

「ま、私もそうだったけど」

と、アヤノさん。

なんだ、揶揄われただけか。

なんか朝から疲れた。


「サラさん」

後ろから声がする。

サラの後ろに小柄な女の子が立っていた。

黒髪を頭のてっぺんで束ねて、アカネと同じ髪型だが、こちらは大きなリボンをつけていてお人形のような可愛らしさがある。

「あ、ごめんなさい、ユカ。アヤノさん、ユカたちからの依頼です。私も同行するので同行者の募集をお願いします」

「ナノちゃんと、マナちゃんも一緒の、道具屋の三つ子セットでいいのね」

「アヤノさん、その言い方は……」

「はい、宜しくお願いします」

ユカは気にする事なく頷く。

道具屋の三つ子の三姉妹はサラの一つ年下で、ユカは特に回復士でサラの弟子の様になっている。

サラは弟子なんて大袈裟だと言うが、ユカがとても真面目なので、大袈裟と言うことはないと思う。

道具屋は香夜温泉の高品質なアリアドネの糸などを作っている事で評判で、三つ子も定期的に素材集めに行っている。

かなり低い階層にも行くから、サラと一緒に俺も昔はよく付き合った。

「今度はどこに行くんだ?」

俺は聞いてみる。

「……7階です」

不機嫌なユカの声が聞こえて来た。

7階か、戦闘職が居ない三つ子と一緒だと、サラだけじゃ少し大変か。

「兄さん、行けますよね?同行者を探していたけど、兄さんならちょうどいいわ」

サラはそう言うが、後ろのユカはそう思ってないようだぞ?

「いや、俺は今日はイクミと約束してるから……」

「イクミちゃんと、約束?」

サラの怒りを感じる。

「いや、タクミも一緒に午後から外国の研究者の調査に同行するんだ」

「タクミくんも……」

サラが少し考える。

「私も一緒に行きます。タクミくんには最近会ってないし」

「なんでタクミ?イクミは?」

2人はほとんど一緒に行動してるし、タクミに会ってないなら、イクミにも会わないはず。

「イクミちゃんとは温泉でたまに会うの。イクミちゃんといつも一緒だからタクミくんとも温泉で会うけど、温泉の中には一緒に入れないから、最近は話せなてないの!」


温泉ーー。

なんとなく想像してしまう。


「依頼人がいるんだから、結局タクミとはそんなに話せないぞ」

と俺が言う。

「いいんです!」

とサラを怒らせてしまった。


もしかして、サラってタクミの事をーー。


別にいいじゃないか、サラだって18歳だし恋愛の一つや二つ。

なんとなくモヤモヤする。

「青春ねぇ」

とアヤノさんが呟いてる。

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